第四話・短槍の若騎士
騎兵たちが組んだ円陣の中心でカイとスヴェンは死闘を繰り広げていた。
力でねじ伏せようとする傭兵と巧みな技で相手を翻弄する騎士の戦いは拮抗し、互いに細かい傷が増えていく。
(やりづれぇ……!!)
スヴェンという男はカイの攻撃を受け流し、カウンターを入れることに専念していた。
そのため戦いが長引くほど不利なのは両手剣を振り回すカイの方であり、事実疲労から相手のカウンターに反応するのが遅れてきている。
このままではいずれ致命的な一撃を喰らってしまうだろう。
首を目掛けて放たれた槍を剣で弾くと後ろに飛び退く。
そして一度距離を取って仕切り直すと荒れた息を整える。
「思ったよりやるじゃねぇか」
「貴様こそガンテスを討っただけのことはある。だが━━」
「勝つのは自分だ」とスヴェンは腰を落としながら槍を構え、カイも剣の柄を強く握る。
この若い騎士を倒すには何かを犠牲にする必要があるだろう。
ならばとカイは剣を振り上げるように構える。
守りを捨て、一撃必殺を狙う。
対するスヴェンも次で勝負が決まると判断し、全力の一撃を放とうとする。
(来るッ!!)
先に動いたのはスヴェンの方だ。
地面を蹴り、一気に間合いをつめるとカイの心臓目掛けて渾身の突きを放つ。
それに対してカイも剣を振り下ろし、スヴェンの頭を叩き割ろうとするように思えたが━━。
「なっ!?」
剣を手放した。
カイはツヴァイヘンダーを地面に落とすように手放すと横に一歩踏み込んで大きく体の位置をずらす。
それにより槍はカイの左肩に突き刺さり、カイはそのまま槍を掴むと力任せにスヴェンを引き寄せた。
そして渾身の頭突きを彼に叩き込み、二人は衝撃で大きくのけ反る。
目の前が真っ白だ。
頭突きにより凄まじい痛みと共に目の裏で火花が散るような感覚になり、平衡感覚を失う。
だがどうにか踏ん張るとカイは額から血を流しながら「頭の硬さは、俺の方が上だったな!」と勝ち誇る。
「ぐ!? なんて……奴だ……!?」
ダメージが大きかったのはスヴェンの方であった。
彼は地面に片膝を着いており、立ち上がれないでいる。
カイは肩に刺さった槍を抜き、ふらつきながら若い騎士に近づく。
そして敵に自らの槍で死を与えようとするが━━。
「ランドール卿!!」
カイたちを包囲していた騎兵たちが一斉に動き出した。
騎兵の内一人が矢を放ち、カイの背中に命中する。
「糞がッ!!」
カイはすぐに振り返り、矢を放ってきた騎兵目掛けて槍を投擲し、胸に命中した騎兵は倒れながら落馬した。
「おい、スヴェン! この勝負、俺の勝ちだからな!」
そう言うとカイは地面に落としたツヴァイヘンダーを拾い、先ほど倒した騎兵の馬を奪って逃げ出す。
それを騎兵たちが追撃しようとするがスヴェンが「追うな!!」と彼らを止めた。
「しかし━━!!」
「これ以上私に恥をかかせる気か?」
抗議する騎兵を睨みながらどうにか立ち上がると森の中に消えていくカイの背中を見る。
そして拳を強く握りしめると「ラーゲンのカイ……その名前、覚えたぞ」と呟くのであった。
※※※
戦いの一部始終を見ていたリシテアは己の鼓動が早くなっているのを感じた。
これがいわゆる血が滾るというものだろうか?
とにかくエーレンバッハ家の若き騎士と傭兵の戦いはリシテアの脳裏に焼き付いた。
(欲しい……)
苦難を前にしても立ち向かい、食い破るあの姿。
是非とも自分の手元に置きたい。
彼のような人物が集まれば自分の願いを果たせるのではないだろうか?
リシテアが子供が新しい玩具を前にした時のように目を輝かせているとフォルカーが「肝が冷えましたな」とコンラートに話しかける。
するとコンラートは頷きを返し、娘に向かって「満足したかね?」と訊ねた。
その声で現実に引き戻されたリシテアは父親と忠臣の方を向いて「はい」と頷き、もう一度戦場の方を見た。
「メルヴァリース帝国がどのような存在かは理解しました。お父様たちは陛下と共に進軍なさるのでしょう? なら私は先に帰りますわ。これ以上迷惑を掛けれませんし」
戦場には我が儘言って連れてきてもらった。
どうしても自分の目で"敵"を見たかったのだ。
本当なら奴らが国境から追い出されるところを見届けたかったがこれ以上は迷惑を掛けすぎてしまうだろう。
それに後ろで控えている護衛の視線が痛い。
「では何人か護衛を付けよう」
「大丈夫ですわ。私には優秀な護衛が既にいますから」
リシテアがそう言うと腰まで伸びた銀の髪とエメラルドの瞳、そして褐色の肌を持つダークエルフの女が大きなため息を吐き、苦笑しながら肩をすくめた。
「ふむ……ミーティよ。任せても良いか?」
「はい。サウスベルク城までリシテア様を必ずお守りします」
「頼んだぞ。リシテアよ、森には先ほど逃げ出した傭兵や賊が潜んでいるかもしれない。南は使わず、西の街道を使うのだぞ」
「分かっています。まあ、いざとなったら私とミーティで蹴散らします」
リシテアの護衛であるミーティは優れた戦士であり、また魔術と言う超常の力を扱うことができる。
リシテア自身も齢十五で並大抵の兵士を上回る剣の腕を持ち、ある特殊な力を持っている。
山賊程度ならば二人で蹴散らしてしまえるだろう。
更にコンラートは娘が頑固なことを熟知していたため、やや心配しながらも二人でサウスベルク城に帰ることを許可した。
リシテアとミーティは自分の馬に乗り、リシテアは「ではお父様、クローヴィケル卿。お気をつけて」と軽く会釈した。
そして二人が戦場から去るとフォルカーは「さて」と馬を一歩前に進める。
「そろそろ我らも追撃に加わりますかな? ついでに血の気の多い奴らを回収して」
その言葉にコンラートは頷き、進軍の号令を出す。
エーレンバッハ家の軍が動き出すと後方に布陣していた他の軍団も動き出し、最後に王の本隊も進軍を開始する。
こうしてセーム平原での戦いはレイクランド王国軍の圧勝に終わり、帝国の敗残兵は国境近くのザガラン砦に逃げ込むのであった。
※※※
戦場から離れたリシテアたちはセーム平原から王国南部に向かう街道を進んでいた。
この道をしばらく進めば分岐に辿り着き、直進すればサウスベルクに最短で向かう森沿いの道、西に曲がれば山を迂回しながらサウスベルクに向かう道だ。
リシテアは帝国の敗残兵がいないか警戒しながら進み、後ろについてくるミーティに「今の所大丈夫そう?」と訊ねた。
「はい。動体感知の魔術にも反応はありません」
魔術。
それはエルフやごく一部の人間のみが扱える超常的な力だ。
魔術を扱える者は魔術師と呼ばれ、未熟な者でも兵士十人分。
普通の魔術師なら百人、高位の者は千人分の力を持つと言われている。
数の少ないエルフたちが長年帝国の支配者として君臨できたのは彼らが魔術に長けていたからだ。
人々はエルフの魔術を恐れ、敬い、そして憎んだ。
そういった人間の感情はやがて一つの意志となり、傲慢になっていたエルフたちに牙を剥いたのだ。
「私たち以外誰もいないし、もう敬語を使わなくていいわよ」
リシテアがそう言うとミーティは「そうね」と頷き、半目になって睨んできた。
「なら今日のことを言わせてもらうわ。戦場を見たいだなんて軽挙で愚かな行為よ。コンラート様や他の人をどれだけ心配させたか。もしもの時はアタシを含めて多くの人が貴女を守るために命を投げ出すことになる。もう少し自分の立場を理解して欲しいものだわ」
「……う」
ミーティの言っていることは正しい。
敵をこの目で見たいというのは自分の我が儘だ。
その我が儘が自分だけでなく誰かを死なせるかもしれないことは頭では理解していた。
「えっと……その……もうしません。……多分」
「はぁ……。期待しないでおくわ。まあ説教の続きは帰ってから。今は早く帰りましょう」
説教の続きがあるのかと思いながらリシテアは話題を変えることにした。
「そういえばあの傭兵、どう思う?」
「傭兵? ああ、スヴェンとやり合っていた」
「そう、その傭兵。アレみたいのが味方なら頼もしいと思わない?」
リシテアの言葉にミーティはため息を吐き、首を横に振った。
「何を考えているか大体分かるけど無理よ。あの手の輩は飢えた猛獣と一緒。手当たり次第噛みついて暴れる、その内自分自身も滅ぼす」
「随分と辛辣ね。貴女、傭兵嫌い?」
「経験則よ。それに傭兵が好きな奴なんていないわ」
傭兵は戦場では役に立つが、戦がない時期は近隣の村を襲う賊と化すことが多い。
このレイクランド王国でも傭兵による掠奪事件は何度も起きている。
傭兵を嫌う者は非常に多いだろう。
「……雨が降りそうね」
ミーティが指差す先を見ると暗い雲がこちらに向かって流れてきていた。
もしかしたら大雨になるかもしれない。
「早く行きましょう」
リシテアはそう言うと馬を走らせ、街道を進む。
そしてそれから二十分後、予想通り大雨が降るのであった。
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