超有名! トイレの花子さん

 その日も、職員室から小学校の校門まで向かう途中の廊下。

 迎えにきたサコ爺と翔くんの会話を、わたしは、こっそりあとをつけながら、盗み聞きの最中なのです。


 ふいに、翔くんの声が、廊下に大きく響いた。


「え? 都市伝説って、トイレの花子さんだって?」

「翔くん。バカにしては、いけませんよ」


 横を向いているサコ爺は、真剣な表情だ。


「目撃情報は、小学校の低学年。それも、女の子ばかり、狙われているようです」

「――ああ、そうか。それはこわいよな」


 うんうんと、翔くんがうなずく様子が伝わってくる。

 もう、翔くんったら、教室では常にクールなのに、気持ちはやさしいなあ。

 そこが、翔くんのステキなところよね。


「さいわい、まだ、けが人はでておりません。でも、トイレの花子さんという名前を超えて、学校中を追いかけまわされているそうですよ」

「それ、もう、トイレの――じゃないよな」

「まったくよね~。はやく、解決してあげなきゃね~」


 このタイミングで、わたしは後ろから口をはさんだ。

 びくっとした翔くんの、真ん丸の目。

 ヤダ、かわいい!

 今日も、いろんな翔くんを見ることができて、わたしは超~幸せなのです。


 対してサコ爺は、わたしがずっとあとをつけていたことに気づいていたらしく、すずしい表情だ。


「ったく! おまえな……。ぼくは、無関係のヤツを、連れていく気なんてないからな」

「わたしは、翔くんのお手伝い係ですよ?」

「かってに決めるな」

「照れなくてもいいですよ?」

「照れているわけねぇだろ!」


 そんなやり取りをするわたしと翔くんを、サコ爺は、にこにこしながら眺めている。

 わたしは、正論とばかりに、翔くんへ言った。


「翔くん、考えてみて? 花子さんなのよ? どうする気よ?」

「あん?」

「女の子ばかり、追いかけられているんでしょう? 花子っていうからには、花子さんも女の子。きっと女子トイレに集中して、出るんだと思うんだけれど」

「ぐっ」


 わたしの言葉に、翔くんが詰まった。


「だったら、この場合、女子トイレに入れる女の子が、いたほうがいいと思うんだけれどなあ~。翔くん、女子トイレに入れるかな……?」


 わたしは、あごに指をそえて、ちろりんと翔くんに流し目を送る。

 どうよ。反論できないくらいに、今回のわたしは、まともなことを言っているはず。

 そばで聞いていたサコ爺も、わたしのその考えにうなずいた。


「たぶん、凛音さんのおっしゃるとおりでしょうね」

「う……ん」


 腕を組んで、目をつむってうなる翔くん。


 おっとぉ? 翔くん、わたしの前で目をつむりますか?

 これって、端正な翔くんの顔を、近くで見放題じゃないですか?

 なんのご褒美ですか!

 恋する女の子の前で、なんて無防備な……。

 翔くんって、天然さんですか?

 いつもひとりでいるから、全然女の子のこと、わかっていないんじゃないですか?


 いろんなことを考えながら、わたしは、ステキな顔をじっくり拝もうと、じりじりと翔くんのそばに近づいた。

 そのとき。


「ちょっと待ってぇ。だったら、あたしが行くんだもの!」


 どうして、この会話がわかったのだろうか。

 彼の妹ちゃんである阿万音が、廊下の向こうから駆けてきて、ぴょんとわたしと翔くんのあいだを割るように、飛びこんできた。


 あ~! もう!

 やっぱり、この妹ちゃんは天敵だわ。

 せっかくのチャンスをつぶされて、とても残念なわたしは、彼のそばから離されながら、唇を尖らせる。

 でも翔くんは、とたんにやさしげな笑みを、阿万音に向けた。


「ばーか。おまえを、あぶない目にあわせられるかよ」

「でもぉ。女の子のお手伝いが、必要なんでしょう?」


 必殺、妹ちゃんの上目づかい。

 けれど、サコ爺が口を開いた。


「そうですね。私の意見を言わせてもらってもよろしいですか?」


 そう前置きをしてから、サコ爺は、翔くんと妹ちゃんに向かって言葉を続けた。


「阿万音さんは血筋を考えると、どちらかといえば、翔くんと同じで刀を持つ側だと思っています。なので、サポートや――おとりと考えたら、凛音さんのほうが適役ではないでしょうか」


 おとり?


 いえいえ、ものは言いようってやつだよね?

 本当に妹ちゃんがかわいいから、危険な目にあわせたくない。

 でも、わたしのほうは少々危険な目にあっても頑丈そうだって、思ったわけじゃないよね?

 ただ単純に、わたしを選ぶために、そう言ってくれているだけよね?

 ね? サコ爺?


 翔くんは、しばらく考える顔をしてから、小さくうなずいた。


「――よし、わかった。凛音、おまえをおとりで、連れていってやる」

「え~。阿万音、お兄ちゃんと一緒にいきたかったなぁ」


 ふくれっつらになった妹ちゃん。

 対して、わたしは心のなかでガッツポーズ。

 サコ爺、ナイス、アシスト!

 今回は、堂々と一緒にいられるわ。

 おとりくらい、どんとまかせて!

 これからも、わたしは役に立つって、見せつけちゃうんだから。

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