対決! ジャンピングばばあ!

 お腹も気持ちも満たされて、わたしは気合満タン。

 ジャンピングばばあが現れるという、橋のそばに戻ってきた。


「ジャンピングばばあの出現条件は、はっきりとわかっていないんですよね。気長に見張るしかないでしょうね」


 サコ爺の言葉に、わたしと翔くんはうなずいた。

 三人で代わりばんこに、ときどき橋を行き来しながら、あらわれるのを根気よく待つ。

 翔くんの刀の鍔鳴りもあるから、見逃しはないはず。

 そう考えて、気がゆるみだしたころ……。

 わたしは、音に気がついた。


 カチャ。

 カチャ。カチャ。


「――え?」


 わたしは無意識に、翔くんの顔を見る。

 翔くんは、手にしていた刀に視線をチラリと向けて、ゆっくりうなずいた。


「――ああ。ぼくの刀の鍔鳴りだ。くるぞ」


 それを聞いたわたしは、翔くんとサコ爺から、数歩さがる。

 今回のわたしは、最初から、本気の戦闘モードよ!

 都市伝説にこわがってなんか、いられないもの!


 わたしはポケットから携帯コンピューターを取りだすと、急いで無線イヤフォンをはずして、左耳に装着する。

 そして、手のひらの上のコンピューターに命令した。


「HAIナビ! 無人航空機UAVモード」


 コンピューターから、にゅっとプロペラが飛びだすと、たちまちドローンとなって、ふわりと浮かんだ。


「ターゲットは、ジャンピングばばあ」

『了解』


 イヤフォンからAIの合成音が聞こえたあと、わたしは、両手のひらを合わせて指を組んだ。

 心を静めるように、そっと九字の呪文を唱える。


「臨・兵・闘・者・皆・陣・烈・在・前……」


 大丈夫。いまのわたしは、落ち着いている。

 精神統一とともに、身体能力も爆上がりしている。

 これで、ジャンピングばばあのスピードでも、ついていけるはず。


 準備ができたわたしは、翔くんが橋のそばに歩いていく様子を、サコ爺とともに後ろから見守った。

 橋のそばには、いつのまにか、ひとつの小さな影がぼんやりと立っている。


 遠くからわたしは、ジッと目を凝らした。

 すると、それはねずみ色のような地味な色合いの、ボロボロの着物を着た、髪の乱れたおばあさんだとわかる。

 翔くんは、そのおばあさんの前で、立ち止まった。


「――」


 翔くんに向かって、おばあさんが、口を開いたようだ。

 遠くで様子をうかがっていたわたしには、聞こえない。

 わたしは前のめりになって、耳をそばだてた。

 そして。


「なんじゃ。近くの大学に通う、若いオトコを待っていたのに。まだまだハナたれのガキじゃないか」

「――ガキ?」

「好みの男子大学生にぶつかって、ヨロヨロッとよろめいたところに『大丈夫ですか?』と声をかけてもらうために、ここを狩り場にしているのに。ハナたれのガキは邪魔だ。さっさと失せろ」


 後ろ姿なのに、翔くんが、ぶちっと切れたのがわかった。

 だって、わたしも同じだもの。


 わたしの翔くんを、ガキってバカにしたな!

 それに、どう考えても、このおばあさん、危ない目的を持った都市伝説だよね?

 いまの言葉、アウトだよね?

 斬り祓って、問題なし!

 翔くん、やっちゃって!


 全身に、ゆらりと怒りのオーラをまとった翔くんは、おもむろに刀を鞘から抜いた。


「――なんだって? 都市伝説が、なにが原因で実体化したのかと思ったら……」

「そうじゃよ。ワシは、若いオトコが好きなんじゃ! ガキなんかに用はないわ!」


 そう叫んだ瞬間、おばあさんは跳んだ。

 そして、からかうように甲高い笑い声を立てながら、翔くんの周りを、シュバッ! シュバッ! と跳ねまわる。

 ひときわ高く跳びあがると、そのまま橋の向こう側へ方向を変えた。


「あ、逃げるつもりだ! サコ爺は、ここで見張っていて!」


 わたしは、うなずくサコ爺のとなりから、勢いよく飛びだすと、駆けだした。


「HAIナビ! ジャンピングばばあを追跡して!」

『了解』


 イヤフォンを通して、AIの合成音が聞こえる。


『そのまま西の方向へ直進』

「りょーかい!」


 わたしは橋を駆け抜け、まっすぐ走る。

 刀を手に、翔くんもわたしの後ろを駆けてくる。

 でも、断然わたしのほうが速い。

 それは、まあ、花子さんのときにわかっていたけれどね!


 十字路のたびに、わたしはAIナビに確認しながら追いかける。

 予想どおり、すぐに、後ろを走っていた翔くんは、見えなくなった。


 うん。知っていた。

 それは仕方がないことだよね。

 女の子に負けるのはイヤかもしれないけれど、適材適所って言葉があることだし。

 なので、お助け係のわたしが、ひたすらおばあさんを追いかけるよ。

 翔くん、ドンマイ!


 実体化しているためか、おばあさんは、そのまま姿をかき消すことはないようだ。

 そして、ジャンピングばばあは、名前の通り、飛び跳ねる。

 ずっと飛んでいるわけじゃない。

 道路におりて、また跳ねあがる。

 下におりた瞬間に、わたしがおばあさんをつかまえて、そのあいだに翔くんに駆けつけてもらって、刀で斬ってもらうパターンかな。

 わたしは、頭の中で、そう作戦を考える。


 おばあさんは縦に跳ぶから、身体能力があがっているわたしは、そこまで引き離されるわけじゃない。

 年寄りなのに、素早い動きだけれど。

 どうにか視界にとらえたまま、わたしは、おばあさんを追いかけ続けた。


 ふいに、ジャンピングばばあが止まった。

 道路の上にとどまって、追いかけていたわたしのほうへ、くるりと振り返る。


「なんじゃ、ガキの、しかもオンナには、興味がないんじゃがなぁ」


 そう言って、わたしを値踏みするようにじろじろと眺めた。

 そんなジャンピングばばあの前に、わたしは立ちどまる。

 このくらいなら、息は乱れない。

 精神統一で、体力も爆あがりしているからね。


 さて、どうすればいいかな。

 ここでつかまえて引きとめていたら、翔くんが追いつくだろうか。

 だったら、ここは――恋バナで、意気投合するべきだろうか?

 だって、若い男の子の待ち伏せをしていたくらいだものね。


 わたしは、とびっきりの笑顔を向けて、ジャンピングばばあに声をかけた。


「ねえ、おばあさん。その、あの大学の学生さんで、気になる男の人がいるのかな? 好みの学生が……って言っていたものね。ひょっとして、照れ隠しかな? それで、あんな言い方しちゃったかな?」


 なんて、シナを作りながら言ってみる。

 なのに。


「うるさい子だね! あそこは狩り場だって言っただろう? わかんない子だね! ハナたれの小むすめはさっさと帰れ!」


 そう言い捨てると、ジャンピングばばあは、ぴょんと跳ねた。

 そのまま、高笑いをして、勢いよく跳び去っていく。


 うっわぁ!

 ムカつく!


 わたしは、その場で地団駄踏んだ。

 こんな姿を、翔くんに見られなかったのが幸いだ。


 ええ、わかっていましたとも。

 女子力の低いわたしには、たとえ都市伝説のジャンピングばばあ相手でも、恋バナなんてできないってことを。


 おのれ!

 絶対につかまえてやるんだから!

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