ショックなクラス替え

 神さまって、いじわるだ。

 あんなにお願いしたのに、わたしは六年一組で翔くんは二組。

 クラスが分かれてしまった。

 わたしは、新しくなったクラスの一番後ろの机の上に、がっくりと突っ伏す。


 ああ。

 翔くんと同じクラスになって、いろんな行事を一緒に過ごすつもりだったのに。

 運動会も合唱コンクールも文化祭だって、一緒にやりたかった!


 でも、悔やんでも仕方がないよね。

 わたしは、休み時間や放課後に、こっそり隣のクラスの様子をうかがうことにした。

 偶然でも、日常の翔くんの姿を見かけるだけで、もうニヤけてきちゃう。

 ああ、カッコいい! ステキ!


 五年生まででも、カッコいいなって思うときがあったけれど。これまでとは、翔くんに対する興味と本気度が違う。

 彼の姿を見つけた瞬間、もう心臓がどきっとして痛いくらいよ。

 教室でジッと本を読む姿を見つめているだけで、ふわぁと声をあげちゃうほど尊い。

 初恋って。

 片想いって。

 こんな気持ちになるものなんだな。

 でも、自分が体験するなんて、想像もしていなかったわ。



 その日も、終わりの会のあと、わたしは隣のクラスへダッシュする。

 彼のクラスも、ちょうど終わりの会が終わったみたいだ。

 ナイスタイミング!

 一斉に、自分の椅子をひっくり返して机の上に乗せると、我先に教室の後ろへ引っ張って移動させるにぎやかな音が、廊下まで響いてくる。

 わたしの小学校は放課後に、週替わりで掃除当番に当たったグループが掃除をするの。


 そんな中、彼の姿を発見!

 どうやら翔くんは、掃除当番に当たっているみたい。教室の後ろの角に置かれている用具入れへ、ほうきを取りに向かっている。

 無表情で、ほうきを持つ翔くんの姿。

 ヤダもう、そんな、なにげない姿だけでカッコいい!


 なんて、ひとり、嬉しい悲鳴がこぼれないように口もとをふさぎ、もりあがっているわたしの視線の先で、翔くんと同じ掃除当番の大吾だいごが声をあげた。


「消しゴム、見っけ!」


 机を移動したあとの広い床から、まだそれほど使っていない消しゴムを、大吾が拾いあげている。


「よっしゃあ! 大吾、こっちに投げろ。ホームランを打ってやる!」


 ほうきをにぎり、バッターの格好にかまえたクラスのガキ大将。

 ノリのいい大吾は、さっそく投げるモーションにはいる。


「ちょっと、男子! マジメに掃除をしてよ!」


 マジメ女子の里中さとなかさんが腰に両手を添え、こわい顔をしてガキ大将を睨む。

 そんな里中さんの言葉をスルーして、ガキ大将は、ほうきのど真ん中で飛んできた消しゴムを打ち返した。

 消しゴムは、黙ってほうきを動かしている翔くんの足もとに落ちる。

 翔くんは、無表情で消しゴムを拾いあげた。


「翔! こっちに投げ返せ!」


 ガキ大将が、満面の笑みで翔くんに叫ぶ。

 さあ、どうする? 翔くん!

 投げ返すのか、手渡すのか。


 わたしは、ドキドキしながら見つめていると。

 突然、ピンポンパンポンと、校内放送が聞こえた。


『神代翔くん、急いで職員室へきてください』


「翔! なにやらかしたんだよ!」


 面白がった表情の大吾が、声をあげる。

 翔くんは返事をせずに、そばにいたマジメ女子の里中さんへ、消しゴムを手渡した。

 ついでに、ほうきもあずける。

 すると、里中さんは、パッと頬を赤らめた。


 うんうん、わかるよ、里中さん!

 翔くんに手渡されただけで、もう一日、ハッピーだよね!


 そして、カバンを肩にかけた翔くんの後ろで、クラスメイトの声が追いかけてきた。


「あ~あれだ。また、翔のじっちゃんじゃねー?」

「最近いっつも、家の鍵を借りに学校にくるよなあ。翔のじっちゃんって」


 職員室にきているのは、きっとサコ爺だ。

 これから都市伝説の実体化した怪異を斬るために、翔くんを迎えにきたんだろう。


 翔くんが廊下に出てくる前に、わたしは慌てて、教室から離れた。

 そして、いかにも偶然、ここにいましたよ~って表情で、彼を待つ。

 けれど、待っているわたしの胸は、さっき以上にドキドキ。

 だって、自分から翔くんに話しかけるの、はじめてだから。


 そんなわたしの前に、翔くんが教室から出てきた。

 廊下に立っているわたしを見て、一瞬足を止めた翔くんは、驚いたように、ちょっと眉をあげた。


「いまからおでかけかな? 翔くん」


 含みのあるわたしの言葉に、驚いた表情から、翔くんは睨む目つきに変わった。


「――だれにも言うなって、言ったよな?」


 クールな王子さまらしく、言葉もひんやりだ。


「もちろん! だれにも言っていないわよ。でも、わたしは、翔くんがやっていることを知っているのよね……」


 そう言って、わたしは翔くんへ向かってにんまり笑う。

 やだ。緊張で、笑顔が変になっちゃったかも!

 ああ、もっとかわいい笑顔を、鏡に向かって練習しておけばよかった……。


「ぼくを、脅迫する気か」

「やだな。違うって。わたしは、翔くんのお手伝いをしたいだけ」


 思いだしたように、翔くんは、職員室へ向かって歩きだした。

 わたしも、急いで駆け寄ると、翔くんの横に並ぶ。


 一緒に並んで歩くなんて、夢みたい。

 ずっと胸がドキドキしているけれど、翔くんに聞こえていないかな。

 急に心配になってきちゃったけれど。

 でも、いつまでも、この幸せな時間が続くといいなあ……。


 なんて考えていたわたしへ向かって、翔くんは歩きながら冷たく言った。


「手助け? きみが? あのときも、きみは悲鳴をあげるだけで、なにもできなかったじゃないか」

「あのときとは違います! ちゃんと準備していたら、翔くんのサポートくらい、できるんです!」


 翔くんには、まだ正体を伝えていないけれど、わたしはくノ一だものね。

 でも、強気で言ったわたしを、翔くんは鼻で笑った。

 わたしは、翔くんに食いさがる。


「翔くんは、都市伝説由来の怪異を斬れる。わたしは、怪異を斬れない。けれど、翔くんが怪異を斬れるように手助けができる。いいパートナーになれると思うんだけれどなあ」

「むり。一般人なんか、連れていけるか。ってか、なんでそれを知っているんだよ」


 そう言って、翔くんがわたしをいぶかしげに睨んだとき、廊下の向こうから、ひとりの女の子がタタタッと駆けてきた。


「おにいちゃーん!」


 そう声をあげながら、軽やかに翔くんに飛びついたのは、彼の妹である阿万音あまね、小学四年生だ。

 耳の上のサイドポニーテールがチャームポイントで、クラスの男子にモテモテの妹ちゃんだ。

 となりにいるわたしに見向きもせず、阿万音は翔くんの腕にぶらさがる。

 そして、キラキラとした瞳でねだるように、翔くんを見あげた。


「ねえ、おにいちゃん。いまからお出かけなんでしょ? あたしも連れていって!」


 すると、翔くんは妹ちゃんのおでこを、手のひらでグイッと押した。


「だ~め! 危ないから」

「お~ね~が~い~」

「だめったら、だめ!」

「おにいちゃんのケチ!」


 ぷっとふくれた妹ちゃんを見ながら、わたしは心の中で考える。


 待って、待って。

 普段はクールな翔くんなのに。

 妹ちゃんには、すごくやさしい?

 いいなあ。翔くんのこんな声、いままで聞いたことがないよ。

 その妹ちゃんを見るまなざし、たちまち胸を射抜かれちゃいそうだ。

 すっごく、うらやましい!


 なんてことを考えていたわたしのほうへ、急に阿万音が振り向いた。


「なによ。あなた、なに見てるのよ。関係のない人は、おにいちゃんに近寄らないでよ」


 翔くんの腕に抱きついて、わたしを睨んでくる。

 そんな阿万音の様子から、わたしは、これ以上はもう、ここで翔くんに話しかけるのは、ムリかなと考えた。

 しつこく食いさがるより、さわやかに去ったほうが、少しでも印象がいいかも。


「わかったわ。翔くん、またね」


 にっこり笑って、わたしはその場から退散することにした。


 それにしても、わたしの恋路に立ちふさがるブラコン妹ちゃん、これは難題だわ。

 そう考えながら、わたしは気合いをいれるように、ポニーテールにしている髪を、両手でキュッと引っ張った。

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