翔くんのパートナーとして

 翔くんは、刀を抜いた。

 彼ののどが、ごくりと鳴った。


 でも翔くんは、花子さんに刀の切っ先を向けずに、重力のままに下におろす。

 そうだよね。

 向けられるわけがないよね。

 こんな、小さな女の子に。

 怪異と知っていても、刀を向けられるわけが、ない。


 いかにも凶悪な都市伝説なら――わたしを助けたときのような怪異なら、ためらいなく斬ることができるであろう翔くんだけれど。

 あきらかに、翔くんは迷っている。

 わたしだって、迷っている。

 口にする言葉が、なにも浮かばない。


 そんな翔くんの前に、花子さんは立った。

 最初にわたしに向かってしたように、じっと大きな黒い瞳で、翔くんを見つめる。

 翔くんに問いかけるように、首をかくんとかしげてみせた。


 どうするの?

 翔くん。


 翔くんも、わたしだって、無抵抗の花子さんに、手をだせないよ?

 サコ爺は、をんなわたしと翔くんから離れたところで、見守るように眺めている。




 そのとき、花子さんが、両手をゆっくりあげた。

 翔くんが、ビクッとする。


「お に い ち ゃ ん」


 そして、あげた両手を、翔くんのほうにのばして。

 花子さんは、翔くんが持つ刀の刀身とうしんに、そっと両手ではさむようにそえた。

 刀身に触れたとたんに、花子さんの姿が、薄くなる。

 やがて、空気にとけるように、きらきらと光りながら消えた。

 花子さんの顔は、ほほ笑んでいるように、わたしには見えた。


 動揺しているのだろうか。

 刀をさげたまま、無表情の翔くんは、花子さんを探すように、視線をさまよわせる。

 わたしは、翔くんの横に立った。

 彼の、抜き身の刀を持つ手に、わたしの手を重ねるようにそえて、鞘へ、ゆっくりとおさめる。


 刀は、とても重かった。

 この重い刀を――翔くんは、お父さんから受け継いだんだね。


 わたしは、つとめて明るい声で、翔くんに声をかける。


「花子さん、わたしたちと遊んで、楽しんだかな。満足してもらえたかな」

「――」


 翔くんは、言葉なく、小さくうなずいた。


「肉体を持った都市伝説は、これからも、悪いだけのものばかりじゃないと思う。辛いときが、あるかも」


 わたしは、小さな声で続けた。


「でも、わたしもいるから。翔くんは、ひとりじゃない」


 驚いたように目を見開いて、翔くんはわたしを見た。

 とたんに、わたしは、自分の言葉が恥ずかしくなった。

 照れ隠しに、わたしは翔くんの背中を、ぱぁんと叩く。


「ほらあ。次よ、次!」

「そうですね。もう時間も遅いですし、移動いたしましょう」


 朗らかにサコ爺もそう言いながら、両手のひらを合わせて、ポンと叩く。


「それでは、職員室へ行って、先生方に報告をいたしましょうか。そのあと、食事に行きましょう。おふたりとも、なにが食べたいですかな?」

「え? なんでもいいの?」

「ええ、遠慮はなさらず、なんでも言ってください」

「それじゃあ、わたし、熱々のステーキかな! お寿司も捨てがたいな! デザートもつけたいな! ねえ、翔くんは、なにが食べたい?」


 わたしは笑顔で、翔くんの顔をのぞきこんだ。

 聞き取れないくらいの声で、翔くんがつぶやく。

 わたしは、彼の口もとへ耳を寄せた。


「ん? 翔くん、なあに?」

「パスタがいいって言ったんだよ。くっつくなって!」


 ぶっきらぼうに言いながら、翔くんは、近づいていたわたしの頭を、ぐいーっと押し返した。


「え~? そこまで邪険にすること、ないじゃない!」


 わたしは、プッとほおをふくらます。

 それからわざと、男の子同士がするように、冷たい目を向ける翔くんの肩に、腕をまわした。

 わたしと翔くん、いまは同じくらいの背の高さだから、できることよね。

 翔くんが文句を言う前に、わたしは彼を引きずるように歩きだす。


「ほらぁ、いくよ! 翔くん!」


 そして、先に歩きだしたサコ爺のあとを、ふたりで追った。




 無口で、クールな翔くん。

 わたしが思っていた以上に、彼は、あたたかい感情を持った男の子だ。


 そんな翔くんが、辛く悲しい体験をするときには、わたしも一緒に辛さと悲しさを分け合って、お互いに支えたい。

 そして、嬉しいときは手を取り合って、一緒に笑い合いたい。


 わたしはそう、新たに決心するのです。

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