花子さんの心の中

「凛音! 大丈夫か!」


 駆け寄ってきた翔くんに声をかけられ、わたしは、ハッと我に返った。


「――あれ?」

「ん? どうした? どこか、痛むのか?」


 翔くんは、おそるおそる、わたしの肩に片手をかけた。

 そして、心配そうに顔をのぞきこんでくる。

 でも、わたしは、そんなラッキーなシチュエーションに気づかないくらい、頭にひらめくものを感じた。


「ああ、そういうこと、か……」

「え? なに? 凛音?」


 座りこんだまま、わたしは、ポケットから携帯コンピューターを取りだした。

 いぶかしげな表情を浮かべる翔くんの前で、コンピューターから無線イヤフォンをはずし、左耳に装着する。

 そして、コンピューターを手のひらの上に乗せて、目の高さにあげた。


「HAIナビ! 無人航空機UAVモード」

 コンピューターから、にゅっとプロペラが飛びだす様子に、翔くんの目が丸くなった。

 浮かびあがった小さなドローンに、わたしは指示をだす。


「ターゲットは、トイレの花子さん!」

『了解』


 イヤフォンからAIの合成音が聞こえたあと、わたしはようやく、翔くんとサコ爺のほうへ向いた。

 わたしだけがわかっていても、これは解決するものじゃない。

 翔くんとサコ爺にも、わたしの思いつきを伝えて、協力をしてもらわなきゃね。


「凛音? どうなっているんだ?」

「あの花子さん、わたしに、遊ぼうって言ったのよ。それに、追いついて、わたしに触ったあと、今度は、つかまえてって言ったの」

「だから?」


 翔くんの疑問に、わたしは、確信を持って言った。


「これって、きっと、鬼ごっこなんだわ。今度は、わたしが鬼で、花子さんをつかまえる番なのよ」

「はあ?」


 翔くんは、まだピンときていないようだ。

 わたしは、よいしょと立ちあがる。

 おしりのホコリをはたいてから、両手を握りしめて、よし、と気合いをいれた。


「翔くん、いまから一緒に花子さんを追いかけよっか。鬼ごっこって、人数が多いほうが、面白いものね」

「え?」


 ぽかんとした表情になる翔くん。

 その翔くんの表情を見て、わたしは気がついた。


 そうか。

 もしかしたら、翔くんって昔から、学校内でもひとりでいるから、集団で鬼ごっこなんて、したことがないクチかも。


「それなら、私も鬼ごっこに、まざりましょうか」


 サコ爺のほうは、わたしの意図が伝わったらしく、話にのってくれた。

 そのとき、AIからわたしのイヤフォンへ、合成音が届く。


『花子さん発見。校舎東側の階段を利用して、二階に向かっています』

「りょーかい!」


 わたしは、元気よく歩きだしながら、笑顔で翔くんに聞いた。


「ねえ、翔くん。校舎の東側って、どっち?」




 そして、二階の廊下で、わたしたちはうまく花子さんを見つけた。

 わざと花子さんの目の前で、わたしがサコ爺にタッチをする姿を見せたあとで、サコ爺がわたしを超えるスピードで駆けていき、花子さんにタッチをした。

 この流れで、花子さんは、サコ爺と翔くんも、鬼ごっこに参加していると認識したらしい。

 四人で、学校中を使った鬼ごっこになった。


 日が暮れた田舎町の、古い校舎の中で、小さな女の子の、甲高い笑い声が響く。

 サボりぎみとはいえ、忍びの訓練を小さいころから受けていたわたしと、疲れ知らずの花子さん。

 そして、わたしを超える実力の持ち主であるサコ爺。

 そんな中で、やがて最初にバテたのは、翔くんだった。

 刀を握りしめた両手をひざにつき、肩で大きく息をしながら、翔くんは、わたしを睨みつける。


「刀のせいだよ! 刀が重いんだ! 刀を持って走っているのは、ハンデだと思うぞ!」

「そんなこと言ってもぉ。翔くん、男の子じゃない?」


 わたしは、唇を尖らせながら、しらじらしく斜め上へ視線を向ける。


「サコ爺は、昔から鍛えているから知っているが。凛音、おまえも体力バケモノだ……」

「女の子に向かって、バケモノとは失礼ね! 翔くんが運動不足なのよ!」


 ムッとしたわたしは、すぐさま言い返す。

 でも、すぐにわたしは、笑みを浮かべるように表情がゆるんだ。

 だって、学校では、ずっと自分の席で本を読んでいるような翔くんだ。

 その彼が、小さい女の子と、六十を超えたおじいさんと、そしてわたしと鬼ごっこ。

 面白いっていうか、楽しいじゃない?


「とはいっても、日が暮れてから、そろそろ二時間がたちますね」


 まだまだ体力がありそうなサコ爺が、腕時計を見ながら言った。


「え……? 二時間も走りまわったのかよ……」


 天を仰ぎながら壁に寄りかかり、翔くんがつぶやいた。

 そのまま、ずるずるっとしゃがみこむ。

 現在、鬼になっている花子さんは、わたしたちがいる図工室にやってきていない。

 わたしは、図工室の、開けっ放しのドアから外をうかがいながら言った。


「う~ん、そろそろだれかが、鬼の交代をしたほうがいいかも。じゃないと、花子さん、鬼ごっこは終わりだと思って、また隠れちゃうかもしれない」

「それはマズいな。また、別の日に改めてここまでくるのも、大変だよな……」


 壁にもたれて、しゃがんでいた翔くんだったけれど。

 ようやく覚悟を決めたのか、片手でひざを叩いて立ちあがる。


「よし。ここからでて、廊下を走って移動するか」

「そうね」

「しかし、どうするかな? どのへんで、鬼ごっこを終了して、都市伝説の花子さんを斬りはらうか。方法とタイミングが、なぁ……」


 困った表情の翔くんに顔を向けて、わたしもうなずいた。

 そして、念のために花子さんの居場所を確認しようと、コンピューターに声をかける。


「HAIナビ! 花子さんは、いま、どのあたりにいるかな?」

『花子さんは現在、図工室の前です』

「え? 図工室の、前?」


 そうつぶやきながら、わたしは、うっかり目を離していた図工室の入口へ、急いで振り返る。

 真後ろに、ゆらりと花子さんが立っていた。


 鼓動が、どくんと、大きく打つ。

 不意打ちは、やっぱり怖くて、心臓に悪い。


「あ~。わたし、花子さんにタッチされちゃったかな? 次は、わたしが鬼だよね~」


 頭をかきながら、腰をかがめて花子さんに笑みを浮かべる。

 すると。


「――」

「え?」


 花子さんの口が、なにかを、伝えようとしてきた。


「なんて言ったのかな?」


 わたしは、花子さんの前にしゃがんだ。

 目線の高さをそろえて、花子さんの顔をのぞきこむ。

 目の端で、翔くんが警戒したように、刀のつかに手をそえるのが見えた。


「あ」


 花子さんが、ゆっくり口を開けた。

 空気が、一気に張りつめる。

 その中で、花子さんは、一文字ずつ、言葉をつづった。


「あ そ ん で く れ て あ り が と う」

「花子さん……」

「た の し か っ た」


 そして、花子さんはわたしの前から、翔くんのほうへ顔を向けた。

 そろそろと、翔くんのほうへ近寄っていく。


 ――そうか。

 花子さんは、知っているんだ。

 翔くんの刀が、実体化した都市伝説を斬り祓うっていうことを。


 自分を消滅させる刀だってことを。

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