実験レポート:結婚1日目(夜)

 最寄り駅に帰ってきたのは夜11過ぎだった。長い…長い一日だった。神奈川から静岡に行き、静岡から栃木に行き、栃木から神奈川に戻る旅。何かしらの呪術的な結界が作れそうなルートだ。


 あたしの両親は明日浅草に行くとかで、途中の宇都宮で別れた。


「2人で話し合っていろいろ決めていくのよ」


 別れ際母はそう言った。まぁ、おいおい決めていけばいいだろう。


 遼太郎のバッグは、出発した時よりも大きく膨らんでいた。栃木を出る前に、遼太郎のお父さんが「じいちゃんから渡すように頼まれたんだ。今年獲れたやつだ」と言って、冷凍バッグに入ったイノシシの肉をくれた。こいつイノシシの肉を携えてスーツ姿で電車に乗ってる、と思うと妙におかしくて途中何度か笑ってしまった。


「婚姻届とイノシシの肉を同じバッグに入れて持ち歩いた人って、日本の歴史上どれくらいいるのかな」


 並んで電車に乗っているとき、あたしは笑いをこらえながら言った。

 遼太郎は真剣な顔でしばらく考えて言った。


「ガチで答えていい? 30人くらい」

「じゃああたしらは日本のトップ30に入るわけか」

「ランキングにする意味がわかんないけどな。まぁ、病めるときも健やかなるときも、肉食ってがんばれってことだよ」


 グダグダな会話が、あたしたちの疲労を顕著に表していた。


 駅からとぼとぼと市役所まで歩き、なんとか日付が変わる前に夜間窓口に婚姻届を提出した。窓口にいた係のおじいさんに遼太郎が手渡すところを手元の部分だけ写真に撮らせてもらい、それをあたしたちの両親にLINEで送った。


「おめでとう。登録手続きは週明けになるけど、結婚した日にちは今日になるから」


 おじいちゃんはそう教えてくれた。


「あざす…お世話になります…」


 あたしたちは力なく答えた。達成感と安堵感から、疲労が一気に身体にのしかかってきた。


「お前、明日休み?」


 あたしは遼太郎に訊ねた。


「いや…仕事。明日は土曜保育のシフトが入ってる」

「そっか…」

「終わったら連絡するよ。いろいろ話さなきゃだし」

「わかった。ゆっくり休めよ。お疲れ」


 そう言ってあたしたちはそれぞれの家への帰路についた。あまりに自然な流れで、いつものように別れてしまった。まいっか。


 部屋に帰ったあたしは、風呂にも入らずそのままベッドに仰向けに倒れ込んだ。


「結婚…してやったぜ」


 天上の明かりに開いた手を掲げながら、あたしはぼんやりと独り言を口にした。それは愛の成就ではもちろんなく、どちらかというとダッシュでゲートをくぐったという感覚だった。いずれにしても、短期間で目標を立てて実行し、成果をあげたことが誇らしかった。


 まるでゼリーのプールに落ちたみたいに、睡魔があたしの意識をとろんと包み込んでいった。

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