クールな王子さまの情報収集
標準体型で、玉子型の顔にチョコレート色の瞳。
瞳と同じ色で、腰まで届くほど長く伸ばした髪は、いつもポニーテールにしている。
わたしは、忍び――忍者の一族の
忍びは、忍術が使えて身体能力が高いものだと思われている。
けれど、じつは一番得意としていることは、情報収集能力なの。
昔でも仕えていた
それは、いまの時代になっても同じだ。
情報社会になり、コンピューターが日常で使われるようになったことで、情報は、あらゆる資源並みに価値が増した。
その情報収集能力を活かして、お父さんもお母さんも、おじいちゃんも現役で、偉い人の片腕となって働いていたり、大きな会社の社長の秘書をしたりしている。
そんな環境の中で育ったわたしも、情報収集はお手のもの。
おじいちゃんは相変わらず忍術の修行をしろってうるさく言うけれど、いまはそれどころじゃない。
わたしは六年生になる春休みのあいだに、翔くんについて、ありったけの情報を集めた。
だって、好きになっちゃった相手のこと、なんでも知りたいじゃない?
自宅の奥に完備してある、一般の家庭では入りこめないようなところまでつながっているマザーコンピューターを使えば、情報入手なんて簡単よ。
もちろん、犯罪には使わないから大丈夫。
それまでは、翔くんは、ただの同級生だった。
身長は、わたしと同じくらいで、手足がすらっとしたスリムな体型。
サラサラの黒髪で、長めの前髪。
切れ長の目、漆黒の瞳。
なめらかな頬。
翔くんは、整った、甘やかな顔立ちをしている。
はっきり言って、雑誌に出てくるモデルのように、めちゃくちゃカッコいい。
けれど、わたしを含めて、女の子はみんな、翔くんに近づかない。
近づかないんじゃなくて、とても近づけない雰囲気なの。
学年で、一番頭がいい。
性格は、超クールで物静か。
笑った顔を見せたことがない。
女の子たちは、遠くからため息をつきながら、絵になる彼を眺めるだけ。
そんな見た目や成績のような表面的なことは、一年生から同じ小学校なので、恋愛にあまり興味がないわたしでも知っている。
わたしが新しく知りたかった情報は、翔くんが、なぜあの場に現れたのか。
そして、刀を持っていて、なぜヒトではないモノを切って倒せたのかってことだ。
ひととおりの情報確認をしたわたしは、行動に移した。
同じ小学校の校区内だもの。
いままで遊びに行ったことはなかったけれど、翔くんの家は、隣の丁目にあるお寺だと知っている。
家の近くにいけば、ひょっとして、偶然、翔くんと出会っちゃうかもしれない。
きゃっ!
どうしょう!
なんて考えたわたしは、動きやすさを考えつつ、ちょっとおしゃれなパンツルックだ。
以前の、男子と間違えられるわたしの服装を考えたら、オトメとしては進歩よね。
そして、彼の家を目指して家をでる。
近くなので、歩いて五分くらいで到着。
ずっと続く、長い白壁でぐるりと囲まれた、敷地が広いお寺だ。
これ翔くんの家だと思うと、それだけで、なんだかテンションあがるよね。
「ここが、翔くんが暮らしているお寺なんだ……」
大きな門の前を通りかかりながら、横目で、そうわたしがつぶやいた、そのとき。
門の向こう側に立っていた、ひとりの男の人と、偶然目が合った。
六十歳を過ぎたくらいの、スーツ姿が似合ったおじさんだ。
そして、目が合った瞬間、わかった。
わたしは、全身、ぞわっと総毛立つ。
――このおじさんは、忍びであるわたしより、強い。
あのとき出会ったモノとは、空気が違う。
体の奥で鳴り響く警戒音。
わたしは、考える前に、パッと身をひるがえしていた。
壁沿いに、来た道を戻るようにダッシュする。
そんなわたしを、おじさんは、足音もなく追いかけてくるのがわかる。
こわい。
こわい。
こわい!
あっさりわたしを追い抜いたおじさんは、両手を広げて、行く手をさえぎった。
パニックになりながらも、わたしは一瞬かがんで、地面を蹴る。
高く跳びあがって、壁の上に着地しながら、ポケットの中に隠していた小瓶を取りだしてフタを開けた。
「
玖珂家特製の粉が舞う。
護身用の忍びアイテム、吸えばたちまち眠っちゃう植物の粉だ。
なのに、おじさんは風を読んだように粉をよけると、壁の上のわたしの足首をつかんで、簡単につかまえてしまった。
逆さ吊りにぶらんとぶらさげたわたしに、温和な笑みを向けて、おじさんは言った。
「――春花の術か。以前に聞いたことがある。さてはおじょうちゃん、くノ一だな?」
それが、翔くんの家に代々仕えているお
お庭番って、本当に江戸時代にあった役職らしい。
周りにいる人たちに内緒で、将軍のために諜報活動なんかをしていたんだって。
それって、忍びのお仕事と、とても似ているでしょう?
だから、お寺の無人の本堂に通されて、サコ爺がいれてくれた緑茶を飲みながら話をしているあいだに、わたしとサコ爺は意気投合したのよ。
最初はわたし、ヘビに睨まれたカエル状態。
でも、サコ爺は、黙ってわたしの話を聞いてくれた。
隠していても、きっと、サコ爺にはバレる。
そう考えたわたしは、洗いざらい、翔くんに対する想いも含めて、一生懸命語った。
サコ爺は、わたしの真剣な気持ちを理解してくれたのよ。
だから、さすがに内部の極秘情報は無理だけれど、簡単な事情を、わたしに教えてくれた。
その事情とは――翔くんは、お寺に代々伝わる刀で、都市伝説から
都市伝説っていうのは、口承のひとつ。
根拠があいまいで、不明瞭なものであることが条件な伝説のこと。
有名なのは、一昔前では口裂け女、最近でも、異世界に続くエレベーターや、メリーさんみたいなものだ。
でも、うわさでなんとなく話や姿を知っていても、実際に会ったり体験したりって人はいないはず。
都市伝説は、本当だとうわさになっても、実際に事件として起きてはいけない決まりがあるんだって。
けれど、信じる人たちの過剰な思いが集まった都市伝説は、ときに形――肉体を持つ。
肉体を持った都市伝説は、うわさだけで終わらずに、実害を及ぼす。
そんなふうに、肉体を持って危険なレベルになった都市伝説を、翔くんのお寺で伝わる刀なら斬り祓うことができるらしい。
ところが、都市伝説を斬る十代目である彼のお父さんが、二か月ほど前に、なんとぎっくり腰になってしまったんだって。
それで、まだ小学生なのに、翔くんは十一代目を引き継いだらしい。
サコ爺は、引き継いだばかりの翔くんの教育係を任されているそうだ。
「昔から彼は責任感がある。このたびの引き継ぎも重く受けとめているだろうね」
「そうですね。翔くんは真面目そうだから」
「できることなら、なんでもひとりで解決をしようとする」
「そうですね。クラスでも、あまり友だちを作ろうとしていないみたいです」
わたしとサコ爺は、お茶を手に、同時にため息をつく。
「それで、提案だが」
「はい!」
サコ爺の真剣な声に、わたしは、背すじをピンと伸ばす。
「きみは、翔くんの手伝いをしたいと言ったね? それならば、きみが、翔くんの手伝いができるほどの実力があるかどうか、見極めさせてもらいたい」
「え?」
「私も翔くんに、信頼できるパートナーがいたら、心強いと思っていたからね」
「やります! やらせてください!」
わたしは、サコ爺の、その提案に飛びついた。
だって、翔くんは二か月前に引き継いだばかりで、まだ駆けだしなんでしょう?
ひとりで都市伝説に挑むより、サポート役がいたほうが、絶対いいはず。
それに、わたしもずっと翔くんと、一緒にいることができる。
お互いに、いいことづくめよ。
「もちろん、きみが実力不足だと感じたら、手伝いの話は、なしにするからね。遊びじゃないから、危険な目にあわせるわけにはいかない」
「わかりました! 全力で、翔くんをサポートします!」
翔くんに助けられたあのときは、わたしは都市伝説に、手も足もでなかった。
けれど、きっと都市伝説によっては、相性があるはず。
それに、わたしはなんの用意も心構えもできてなかったから、歯が立たなかったのよ。
あらかじめ用意ができていたら、わたしだって役に立てるはず。
だってわたしは、女忍者――くノ一だもの!
そして翔くんには、わたしとサコ爺がそんな約束をしていることは、ナイショなのです。
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