第17話 汚れた女(スコル視点)
私はスコル。この世界のヒロインだ。何故そう言い切れるかというと、この世界が私が前世でやっていた「聖女と7人の勇者様」の舞台で、私がその聖女であるスコルに転生したのは間違いない。だけど最近様子が変わって来てしまいヒロインだったと言わなければならないかもしれない。
前世の私は不幸だった。学生時代は男共にモテていたのに社会人になってしばらくしたら後輩の女狐に人気を奪われてオバサンの様な扱いを受けるようになった。
女狐は、「先輩って高めの人以外はあからさまに見向きもしないんですね」なんて嫌味を言って来るくせに、自身は私のイチオシだった取引先のイケメン社長令息に色目を使って掻っ攫って結婚しやがった。
上司は、「少し落ち着いた格好をしたらどうかね」なんて言いながら、私の胸のあたりをチラチラ見てくるセクハラ野郎だ。会社のモブ社員もみんなそんな感じでいつも気持ち悪い視線を向けてくる。テメェのために胸元が強調される服をコーディネートしてるんじゃねえんだよと思うけれど、オバサン扱いされるよりはずっと良かった。
29歳になると流石に私もヤバいと思い始めた。いい服来て高い化粧を使っても新人の若い娘には見劣りすると自覚するようになって来たからだ。結婚相談所に登録したけど紹介されるのはブサイクな男ばかり、それに「条件を下げられませんとお相手をご紹介出来ません」と言われるようになる始末。これより条件を下げたら大学の同級生に笑われてしまうと思っていた。だから下げる訳にはいかないと言って理想の相手が紹介されるのを待ち続けていた。
当時の私の理想はハマっているソシャゲの乙女ゲーム「聖女と7人の勇者様」に出てくる男達だった。彼らは女心を良くわかっていた。特に裏ルートと言われる魔王になってしまう隣国の皇太孫は最高だった。顔好し性格良しで世界一のお金持ちだ。婚約者を失って嘆き悲しむ影のあるイケメンで、そんな純愛な所を私のテクで癒やしてあげたいと思っていた。
魔王ルートは裏ルートと言われるだけあって攻略が大変だった。魔王は、7人の勇者が所属する国の仮想敵国の皇太孫であるため、魔王ルートに進むと別行動となってしまう。そのため戦闘ではほぼソロで戦闘をしなければなら無らず通常戦闘でも大変な思いをした。
特に正気を失った魔王となった皇太子を救うために闇の妖魔を撃退する必要があったのだじけど、そのためには闇属性魔法への耐性と光属性の強い攻撃力が必要となった。しかし裏ルートに入る前で手に入るダンジョン産の武器防具だけではレベルをカンストさせてもかなりの運が無いと攻略は出来ないほど闇の妖精は厄介だった。課金ガチャをして強い従魔か装備品を当て無いと攻略はまず不可能だと言われていた。
ある日、「聖女と7人の勇者様」でLR従魔、光の妖精ソールのピックアップガチャがあると告知があった。光の妖精ソールは幼少期の聖女を導く役割を持っていて、幼少期の回想シーンにチラッと登場するけれど、その後は登場しない。あとは教会や大聖堂のステンドグラスや絵画で見るぐらいの存在でしか無かった。
ガチャのキャラクター紹介で出ていた光の妖精ソールの能力は、まさに闇の妖魔退治向けの能力を持っていた。透明化効果で初撃確定先制クリティカル、ターンごとの10%自動体力回復、結界による直接攻撃によるダメージ低減50%。光線魔法による自動攻撃。光属性魔法効果50%上昇。状態異常耐性30%上昇。
現在最も闇の妖魔退治に特攻があるとされているUR従魔、光輝龍ニーズヘッグに比べても格段に強かった。
私は光の妖精ソールがどうしても欲しくなり、仕事帰りの電車の中でスマホで入金をしてガチャ更新の時間を待った。
更新は予定時間の3時を過ぎて、5時になっても終わっていなかった。私は終業と同時に会社を出て更新が終わるのを待った。終わったのは家の最寄り駅についてすぐだった。私は我慢出来ずに駅のホームのベンチに座りガチャを回し始めた。
100連を回してもソールは出ず、追い課金をしたあとホームを歩きながらガチャを回した。階段を登りながら天井の300連で取ることになるかもと思い初めていた時だった。ガチャの画面虹色の輝きUR確定演出が昇格し、今まで見たことが無い演出になったのだ。更新によってこんな追加エフェクトも追加されていたらしい。
けれどこれは間違いなくLR演出だと分かった。私は興奮を抑えられずグッと手を握って喜んだ。
思わず足が止まっていた。けれどすぐに階段の途中だった事に気が付き足を踏み出した。けれど私は足を上げる高さを間違えてつんのめってしまった。ヤバいと思って踏ん張ろうとして余計に足を踏み外してしまった。まるで駆け下りるように階段を落ちていくので、眼の前に現れた壁に手を突き出して立ち直ろうとした。
しかし私が押したのは壁ではなく、若い男だった。
男はそのまま階段に向かって後ろに倒れていった。
私は男を押したお陰でそれ以上転がり落ちる事はなくその場で倒れる事ができて、顔の打撲と手足の擦り傷程度で済んだ。
キャーという金切り声が上がっていて多くの人が転げ落ちた男の様子を見ていた。男はピクリとも動かず、頭部のところから血の跡が広がってるのが見えた。
私が悪いんじゃ無い、落ちた先にいたあの男が悪いんだと思った。
私は立ち上がるとすぐにその場から去った。「おいっ!」という呼び止める声が聞こえたけれど私には関係ないと思った。
私は早足で駅を出て止まっていたタクシーに乗り込み家に向かった。「ここ遠距離用の乗り場ですよ」と言われたけれど「良いから出して!」と言って家に向かわせた。
部屋に入りドアの鍵を締めて布団に潜って震えていた。あれは私が悪いんじゃ無い。あんな所にいたあの男が悪いんだと思い続けた。むしろ私は顔と手足を怪我した被害者だ。そうだ病院に行って診断書を取って賠償をしてもらおうと考えてしまった。
そう思って私は夜間外来をやっている病院に向かうために部屋の扉を開けた。
そしたら眼の前に警官が2人いて「事故の事を聞きたいから署まで同行お願いします」と言って来た。
私は「病院に行かなきゃならない」と言って断ったけれど「では同行します」と言われてついてきてしまった。
パトカーに乗せられて病院へ向かった。私は被害者である事を訴え続けた。けれど私の事は誰も信じて貰えず、人を吹き飛ばしておいて逃げた悪人だと言われてしまった。
病院のあと警察署への同行を求められた。取り調べ室では、誰かが偶然に撮影していたという私が男を押した瞬間の映像を見せられて私が悪いと言われた。私じゃないと言ったら、認めないと裁判で心象が悪くなるだけと言われた。
私が紛失していた画面の割れたスマホも見せられた。階段の下に転がっていて、それを歩きながら操作していた事が事故の原因だと言われた。
また当事者なのにその場から逃走したのが悪質だと言われた。私も怪我していて病院に行かなければならなかったと言ったけど、怪我は軽症で逃走していい理由にはならないと言われた。
結局裁判になり、傷害致死罪が言い渡され3年の懲役が言い渡された。ただし故意では無かったとして執行猶予がついたけれど、前科がついてしまい会社は解雇されてしまった。
さらに男の遺族から損害賠償の請求があった。通知を無視していたら認めた事になっていてアルバイトの給料が差し押さえられてしまった。生活もままならないので夜の仕事についた。顔とスタイルには自信があったのですぐにつくことが出来た。
払い終わった時には40歳を超えていた。お店でも熟女扱いで指名も無く、あまり稼げなくなっていた。
その後は体を売る仕事を辞め、熟女スナックで働いた。けれどある日私は突然店で血を吐いて倒れてしまった。客に煽られるままヤケになって酒を飲み続けた日が続いたので体が壊れてしまったのだろう。
気がつくと私は赤ん坊になっていた。両親らしき男女からスコルと呼ばれて、あの事故原因になったゲームの世界じゃないかとすぐに気がついた。
眼の前を光の玉がフヨフヨと浮遊していて、あのときガチャで引いた光の妖精ソールじゃないかと思った。
歩けるようになって村の中を探索したら間違いなく「聖女と7人の勇者様」のヒロインであるスコルの回想シーンにあるヘイム村だと分かった。
光の妖精ソールは時々現れて、追いかけると消えてしまった。
声が出せるようになったとき「ソール」と呼びかけたら一瞬動きが止まったので光の妖精ソールだと確信した。
私がまたに見かけるソールを追いかける事で、村人が私の事を聖女だと言うようになった。どうやらソールを見れるのは私だけのようだった。私はガチャでソールを当てているんだ、あれは私のものだと思っていた。
ある日ヘイム村に使者がやって来た。私が本当に聖女なのか調べに来たらしい。
その後王都から迎えがやって来た。バラティーア公爵夫妻。私が学園に入る前に養女として入る設定だったヒーロイッック男爵家よりずっと格上の家だ。ソールを追いかけ続けた事でいい方向に転がってくれたらしい。
私はゲームでスコルが習わされた礼儀作法のスチルの通りの挨拶をした。それに関心が持たれたようで私は公爵夫妻に気に入られた。
公爵家はとても金持ちだった。それにヒーロイック男爵家と違い意地悪してくる義姉はおらず一人っ子だった。
幼女向けの貴族教育は簡単だった。すぐに覚えてしまい、自主的に屋敷の蔵書で勉強を始めた。文字は既に覚えていたので、家庭教師役の使用人に分からない単語を聞くだけで読むことが可能だった。
ヘイム村では手に入らなかった紙とペンを手に入れたので、私は覚えていた「聖女と7人の勇者様」の設定をメモしていった。メモは他人に見られてもバレないように日本語で書いた。
前世の事を忘れないように日記を書いた。日記にはその日の出来事や、前世で私がいかに不幸だったかや、時々思い出す、ゲームの攻略サイトに書かれていた情報で思い出した事などを書いた。
そんなバラティーア公爵家での暮らしを始めて2ヶ月ほどを過ぎた少し肌寒い日の深夜、ゴゴゴゴゴという妙に長く揺れる地震が王都を襲った。大した大きい揺れでは無かったのに、屋敷の中では使用人が魔王復活の前触れだと言って右往左往していた。
翌朝、揺れの原因が王都近くのダンジョンが崩落した音だという事が使用人達から伝えられた。
王都近くのダンジョンはゲーム攻略途中での大事な経験値稼ぎの場で、攻略する事で聖女専用アイテムが収集できる場所でもあった。だから崩落したと聞いて、とても嫌な予感がしてしまった。
そして翌日、勇者候補として登場する1人である筈のアムール・レイバー聖堂騎士団長が、団員とダンジョンで演習中に崩落に巻き込まれて行方不明という話を聞く事になった。
物語に登場する勇者の1人だし助かるのだろうと思っていたけれど、10日経っても救助されず、生存は絶望的という噂が聞こえて来るようになった。
私がヒーロイック男爵家に行かなかったから、ゲームの流れが変わってしまったのだろうか。
△△△
ダンジョンでのドロップ品は、この国にとっては鉱山のようなものだったようで、ダンジョンの喪失は大事になっていた。王国は聖堂騎士団によるダンジョンの占拠により崩落したとして、聖堂騎士団が所属する聖国の責任を追求していた。しかし聖国は無関係だと突っぱねて王国との関係が悪化させていった。
ダンジョンによる収益が無くなってしまった事で、王国の経済は急速に悪化していった。バラティーア公爵家もその煽りを受けてしまっていて倹約ムードになり、貰える紙の枚数が減らされた。
「お前が聖女候補なのか?」
「えっ?」
義理の両親である公爵夫妻と共に朝食を頂いている時に、食堂の天井にステンドグラスで見たままの光の妖精が浮かんでいた。
「母上から清らかな乙女を導くよう言われているが、随分と汚れているな」
「光の妖精かっ!」
「ソール!」
「こんな汚れた女は導く気にならないから去ることにしよう」
「ま・・・待てくれっ! いや捕まえろっ!」
「ソール待ってぇ!」
私は食堂のドアから出ていき人型から羽の生えた光の玉の状態になり廊下を飛んでいるソールを追いかけた。
バラティーア公爵から命令された使用人たちもソールを追いかけようとしていたけれど、あの状態になったソールは私以外には姿が見えない。だからみんな右往左往しているだけだった。
「妖精さん待って!」
名前を間違えてるのかと思って呼び方を変えたけど、ソールは止まること無く空いた窓から外に出ていってしまった。
使用人たちは、私の目線の先を見ていたけれど見えないようでキョロキョロとしているだけだった。
「お嬢様、あちらに妖精様はおられるのですか?」
「ソール〜!」
ソールは遥か上空の方に上がっていき私にも言えなくなってしまった。
ソールは私を汚れた女だと言った。ソールに前世の私の姿を見抜かれてしまったのかも知れない。
「逃がしたのかっ!」
「我々には光の妖精様は見えませんでした」
「ソール待ってよぉ・・・」
私はソールが消えた方向に向かって呟いたけれど、あの羽の生えた光の玉は帰ってきてくれなかった。
今の私はスコル・バラティーア。スコル・ヒーロイックにならなかった私はヒロインにはなれないのかもしれない。
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