術が失敗? わたし、大ピンチ!

 そして、ふたたび追いかけていたわたしなんだけれど。

 見通せる一本道で、おばあさんが、シュタッ! と着地した。


 もう、夕方が近い時間帯だ。

 まずいことに、おばあさんがおりたった道には、自転車で学校から帰る途中らしい、学生服姿の中学生たちがいた。


「なんだ? なんだ?」


 慌てて彼らは、自転車をとめる。

 その人数は、四人。

 道の途中に突然現れたおばあさんに、中学生たちは困惑した顔を向ける。


「あのばあさん、変じゃないか?」

「ボロボロの着物だし」


 口々に言いあって、ざわめく中学生たち。

 長い時間、おばあさんが出現しているから、目撃者が増えてきちゃったんだ!


 そして、それが彼女の狙いだったのだろうか。

 ジャンピングばばあは、高らかに笑いながら、その場から高く跳びあがった。

 中学生たちの向こう側へ、彼らの頭の上を越すように、まさしく跳んで逃げる。


 ポカンとした表情から一転、彼らは興奮するように声をあげた。


「うわっ? すげえ!」

「マジかよ?」

「飛んだよな?」

「見た見た! ばあさんが飛んだ!」


 跳ねながら去っていくおばあさんを見送りながら、中学生たちが口々に騒ぐ。


 これは、マズい。

 おばあさんも追いかけなきゃいけないし、これ以上、この騒ぎも大きくしたくない。


 わたしは、中学生たちのほうへ駆けだした。

 そして、大きくジャンプして、一回転しながら、中学生たちの上を飛び越える。

 同時に、ポケットから取りだして握りしめていた、小瓶のフタを開けた。


「春花の術!」


 護身用の忍びアイテム、植物由来で、吸えば眠っちゃう粉だ。

 シュタッと着地をして振り返ると、粉を吸いこんだ中学生たちはみんな、たちまち崩れるように倒れた。


 でも、大丈夫!

 もともとこれは、わたしが逃げだす時間をかせぐためのアイテムだから、すぐに彼らは目覚めるはずだ。

 そして、ジャンピングばばあのことを、夢だと思ってくれたらいいけれど。

 だって、まず、そんなに跳べるおばあさんは、いないものね!


 わたしは、そのまま駆けて、おばあさんのあとを追いかけた。

 そして、さんざん走りまわされているあいだに、わかってきたことがある。

 どうやら、ジャンピングばばあは、あの橋を中心に、半径八百メートル以内を跳ねまわっているということだ。

 なぜなら、同じところをまわるので、いいかげんにわたしも、このあたりの景色を見慣れてきたからだ。


 それなら、勝機はある。

 わたしと同じように、おばあさんを追いかけまわせない翔くんは、橋のそばで、待っていてもらったらいいんだもの。


 おばあさんを追いかけながら、わたしはAIナビに向かって叫ぶ。


「HAIナビ! サコ爺に、翔くんは橋のそばで待機してって伝えて!」

『了解』


 翔くんの連絡先を知らないから、サコ爺に伝言だ。

 今回は仕方がない。

 なので、サポートをスムーズに行えるようにって理由で、翔くんの連絡先をゲットしなきゃね!


 ごほうびとも言えそうなそのアイデアを胸に、体力でお助け係のわたしは、おばあさんを橋へ追いこむべく、スピードをあげた。


 ぐるぐる円を描くように、ジャンピングばばあが、橋の近くへ戻ってきた。

 こんな都市伝説の人たちは、疲れることがないんだろうか。

 まったく、飛び跳ねる高さが衰えない。


「よいしょ!」


 行儀が悪いけれど、そうも言っていられないよね?

 見通しをよくするために、わたしは茶色い橋の柵の上に立った。


 橋の下、川のそばで跳ねるおばあさんに、わたしは的を絞る。

 両手を前に突きだし、親指同士、人差し指同士をくっつけて、三角の形を作った。

 うん、恐怖心は、ない。

 九字の呪文の効果は、続いているってことだ。


 ジャンピングばばあが、わたしに気づく。

 そして、わたしめがけて一直線。

 きっとわたしに、体当たりを食らわせる気だ。


 ナイスタイミング!

 ちょうどいい的じゃん!

 いける!

 いけるはず!

 食らえ、言霊の術!


「捕縛!」


 わたしは、思い切り言葉を吹きこんだ。



 けれど――なにも起こらなかった。


 しまった!

 マズい。

 術の失敗だ!

 どうして?

 わたしのなかで、焦りがでたから?


 その瞬間。

 ジャンピングばばあは、勢いよく、橋の柵の上に立つわたしに、体当たりを食らわせてきた。


「きゃあ!」


 跳ね飛ばされたわたしは、思わず、悲鳴をあげる。


 ヤバい!

 橋の下の川までは、数メートルもの高さがある!


 スローモーションのように大きく弧を描きながら、わたしは、そんなことを考えていたけれど。


 幸いなことに、わたしは橋の外ではなく、内側の歩道に弾き飛ばされた。

 それでも、勢いがあったから、打ち身を覚悟で体を丸める。


「凛音!」


 翔くんの声がしたかと思うと、わたしは、翔くんに抱きかかえられていた。

 ぼんやりと顔をあげると、のぞきこむ翔くんの瞳が、大写しで見える。


 ああ、そうか。

 飛ばされたわたしを、近くで待機していた翔くんが飛びつくように、全身を使って受けとめてくれたんだ。


「凛音、大丈夫か?」


 ぶつかった衝撃は、大きかったはずだ。

 けれど、翔くんの腕の中に転がりこんだわたしは、かすり傷もない。

 受けとめてくれた翔くんのほうこそ、わたしの頭で胸をぶつけなかっただろうか。

 橋の柵で、背中を打たなかっただろうか……。


「わ、わたしは、だ、だいじょうぶ……」

「無茶をするな」


 翔くんの、ホッとしたような声を聞いて。

 わたしは、シュンとなって返事をした。


「はい……」

「でも、おまえ、格好よく見せようだなんて、思っていたんだろう? 柵の上、のぼる必要は、あったのか?」


 とたんに、翔くんに睨まれて、わたしは首をすくめた。


「――ごめんなさい」


 せっかくだから、いいところを見せようとしました。

 反省しています。


 わたしが素直に謝ると、翔くんは表情をやわらげた。


「無理をするなよ」


 翔くんのステキな顔を、こんな近くで見つめている。

 その状況に、わたしは、ハッと気がついた。


 お姫さま抱っこだなんて。

 すごいプレゼントです!

 ご褒美です!

 そんなギフトに報いるために、わたしは全力で頑張るのです!


 なんて思った瞬間に。

 冷たい目に戻った翔くんに、わたしは地面に転げ落とされた。

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