恋するオトメは超無敵っ!

くにざゎゆぅ

クラスメイトにひとめぼれ!

「こら! また修行をさぼりおって!」


 おじいちゃんのどなり声が聞こえたときには、わたし、玖珂凛音くがりんねは、とっくに自宅の玄関を飛びだしていた。

 走るスピードをあげながら、後ろに向かってあかんべをする。


「おじいちゃんは、いつも修行だ、修行だって、うるさいんだよね。修行が、いったいなんの役にたつのよ!」


 そう文句を言いながら、走ること五分。

 わたしは、十字路で立ち止まった。

 そして、おそるおそる、背後を振り返る。


 将来の夢のために毎日毎日、知識は必要だと机の前に縛りつけられたり。

 精神の修行だと、おじいちゃんの眠たくなるような説法を聞かされたり。

 いざというときのためにと言われて、同じことを何度も何十回も何日も、ずっと繰り返しさせられている。

 そんな修行がいやで、いつもわたしは、途中で逃げだしていた。


 おじいちゃんは怒るけれど、追いかけてこない。

 やる気がないときにやっても、身につかないからだという。

 それだったら、毎日修行をしろってどなることもないのにな。

 子どもに言い聞かせようとする大人って、言っていることが矛盾しているって思わないのかな?

 なんて文句をつぶやきながら、わたしは解放感を味わいつつ、両腕をあげて伸びをした。


 とくに目的を持たずに飛びだした、小学五年生最後の春休み。

 ただ修行がイヤで、おじいちゃんのすきをみては、家から抜けだしているだけだ。

 まだ、将来の夢なんて持っていない。

 もちろん、もう夢を持っている子も周りにいるけれど、わたしはまだ、ない。

 小学五年生で、もう夢を持っていて、その夢を叶えようと考えられるなんて、きっと幸運なことだと思う。


 クラスの女の子たちは、そろそろオシャレや恋愛に興味津々。

 教室でも、こっそりオシャレ雑誌やアイドルのグッズを持ってきて、見せ合いっこをしている。

 まだまだ日焼けを気にせず、男の子のような格好で、外を走り回りたいわたしとしては、あんまり話が合わない。

 なので、急に遊ぼうと思って出かけても、付き合ってくれる友だちはいない。

 ボッチじゃないよ。

 クラスの女子とはみんな、仲良しだよ。


 ひとりで考えこんだわたしは、手をポンと打った。


「よし。今日は公園に行って、ブランコを高くこいでみますか」




 思うぞんぶんブランコを楽しみ、過去最高のこぎっぷりを、公園にいる散歩中の犬に見せつけた。

 ブランコからの着地も、十点満点。

 それで満足したわたしは、家に帰ることにする。

 気がつくと、そろそろ陽がかたむきかけていた。


 わたしの家は、お父さんもお母さんも共働き。

 だから、おばあちゃんが作る夕食の準備を、手伝うことくらいはやっている。


「おっと、大変だ。急いで帰らなきゃ。そうだ、近道、近道っと!」


 人通りが少なくて危険だから、暗くなったら通ってはいけないと言われた道を、わたしは迷わず選んだ。


 空の色と町の色が、同じ夕焼け色になる時間。

 一日の中で、一番事故が多くなる時間であり――ヒトではないモノと出会う時間。

 そして、わたしはまさに、ヒトではないモノに出会ってしまった。




 ひとは、理解を超える正体不明なモノに恐怖を覚える。

 目にした瞬間に思わず悲鳴をあげたわたしは、その正体不明なモノに追いかけられるはめになってしまった。


 体力が自慢で、逃げ足には自信がある。

 なのに、わたしはもうどうしようもない状況になっていた。

 逃げているあいだに、行き止まりに追いこまれてしまったのだ。

 頭の中は、大パニック!

 しりもちをついたまま壁にもたれて、泣きそうになりながら見あげる。


「うそ……? もう逃げられない!」


 目の前をおおうように、真っ黒で大きな、この世のモノとは思われないモノ。

 それが、グワッとふくれあがると、わたしを押しつぶすように広がりながら倒れてくる。


「ひゃあっ!」


 わたしは、頭をかかえて身をすくめた。

 もうだめ!

 近道なんか、するんじゃなかった。

 もっと明るいあいだに、帰ればよかった!

 さようなら、お父さん、お母さん、おばあちゃん!

 おじいちゃん、いままで、全然いうことをきかなくて、ごめんなさい!


 そう思った瞬間。

 風が、ヒトではないモノと、わたしのあいだを吹き抜けた。

 ハッと顔をあげる。


 わたしの前に、かばうように、だれかの背中。

 その右手には、刀?

 さらに、その向こう側で、黒くて大きなヒトではないモノが、ななめに切り裂かれていた。

 一瞬で黒い霧になったモノは、夕暮れの空気にとけるように消えていく。


 ポカンと見あげていたわたしのほうへ、その人影は、ゆっくり振り返った。

 急いでわたしは、ありがとうと言おうと、口を開きかける。


「あ、ありが……」

「――なんだ。おまえ、凛音かよ……」


 わたしを見おろした彼は、神代翔かみしろしょうくんだった。


 同じ小学校の同級生。

 顔が整った超イケメンで、無口で近寄りがたいクールな王子さま的存在。

 わたしも、いままでまともに話をした記憶がない男の子だ。


 その翔くんは、わたしだとわかったとたんに、はっきりとわかるくらいにイヤそうな顔をした。

 それから怒ったような声で、言い捨てる。


「助けてやったんだ。このことは、ぜったい、誰にも言うんじゃねぇぞ」

「な、なによ、その言い方……」


 腰を抜かしたまま、わたしは迫力なく、こぶしを振りあげる。

 そんなわたしを冷たい目で見たあと、翔くんは、プイっと顔をそむけて駆けだした。

 あっという間に、通りの向こうに走り去る。



 小学五年生最後の三月三十一日、逢魔おうまどき

 そのとき、さっそうと助けてくれた翔くんの姿が、わたしの脳裏に焼きついたままだ。

 振り返ったときの、薄闇のなかで魅惑的にきらめく翔くんの瞳。

 繰り返し思いだしては、自然と顔がゆるんでしまう。

 どうやらガラにもなく、わたしは、恋に落ちてしまったらしい。

 ぼんやり彼にいだいていた憧れから、一気に本気の恋に変わった瞬間だ。

 これがひとめぼれというものなんだ。

 いやあ、照れるわ。


 そして、同時にわたしには、ひとつの夢ができた。

 夢。

 それは、絶対、翔くんのパートナーになりたいって夢だった。

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