第二話・セーム平原の戦いⅠ


 カイはザガラン砦の一室に案内されるとドアを軽くノックし、入室した。


 部屋に入るのと同時に目に入ったのは奥でふんぞり返る醜悪な男とその側に並ばされている女たちだ。


(エルフ、か……)


 女たちは皆顔立ちが整っており、耳が尖っている。

彼女たちはほぼ裸と変わらないボロ布を着せら、手足には枷が、そして首には文字が刻まれた首輪が装着されている。


 エルフ。

それはかつて帝国を支配していた種族の名だ。

男女ともに美しく、人の何倍も長く生きることが出来る。

彼らは気高く賢い種族であり、魔術を扱うことに長けていた。


 十五年前まではメルヴァリース帝国の支配種族として君臨していたが大きな政変によりハイエルフの皇帝エルディーンが弑虐された。


 それ以来エルフの地位は地に堕ち、今や帝国内では家畜のように扱われている。


「カイとやらよ。先刻の戦、見事であった。まずは約束していた褒美をやろう」


 そう言うとズヴァールはテーブルの上に金貨の入った袋を置き、カイはそれを受け取ると約束通りの金貨が入っていることを確認した。


「何だ? ワシが褒美を出さないと思っていたのか?」


「昔出さなかった奴がいてな。奴に騙されて以来必ず確認するようにしているだけだ」


「ほう? ちなみにそいつは今どうしている?」


「さあな。まだ死んでなきゃ北方で元気に戦っているだろうさ」


 カイが袋を懐にしまうとズヴァールは「さて」と腕を組んだ。


「我れら帝国軍は陛下の掲げる大義を果たすため、常に強者を求めている。あのガンテスを屠るほどの傭兵ならば高待遇で迎えるぞ?」


「大義ねぇ……」


 十五年前の政変でエルディーン帝を討ち、皇帝となったヴォルフガング・ベオグラードは力による秩序を掲げ、衰退していた帝国を立て直した。

そして一年前に長く続いた戦乱を終わらせるため、大陸を統一することを宣言したのだ。

レイクランド王国侵攻は統一事業の第一歩であり、ズヴァール率いる軍団はその先鋒だ。


「日々生きる金を求めて大陸中を歩き回るより遥かに良い生き方だぞ? 軍の中で出世すればワシのように兵を率い、女も手に入る」


 ズヴァールがエルフの女たちを見ると彼女たちは怯えて顔を伏せる。

日頃彼女たちがどんな目にあっているのか考えたくもない。


「……悪いが一人が性に合っているんでね。アンタに仕える気は無い」


「そうか……それは残念だ」


 ズヴァールもある程度予想していたのだろうか?

彼はあまり残念そうにはせず、スッと目を細めると「ところで」と続けて言った。


「我々は皇帝陛下の名により、更なる進軍を行う。無論、お前は今後も我が軍として戦うのであろうな?」


 部屋の外から物音がした。

背後の扉ごしに殺気を感じる。

おそらく兵士たちが待機しており、もし帝国軍から離れると言ったら突入してくるのだろう。


 武器も無く、多勢に無勢だ。

脅しをかけられたことは少々不愉快だが従うしか無いだろう。


「負けてる方に付く馬鹿はいねぇ」


「うむ。お前は賢い男のようだ。次の戦も期待しているぞ」


 部屋の外からの殺気が消えるとカイは肩をすくめる。

そして退室すると来た時と同じように騎士や兵士に囲まれ、自分の野営地に戻った。


 そして戻るなり待ち構えていたデニムに長話を聞かされ続けるのであった。


※※※


 三日後。

休息と再編成を終えた帝国軍はザガラン砦から出陣し、レイクランド王国中央部に進軍を開始した。


 一方王国軍は諸侯を招集すると国王ニクラウス自ら兵を率いて出陣。

両軍はセーム平原で対峙することになった。


「こりゃレイクランドの奴ら本気だな」


 そう言ったのはデニムだ。

カイと共に帝国軍左翼に配置された傭兵たちは王国軍が布陣するなだらかな丘に立てられた様々な紋様の旗に息を呑む。


「あれは北部を収めてるソーン公爵家の旗。あっちはドーヴァー伯爵家。で、あれは南部の大貴族エーレンバッハ公爵家の旗だ」


「随分と詳しいな」


「知識は武器だぜ。いつ、誰に味方すべきかを見抜けなきゃ生き残れてねぇ」


 「そういうもんかねぇ」とカイが興味なさそうに言うとデニムは「そういうもんなんだよ」と笑う。


「エーレンバッハ家といえばもう一つ有名な話があるぜ。当主のコンラートには大層美しい娘がいるそうでな。なんでも黒真珠の乙女って呼ばれてるそうだ」


 「一目見てみたいぜ!」とデニムははしゃぐが、カイの興味は戦場の方に移っていた。


 レイクランド王国は精強な騎士団を持つ国だ。

このセーム平原は騎兵突撃にもってこいの地形であり、敵に地の利を奪われていることになる。


 帝国軍もそのことは理解しており、騎兵を警戒して兵士たちに長槍を持たせている。


「……あの森、どうにも気に食わねぇな」


 帝国軍からみて左側、つまりセーム平原の南には森がある。

先に平原に到着していたのは王国軍の方だ。

奴らがあの森に伏兵を隠している可能性がある。


「ああ。俺の鼻が嫌な匂いを嗅ぎつけてるぜ。奇襲には気を付けた方が良さそうだ」


 傭兵部隊を指揮する騎士に知らせるべきかどうか悩んでいると角笛が鳴り響いた。

それにより両軍がゆっくりと前進を開始し、カイは舌打ちしながらデニムに「森から目を離すな」と言う。


 両軍は隊列を組み、盾を持った歩兵が最前列に、そのすぐ後ろに長槍兵がおり、更に剣や斧を持った兵士が続く。

更に後方には弓兵たちもおり━━。


「来るぞぉ!!」


 王国軍が放った矢が雨のように降り注ぎ、命中した兵士や傭兵たちが次々と倒れていく。

帝国軍の弓兵部隊も即座に反撃を行い、両軍は激しい射撃戦を行いながら距離を詰める。

そして十分に接近すると駆け出し、歩兵部隊が激突した。


 暫くの間は拮抗していたが徐々に帝国側が優勢になり始める。

戦場左翼でも傭兵たちが王国軍に猛攻を加え、敵の陣形を崩そうとしていた。


(あと一押しか!!)


 王国軍の陣形に僅かだが乱れが生じていれるのを見たカイは味方の盾兵を飛び越え、敵に斬り掛かる。


 力任せに剣を振り下ろし、敵の盾兵を転倒させるとそのまま踏んづけて足場にし、更に前へと進む。

それを阻もうと槍兵が槍を突き出してくるが紙一重のところで躱し、力任せに剣で薙ぎ払った。


 斬撃を受けた敵兵たちが千切れ、体の一部が宙を舞う。

その光景に敵が怯むとデニムや他の傭兵が「カイに続けぇ!!」とカイが開けた隊列の穴に飛び込んだ。

そうして瞬く間に乱戦となり、カイは手当たり次第に敵を叩き斬っていく。


※※※


「ほお? 流石はメルヴァリース帝国軍。手強いですな」


 戦場の南西、小さな丘から戦場を見下ろしていたフォルカー・クローヴィケルは感心したように頷き、隣にいる初老の男性を横目で見る。


「十五年前の政変以来帝国は爪を研ぎ続けていた。苦戦することは陛下も理解しておられる。だからこそこの一戦で我らは勝たねばならないのだ」


 初老の男の言葉にフォルカーは頷いた。


 今、王国に侵攻してきているのはあくまでも先遣隊だ。

奴らの後ろには十万を超える帝国の本隊が控えている。

王国軍はこの戦いで大勝し、敵本隊が来る前に押し返さなければいけない。


「我らエーレンバッハ家はもしもの時の後詰めだ。フォルカーよ、万が一の時は頼りにしているぞ」


「は! お任せを! なあに、内には優秀な騎士や兵が沢山いる。奴らを蹴散らしてやりますよ。なあ、スヴェン?」


 フォルカーの近くにいた若い騎士は突然話を振られ、慌てて「は、はい!」と頷く。


 エーレンバッハ公爵家。

それは王国南部、サウスベルク地方を治める大貴族だ。

当主のコンラート・エーレンバッハは王の懐刀と言われるほどの信頼を受けており、王国を守るために常に最前線で戦い続けてきた。

そんなコンラート率いるエーレンバッハ家の将兵たちは精強であり、国王直属の白鷲騎士団に次ぐ実力を持つと言われている。


「頼もしいわね、クローヴィケル卿。早く貴方たちが敵を叩きのめすところが見たいわ」


「おお、これはこれは」


 エーレンバッハ家の陣に戦場に似つかわしくない人物が現れた。

背中まで伸びた艶のある黒い髪。

ルビーのような瞳と白い肌を持った少女。

彼女は弓を持ったダークエルフの女を連れながら初老の男━━コンラート・エーレンバッハの傍に来る。


「リシテアよ。下がっているようにと言ったはずだぞ」


「ここまで着いてきたらどこでも同じですわ、お父様。それよりも━━」


 黒髪の少女━━リシテア・エーレンバッハは戦場の方を見つめ、目を細める。


「あれがメルヴァリース帝国。”私の”敵ですね」


「━━その通りだ。だがアレはほんの一部。真の敵は帝都にいる」


 父コンラートの言葉にリシテアは頷く。

ズヴァールなる小者はどうでもいい。

真に倒さなければいけないのは皇帝ヴォルフガング・ベオグラード。

奴を倒さねば平和は訪れない。


「……あら? あっちの方、随分と押されているわね」


 リシテアは左翼の陣形が大きく崩れていることに気が付いた。

左翼は既に乱戦状態で敵味方が入り乱れて血みどろの戦いを行っている。

特に左翼中央部は大きく崩されており、帝国軍が優勢に見える。


「帝国は左翼に傭兵部隊を配置していました。と、なると奴のせいかもしれませんな」


 フォルカーの言葉に「奴?」とリシテアが首を傾げるとフォルカーはため息を吐く。


「先日の戦で剛腕のガンテスと呼ばれていた腕利きの傭兵を討ち取った奴がいるんですよ。そりゃもう悪鬼の様に暴れまわったそうで……」


「へぇ……?」


「お嬢様? 興味あるとか言わないでくださいよ?」


 フォルカーの言葉を無視していると戦場中央。

王のいる陣から火矢が空に向かって放たれる。

それを見たコンラートは「いよいよか」と兜を被った。

主に合わせてエーレンバッハ家の騎士や兵士たちも準備を始め、隊列を組みなおし始める。


 そして火矢が上がってから少し経つと戦場に異変が生じ始めるのであった。

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