実験レポート:結婚1日目(夕)(1)

「静岡の駅弁うまいっすね」

「ここのは有名なのよ。わざわざ他県から買いに来る人もいるのよ」

「なんだか今になって緊張してきたな。母さん、ビール買っとけばよかったな」

「もうお父さん何言ってるのよー。これから遼太郎くんのご両親に会うのに」

「なぁ遼太郎くん、君も飲みたいよな?」

「はい、実は僕もちょっと緊張してます」

「遼太郎くんまで何言ってるの。自分のご両親じゃないのよ」

 はっはっはっは。


 新幹線の車内であたしの両親となごやかに駅弁をほおばる遼太郎を見ながら、この生き物は何考えて生きてるんだろうな、と思った。


「それにしてもよく遼太郎くんのお父さんも承知してくれたな。突然の結婚報告もそうだけど、今日の今日で両家顔合わせを許してくれるなんて。まぁ、うちが言えた義理じゃないけどな」


 そう言って父は笑った。

 遼太郎は今日の米村家への急な訪問を丁寧に詫びたうえで、話を加えた。


「親父の父親…僕のおじいちゃんは猟師なんです。とっくに70歳を超えてますが、今でもイノシシ猟に出てます。僕の父は猟はしませんが、そういう気質みたいなのは受け継いでる感じがします。このチャンス、逃してなるものか…みたいな」


 おいおい、漁師と猟師の共闘作戦かよ。


「遼太郎くんのご両親も心配してたんだな。うちなんか女の子だから、母さんが特に心配してな。最近は歌子に言うと露骨に不機嫌になるからって、うちでは歌子に言う5倍くらい俺に言われてたんだ。だからほんと、うれしいよ。ようやく解放される」

「ちょっとお父さん! 歌子の前で何でそんなこと言っちゃうのよ」

「ははは、すまんすまん」


 あたしはそれに苦笑いで意思を伝え、食べかけの幕の内弁当に目を落とした。


 結婚ってなんだろうな、と思った。


 あたしが結婚すると、両親は安心する。

 結婚している人を、社会は信用する。

 結婚は、祝福される。


 昔は結婚するのが当たり前だった。

 お見合いが当たり前だったし、どの地域にも結婚を仲介する仲人さんがいた。

 遠足のグループ分けのようなものだ。

 あぶれた人は、誰かがくっつけてくれる。

 "ひとり"を作らない仕組みがあった。


 けれども時代が変わって、みんな自由でいいんだよと言われるようになった。

 仲人さんがいなくなり、結婚が自己責任になった。

 誰も助けてくれなくなった。


 それでも結婚は良いものとされる風潮は相変わらずある。

 たぶん、国や社会にはいくつものメリットがあるからだろう。

 会社が「法人」として人格を持つように、国や社会にも人格がある。

 そして彼らは彼らの望む方向へと進む。


 結婚したい人は全力でその流れに乗る。

 自由を愛し、結婚をデメリットの巣窟だと考える人はそれに抗う。

 

 そのはざまに、あたしのような「どちらでもよい」人がいる。

 そこにもグラデーションはあって、「どちらでもよいけどできれば結婚したい」人から「どちらでもよいけどできれば結婚したくない」人まで様々だ。

 そしてあたしたちは川の岩場に引っかかった落ち葉のように停滞する。


 心からの笑顔を浮かべる両親を見ていると、この人たちはずっとあたしのことを心配してたんだなぁとつくづく思った。2人は岩場に引っかかっているあたしを見守り続け、「棒でつついたら破れてしまうかも」なんて思いながら手をこまねいていたのだろう。


 2人の笑顔が見れたから、真実がどうであれ、このプロジェクトを始めてよかったな。


 あたしはシンプルにそう思った。


「うわっ、めっちゃ富士山きれいに見えますね!」


 窓際の席の遼太郎が窓ガラスに張り付く勢いで外を見ている。


「今日は晴れててよかったわね」


 母はその様子を微笑ましそうに見ている。


「ちょっと写真撮りますね」


 そう言って遼太郎はスマホを取り出し、納得のいく写真が撮れるまで無邪気にはしゃぎながら何度もシャッターボタンを押した。


「すごくいい写真が撮れました」


 そう言ってヤツはあたしの両親にスマホを見せた。「きれいに撮れてるじゃないか」と言って父は笑った。


「米村…じゃなくて歌子ちゃんにも送ってあげるよ」

「いいよあたしは。見飽きてるから」

「いいからいいから。記念だから」


 そう言ってヤツは楽しそうにLINEを起動した。「これからは呼び方も変えなくちゃだな」と言って再び父が笑った。「そうね」と言って母も笑った。


 しばらくしてあたしのスマホが震えた。

 あたしはしぶしぶスマホを取り出し、LINEの画面を開いた。

 富士山の写真のすぐ下に、ヤツからのメッセージが入っていた。


『カメラは回ってるよ』


 その一言で、あたしははっとした。

 あたしは物思いにふけり、ぼんやりとしていた。

 けれどもあたしは今両親といて、両親はあたしのことを見ている。


 あたしは自分が見られていること、あたしのことを気にしてくれている人たちに自分がどう見えているかを意識しなくてはいけない。こう見えててほしいという自分を表現しなくてはいけない。人から見える自分の印象をコントロールしなくてはいけない。


 あたしの願いに巻き込んでしまった以上、あたしにはその責任がある。

 今はまだ、撮影中だ。


 ありがとな、相棒。


 あたしは気持ちを切り替え、残った幕の内弁当を口の中に放り込んだ。

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