11.骨壺とヘンルーダ
「ベロニカ・カタリナは今の状態では、どうやっても"命の輪"に還すことはできません」
翌朝やってきたヘンルーダは率直に言った。
「ベロニカは悪霊になっているんだね?」
デーティアの問いにヘンルーダが頷く。
「時が経って記憶が薄れるか、改心するかしないと無理です。改心はとてもむりでしょう。ですから」
と、持参したバッグの中から何かを取り出した。小ぶりの壺のようなものだ。
「ここに封じます」
はぁとデーティアはため息を吐いた。
「骨壺だね。全く、キャラウェイの洒落っ気もここに極まれりだね」
「でもこれはとっても効率的なんですよ」
笑を含んだヘンルーダ。
「長い年月をかけて、この形になったのは意味があるのでしょうね」
さきほどから蚊帳の外のような気がしてるベアトリスに、デーティアが説明する。
「ビーは見たことがないだろう?骨壺なんて。これは火葬にした遺体の骨や灰を入れるものだよ」
「火葬なんて、まるで罪人みたい」
呟くベアトリス。
「そうだね。重罪人は火葬されるからね。他にも流行り病に罹った者、死んでなお変わらない者、または変わりすぎる者なんかが火葬されるよ」
「なんとも重いお話しですね」
それまで黙っていたユージーンが呟く。
「それで私は何をすればいいんですか?」
「ワイアット公爵には」
ヘンルーダが告げる。
「ワイアット公爵の役割をしていただきたいのです」
「私の?」
面喰うユージーン。
「アンドリュー・ワイアットになって、ベロニカを引きつけていただきたいのです」
「それはそれは…」
なんとも言えない顔をするユージーン。
「重い役割ですね。具体的にはどうすればいいのでしょう?」
「ベロニカを甘く呼んでください。反応すればこちらが引き受けます。私が右手をあげたら冷たくしてください。王女殿下に愛を囁いでもよろしいですよ」
「ベロニカは怒り狂うだろうね」
デーティアがにやにやする。
「それが狙いです。ベロニカが我を忘れたら隙ができます。私がここに封じることができるでしょう」
ふっと息を吐いてヘンルーダは言い継ぐ。
「いいえ、封じてみせます」
集まった面々を見渡して続ける。
「強い霊力を持つ王女殿下、その婚約者はワイアット公爵、そして偉大なる魔女様が揃い、呪いの契約からちょうど百三十年。さらに今日の星回りは"節制"。またとない機会です」
ベアトリスよりも一歳年上なだけのヘンルーダは凛とした面持ちで話す。すでに大人の顔だ。
「キャラウェイはいい跡取りができて喜んでいるだろうね」
ヘンルーダの頬を撫でるデーティア。
「まだまだです。これからは色々ご指導ください」
にっこり笑うヘンルーダは照れた少女の顔に戻ったが、すぐに真顔になった。
「さて、まずはベロニカを封じることですが、魔女様はイザベラの守りについてくだい」
ベアトリスとユージーンの方を向いて指示を始めた。
「私がベロニカを一時的に呼び覚まします。ベロニカが目覚めたらワイアット公爵はベロニカを呼んでください。きっと繰り言を聞かされるでしょう。私の合図までは相槌を打ってください。私が右手を上げたら…」
ベアトリスを見て続ける。
「王女殿下に愛を囁いてください。自分はアンドリューではないと突き放してください。その時、絶対にご自分の名前を明かさないように」
ピリっと緊張が走る。
「王女殿下はその合図とともに、私に力を注いでください。私の纏う色を見れば王女殿下ならばおわかりになるはず」
決するように断言する。
「私がこの骨壺に封じ込めます。お力をお貸しください」
その午後、四人は学園の中庭に向かった。
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