都市伝説・白いワニ登場!

 職員室に向かった翔くんより先に校門を出たわたしは、ポケットから、小さな機械を取りだした。

 見た目は、ちょっと大きめの携帯電話だ。

 でもこれは、玖珂家特製オリジナル、携帯コンピューターなの。

 家のマザーコンピューターとアクセスできるぶん、超高性能だ。


 確認すると、やっぱり!

 予想どおり、サコ爺からの連絡メールが入っている。

 その内容は、今回の都市伝説の出没現場の住所。

 これから翔くんが、怪異を斬りに向かう場所だ。


「サコ爺。ありがたく情報、いただきます!」


 サコ爺のメールに頭をさげてから、わたしは、情報を頭の中にインプットした。

 普段の勉強は、なかなか覚えられないのに。

 こういうときは、なぜか不思議と、丸暗記ができるのよね。

 興味の持ち具合かなあ。

 人体の不思議だよね!


 それから、わたしは駆けだした。

 翔くんは、職員室で合流したサコ爺の車で、現場に向かうはず。

 そのあいだに、わたしは一足先に、現場へ先回りよ。


 わたしは駅へ向かいながら、携帯コンピューターから取り外した無線イヤフォンを、左耳に装着した。

 声紋認識搭載。

 携帯コンピューターは、自宅のマザーコンピューターのAIと、つながっている。


「HAIナビ! 現場までの最短距離を計算して、乗り継ぎを教えて」

『五分で最寄り駅に到着してください。三十七分発、乗車時間は二十五分。降りた駅から二キロの地点です』

「りょーかい! 五分で駅か……」


 わたしは、走るスピードをあげた。

 体力なら、小学生はもちろん、中学生の男子にも負けないもんね。

 わたしは、道行く人々の邪魔にならないように、すいすいと避けながら駆けた。



 優秀なAIナビのおかげで、わたしは翔くんたちよりも先に、現場に到着!

 とある大きな建物のそばにある、広い公園の近くだ。

 通りの向こう側には住宅地。

 近くには、小学校の通学路の表示も立っている。

 こんなところで、都市伝説の実体がでたら、そりゃあパニックだわ。


 ウンウンとうなずきながら、そんなことを考えていたら、公園のはしで、一台の車がとまるのが見えた。

 あれはきっと、サコ爺の車だ。

 わたしは急いで、公園の植えこみのかげに、ぴょんと飛びこんだ。

 そのまま、しゃがんで隠れる。

 思ったとおり、車の後部座席から、翔くんがおりてきた。

 そして、運転席からおりてきたサコ爺から、さやにおさめた刀を受け取っている。


 こんなときだけれど、小学校の外で翔くんと会えるなんて、すっごく嬉しい!

 もうシチュエーションが違うだけで、彼がすごく新鮮に感じちゃう。

 ゆるむ口もとを引きしめながら、わたしは、ふたりの会話に、耳をそばだてた。


「翔くん。最近は、よい天気が続いたので、水は浅いと思いますよ」

「浅い? サコ爺、場所はどこなんだよ。この公園の中か? 池なのか? いったい、どんな都市伝説が実体化したって?」


 どうやら翔くんは、サコ爺から詳しい情報を聞いていないみたい。

 すると、サコ爺は、さらりと答えた。


「ワニですな」

「はい?」

「白いワニですな」

「なんだって?」


 隠れているから表情は見えないけれど、翔くんは不審そうな声だ。

 そりゃあ、ただ「ワニだ」って聞かされても、ピンとこないよね。


「この下水処理場のそばの下水道に、白いワニが現れるそうです。依頼先から、ここのマンホールから入る許可をもらっております」

「いや、ちょっと待てって。それ、本物のワニだろう? どこが都市伝説なんだよ」


 わたしも、翔くんと同じようにうなずきながら、話の続きを待つ。


「翔くん。ペットとして飼われていたワニが、下水道に捨てられたあと、栄養豊富で住み心地のよい下水道で、巨大化したという都市伝説があるのです」


 サコ爺は、わたしにも聞こえるくらいの大きな声で、説明をしてくれた。

 もしかしてサコ爺、わたしがそばで隠れていることに気づいているのかな?


「マジか。それが都市伝説になるのか……」

「何度か白いワニが、このあたりの下水道に逃げこむ姿が、目撃されたそうです。先日、近くの動物園の職員と、警察が下水道内を捜索しましたが、発見できなかったそうです」

「だったら、ワニはいないんじゃないの?」

「でも、翔くん。被害が出てからでは遅いでしょう? この近くには、小さい子どもがいる住宅街。都市伝説は、実際に事件になってはいけないと」

「はいはい。わかっていますよ。その危険領域に達した都市伝説を、こうやって斬り祓いにきているんだってのは」


 翔くんは、サコ爺の言葉を途中で打ち切る。

 わたしは、そお~っと、首を伸ばして、翔くんとサコ爺の様子をうかがった。

 翔くんは、わたしに背を向けて、近くのマンホールに向かって歩いている。


「その白いワニ、ぼくが、ちゃんと祓ってやりますよ」


 そう言って、かがんだ翔くんは、サコ爺に指し示されたマンホールを持ちあげる。

 刀片手に、翔くんは下水道に入ろうとして。

 そして気がついたように、サコ爺のほうへ振り返った。


「ん? サコ爺、なんでそこでゆっくりしてるんだ? まさか、ぼくだけで行ってこいってことじゃないよな?」

「そのとおり。翔くんだけで討伐、よろしくお願いします」

「なんでだよ!」

「その刀を使いこなせるのが、翔くんだけですから。私はお邪魔になってしまいます」


 そう言いながら、サコ爺は、スーツのホコリを払う動作をしてみせた。

 サコ爺は教育係だから、討伐を手伝うわけでもないのよね。

 危険な状況にならない限り、見守る感じかな。

 だって、サコ爺は絶対、強いもの。

 納得のわたしは、うんうんと、ひとりでうなずく。


「ああ、そうかよ。下水道で服を汚したくないってわけかよ」


 翔くんは、ふぅっと、ため息をひとつ。

 そして、仕方がなさそうに、ひとりでマンホールの中へ入っていった。

 それを見届けたわたしも、急いでまわりを見回す。


 ヤバい。

 わたしも現場に行かなきゃ!

 おいていかれちゃう!


 すると、まるでわたしのために用意されているような、赤い三角コーンに囲まれたマンホールが近くにあった。


 もしかして、サコ爺かな?

 さっすが! わたしの行動はお見通しだわ。

 願わくは、小さいワニでありますように。

 わたし、あんまり爬虫類は、得意じゃないのよね……。


 そう祈ったわたしは、マンホールのふたに手をかけた。

 重たいふたを、体が通り抜けられるくらいまで、横にずらす。

 そのままわたしは、身をすべりこませようとして――気がついた。


 なんだかわからない「異様な気」だ。

 忍びの第六感が、ささやいている。

 その気は、マンホールの下からじゃない。

 たぶん、地上。

 公園の中からだ!


 とっさにわたしは、マンホールの中に向かって叫んだ。


「翔くん! ワニは下水道じゃない! いま、公園の中に出てきてる!」


 わたしはそう言ったあと、危なくないように、マンホールのふたを元どおりに戻した。

 それから、すぐそばの公園の柵を、軽々と飛び越える。


 きっと翔くんには、わたしの声が聞こえているはずだ。

 そして、マンホールから出てきた翔くんは、向こう側にある公園の入り口から、中へ入るだろう。


 そう考えたわたしは、気配をたどりながら、一直線に駆けていった。

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