あなたが嫌いだった薬
徒文
あなたが嫌いだった薬
薬も過ぎれば毒となる、ということわざがあるらしい。あとは、毒薬転じて薬となる、とか。
要するに、毒とは薬なんだよ。
正しく使えば薬になり、誤った使い方をすれば毒になる。それだけの話。だから、薬と毒は紙一重。
なにを今更と思ったでしょう。
そう、薬をたらふく飲んだら人は死ぬし、反対にちょっと危ないものだってうまく使えば良い薬になる。オピオイドとか。
そんなの、どこの誰でも知っていることだ。というのは過言かもしれないけれど、とにかく、わざわざ改めて説明するほどのことではなかったね。
ところで、愛とはなんなのだろうか。
惹かれること? 守り育てること? そばにいたいと思うこと? 幸せを願うこと?
そんなの、ただのエゴじゃあないだろうか。
勝手に惚れられたほうの気持ちはどうなる? 守り育てることと、支配することはどう違う? 相手がそばにいたくないと思っていたら? 他人の気持ちは誰にもわからない。
自分でもない誰かに幸せでいてほしいと思うのはおこがましいことなんじゃないか? 幸せを願った相手が、幸せでいられない自分に負い目を感じて死んでしまったらどうする? それさえも愛と呼んでいいのか?
だれかが、どこかで言っていた。
見返りを求めず、相手を尊重することが愛だと。
相手が尊重されることを望まなかったら、その意思を尊重して「相手を尊重すること」をやめればいいんだろうか?
ずいぶん話がそれてしまったけれど、人というのは多少病んでいないとつまらないものだね。
ほら、すばらしい小説を書く文豪たちなんかは大抵どこかしら病んでいるものだし、あの太宰治も芥川龍之介も自殺だったそうだし。
思うに、病んでいるのが人の正しい在り方なんじゃないだろうか。
そう、この世界は初めから、全ての人が効率良く病めるようにできているんだよ!
冗談はさておき。
いやいや、なんの繋がりもない話を延々続けていたわけではないよ?
覚えがないって? そんなはずはない。
どんなに嫌でも飲むしかなかったあの苦くて痛い薬のことだよ。
あとは、飲みたくても飲めなかった渋い薬の話なんかも聞いたっけ。
これも覚えてない? ああそう。
まあ良いんだけど、それなら想像してほしい。
泣こうが喚こうが飲むしかない、さもなくば死ぬしかない、命を繋ぐためにどうしても必要な薬が、飲み込むのも苦痛なほどに苦かったら。
そうして十年以上もなんとか飲み込んできた薬が本当は毒だったと後に知ったら。
それがあなたなんだよ。
ああ、いや。怒ってなんかいないよ。
言ったろう? 人の正しい在り方とは、病んでいることなのだと。
ここで一つ宣言しておこう。
愛とはなにか。その結論について。
愛とは、より魅力的でいられるよう、より正しく在れるよう、いっそう輝けるよう、後ろからそっと背中を押すことだ。
つまり、薬を与えること。それが愛。
で、薬というのは、毒のこと。
人はだれしも、幼い頃からたくさんの薬を与えられて育つ。たまに毒が混じっていることもあるかもしれないけど、それもまた薬だし。
そして、成長して大人になると、また別の誰かに薬を与えるのだ。
私の選んだ薬はこれだ。
私と関わったすべての人が正しく病めるように、じわりじわりと追い詰めていく。
もちろん、これを読んでいる君だって例外じゃあないよ。わかるよね。
今、晴れやかな気持ちになっている? 違うでしょう? 違うよね? 信じてるよ? 私はきちんと私のなすべきことをなせていると。
それじゃあ、このあたりで私も眠ろうかな。
私と関わったすべての人が、悲しみのどん底にいられますように。
——埃のかぶった古い本に、そんなことが書いてあった。
いつ書いたものなのかもわからない。せいぜい数十年以内のことではあるのだろうけれど。
なぜ語りかけるように書かれているのだろう。
この——日記とも手紙とも違う——メッセージを書いた人は、一体だれに呪いの言葉を吐いていたのだろうか。
きっとひどく苦しんだんだろうな。
今も生きているのなら、幸せでいるといいな。
何十回も読み直したあとで、埃をかぶったままの本をそっと閉じた。
あなたが嫌いだった薬 徒文 @adahumi
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