12.悪霊の愛

 学園の高等部の中庭は、休日の静けさだった。

 ベアトリスには東北のイザベラと南東のベロニカの影が見えた。相変わらず壁を向いて立っている。

 しかしユージーンには見えない。

「いるの?」

 と尋ねられて

「ええ」

 と短く答えた。


 打ち合わせ通り、デーティアは東北へ向かい、イザベラを隠すように立つ。

 ヘンルーダは西側に魔法陣を描き、待機する。


「では、ベロニカの呪縛を少し緩めます。ベロニカがそちらを向いたら呼んでください」


 ヘンルーダの体から青い光がぼんやりと滲み出始めたのが、ベアトリスに見て取れた。

 これが霊力。

 ベアトリスは自分の中の霊力をしっかりと抱きしめた。いつでもヘンルーダに注げるように。


 ヘンルーダの霊力が、後ろを向いているベロニカを包むと、ユージーンがはっと身じろぎした。姿が見えたのだ。

 すぐにベロニカは震えだした。

 そしてベアトリスが初めて見た時と同じように、急にぐりんと体を反転させた。そこにはユージーンの姿があった。


「ベロニカ」

 ユージーンが呼んだ。


 ベロニカの亡霊は、ユージーンにぐいっとばかりに顔を近づけようとしたが、それ以上動けないようだった。


「アンドリュー様…来てくださったのね。わたくし、イザベラに呪われていますの」

 そう言ってすすり泣いた。

「ひどいわ。わたくしは何もしていないのに。愛しいアンドリュー。ベルと呼んでくださらないの?」


 その時、ヘンルーダの魔法陣が青く輝いた。ヘンルーダは右手を上げて合図した。


「呼ばないよ。私はアンドリューではないからね」

 そしてヘンルーダに霊力を注ぎ始めたベアトリスを抱き寄せた。


 ベロニカの目がかっと見開かれたが、そこには洞穴のような空洞が開いているようだった。


「どうして!?アンドリュー様はいつもそう。わたくしだけでなく他の女を、あの女を見ていた。わたくしがあの女に虐げられる、哀れでな者でなければイザベラを選んだのよ」

 ベロニカはユージーンに縋りつくように手を伸ばす。

「だからわたくし、がんばったわ。哀れなわたくしをあなたは見捨てないでしょう?」

 ベロニカの繰り言は続く。

「結婚してからも誰にもあなたをとられないように、努力したのよ」

 さめざめと泣く。

「体の弱い哀れなわたくし。子供が産めなくなった哀れなわたくし。なのに」

 顔を上げるベロニカ。

「あなたはわたくし以外を娶ろとしたのを知っているのよ。だから何度も毒を飲んだのに」

 ベアトリスは必死にヘンルーダに霊力を注ぎ続ける。

「なぜわたくしを疑ったの?イザベラの時みたいに、わたくしの言っていることを信じてくれなかった。わたくしを責めたわ」

 ベロニカは口を大きく開けてユージーンに飛びつこうとした。


 その瞬間、ヘンルーダがこつつぼの蓋を開けて呼ばわった。


「ベロニカ!!」


 空洞のような眼窩が見開かれたようにさらに大きくなる。次いでがくんと顎が落ち、ぐずぐずと胸元まで下がるように崩れていく。

 ベアトリスは「ひゅっ」と息を飲んだが、そこで堪えた。


「あぁんどりゅぅぅさまぁぁ…」

 ベロニカの亡霊はユージーンに向かう。


 ユージーンは青ざめながらもベアトリスを抱き寄せたまま、ベロニカをヘンルーダのいる魔法陣へと誘う。ベアトリスは必死に霊力をヘンルーダに注ぎ続ける。


 ベロニカはずるずると魔法陣へ吸い込まれ、その中央においた骨壺の中へ消えていった。


 ヘンルーダは骨壺の蓋を閉め、紙を被せ赤と青の紐を巻き付け、それを蜜蝋で固めた。

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