第14話 苛酷な試練 3
二週間の休暇が終わって、氏真が帰って行った。
「またな。こっちに来るときは連絡くれ。」
とだけ言い残して。
スポーツ誌の独占インタビューから始まり、テレビのサッカー解説やゲスト出演。U18やジュニアの指導、コマーシャル撮影。深夜のラジオのハイジャックまでこなし、合間あいまに鹿之助のショップ巡りや、審美眼を養うための美術館巡りに付き合う。お気に入りの蕎麦屋にのれんが降りるのを見計らって行き、温泉に入ろうと箱根まで車を飛ばした。全力で仕事をし、全力で遊ぶ。体力バカの熱い漢だった。
ものは試しに、最初のオーディションは、二週間後にパリの店舗内で行われる固定客限定のオートクチュールのオーディションに挑戦することになった。小規模ながら、世界中のセレブがネットで閲覧しているため、ここで顔を売ることは、これからの仕事におおいにプラスである。世界中から選りすぐりのモデルたちが競い合う。
そんな準備をしているさなか、斎藤一から連絡があった。
「すぐ会えるか。」
なにやら切羽詰まっている様子に、早速、鹿之助の散歩コースで夜が明けるとすぐ、落ち合った。俺もたいがいお人よし過ぎる。もう二度と会う必要のないやつになぜ会う気になっている?
「突然すまねえな。」
「朝早いですね、はじめさん。」
「お前もだろう?夜明け前に起きる癖が直らないから、別に苦ではないよな。」
「今日は、どういったご用件です?」
「子供一人を預かって欲しい。うちでは預かることができぬ、ワケありの子でな。」
「事情を聴いても?」
「この間、おやじの葬式の後に隠し子ってのが出てきてな。今まではおやじが俺たちに隠れて面倒みていたらしいんだが。」
「はい?。」
「遺言書に残してあったんだよ。俺も知らなかったが、今住んでるところは、組の連中、だれ一人知らなかった。組に来るときは、あのおっさん、ひょうひょうとどっかから歩いてくるし、何度ボディーガードつけてくれって頼んでも、せめて送り迎えさせてくれっていっても、必要ないの一点張りで世話させてもらえねえ。」
「で?」
「やっと先日、弁護士から遺言書が届いて、その隠し子住んでるところに訪ねて行ったんだ。したらほんとに出てきちまった。まだほんの子供」
「で?」
「おやじが死んだこと、知らなかった。」
「なぜだ。」
「おやじが、ちょっと長期入院になったから、大人しく待ってな。って言ってたから待ってたって。10日もだぞ。子供ながらおやじが普通の人でないことにはうすうす気づいてたんだろ。誰にも頼らず、文句も言わず一人で生活していたみたいだ。」
「ずいぶんと肝が据わってるんだか、馬鹿なのか。まだ子供だって言ったな。」
「年は10歳、小学4年生ってまだ誰かに世話してもらわないとだろう。未成年だし。せめて18歳くらいまで保護者って必要だよな。あんなちっこいの一人暮らしさせるなんてできるか?」
「まて、なんだよ。俺、関係ないですよね。」
「まあまあまあ、そういうなって。俺たちの仲じゃないの。」
「それほどの仲でもないよな。会うのも三回目だ。」
「意地の悪いこというなよ。この間も用心棒兼、柊を紹介してやったろうが。あいつ、使えるだろう?」
はじめは煙草に火をつけるとうまそうにふかした。
「考えてもみろ。ごりごりのやくざばっかりのところに、まだ未成年の子を置くわけにいかないんだよ。教育上よくねえだろうが。今日は連れてきてないんだが、手のかからないおとなしい子だからさ。かわいそうだろ。次の引き取りて、探すまででいいからさ。」
片手拝みにされて、人の好い鹿之助は、断ることが出来なかった。売った恩の回収するつもりか。柊の件では感謝している。付き人というかたちで、着かず離れずサポートしてもらっている。
俺、まだ自分のことさえおぼつかないというのに、他人の世話が出来るのか。
「はあっ。」
生まれて初めてため息というものをついてしまった。
翌日の早朝、マンションの入り口で待つ鹿之助の前に、斎藤一の腹心が連れてきたのは身長138センチ体重28キロ、紺の制服にさらさらの長い髪、スーツケースひとつと茶色のランドセルを背負った、少女だった。
「おい、待て。」
鹿之助があわてて呼び止めたが、少女を連れてきた男は、ごもごもとなんか言った後、荷物と少女を置いてそそくさと逃げて行った。
「女って聞いてねーよ。」と鹿之助
「どーすんだこれ。」と義顕
「とりあえず今日はどうするんだ。ここから小学校にかよわせるのか?転入手続きしてあるのか?」と信康
3人寄れば文殊の知恵というが、3人寄っても出るのは知恵でなく、でかい男3人のでかいため息。
大きなお兄ちゃん?たちを見上げ、ランドセルの肩ベルトを握りしめ、透き通る大きな声で挨拶した。いや、叫んだ。
「今すぐ家へ返してくれ。」
見た目にそぐわぬ、居丈高な物言いに怯む男三人。
「は?」
「え?」
「ん?」
圧倒的な眼力に怯む男三人。
睨んでる。黒目がちな、という表現はこの娘には当てはまらない。その虹彩は明るいグレーで、大きな瞳の中で圧倒的存在感を放っている。こっちを睨んだとたん、その虹彩の色がグレーから銀色に変化した。
その瞬間、辺りは光り輝き、バックに花が咲き、髪が風に揺らめき、鹿之助は息が出来ないほど鼓動が激しくなった。心臓を鷲掴みにされるとは、このことか。
「うむ」
「お、おう」
「よろしくね」
「よろしくじゃねえ。早く家に返せ。」
俺たち、なぜ怒られてんの?
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