会いたいのに
だんだん日が短くなってきました。
早く志望校を決めなければならないのですが、いつのまにか夜になって寝る日々です。
わたしの頑張り次第ですが、努力しなきゃとは思えないのです。
いつも楽な方へと逃げてしまいます。
彗ちゃんへのLINEはずっと未読のままです。
土曜日、彗ちゃんの家を訪ねてみることにしました。
お母さんにお願いして彗ちゃんの大好きなアップルパイを焼いてもらいました。
暗い彗ちゃんが見たくなかったから、わたしなりの精一杯の方法でした。
彗ちゃんの家は庭が広くて昔はふたりでシャボン玉をやったりしました。
でも今日は赤い外車が停まっています。
おばさんが車を変えたのかなと思って躊躇なくインターホンを押しました。
返事はありません。
もう一度押してみました。
返事はありません。
でも、奥から足音が聞こえました。
女の人みたいなぱたぱたした足音ではありませんでした。
焦る様子もなく、ど、ど、ど、とゆっくり低い音が聞こえてきます。
よくわからない汗がつ、とこめかみから流れました。
握っている袋ががさ、と音を立てました。
―がちゃ。
白くて骨ばった肌が突然目の前に現れました。
言葉を失いました。
彗ちゃんの家から上裸の男が出てくるとは思っていなかったので無理もありません。
「は、ガキかよ」
片耳には3つのピアス。
目が隠れるほどの長い銀色の髪。
彼から漂う強い甘い香り。
少し前かがみの姿勢。
乱れた服装。
私は10秒間ぐらい、瞬きのやり方を忘れていました。
ドアの奥ではおばさんが顔だけ出してこちらを見ていました。
私が来るまでこのふたりが何をしていたのか、なんとなく想像できてしまう自分にうんざりしました。
大人だけの世界に足を踏み入れてしまったみたいで怖くなりました。
たいして暑くもないのに汗が止まりません。
「…い、おい」
焦点が合わない目を男の方に向けました。
「何の用だよ」
男は怪訝そうにわたしを見ています。
―逃げなきゃ。
「は、待てよおい、ちょっと」
男が走り出した私の手首を掴みました。
すごい力でした。
でも痛くはありませんでした。
わたしが足を止めると男はゆっくり手を離しました。
「お前が、彗か」
呼吸が荒くなって、ぼたぼた汗が流れました。
―違う。
違うって言わなきゃ。
私は彗ちゃんのお見舞いに来たんですって言わなきゃ。
彗ちゃんはもっと背が高くて、すらってしてて、可愛くて、はきはきしてますって言わなきゃ。
わたし、何してるんだ。早く。
コンクリートのでこぼこに「しみ」が増えていきます。
わたしは知らない男の前でパニックを起こしてしまったようです。
「すい、ちゃんは、」
ようやく喋れたあと、男は膝をついてわたしに目線を合わせてくれました。
男の切れ長の目が覗いて再び甘い香りが鼻を通ったとき、ぶわわわっと体温が上がるのを感じました。
気づいたらまた走り出していました。
背後から男の声が聞こえていましたが、なんて言っているかは聞き取れませんでした。
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