第13話 苛酷な試練 2

 空港で小夜子と出会った次の日に早速、小夜子に連絡を取った。打ち合わせの時間をもらい、契約を交わす。まずしなければならないのは、自分磨きだそうだ。

 脱毛(あそこの毛を整え?られたときは心底驚いた)、エステ、ネイル。ただ寝ているだけの暇な時間は作ってもらえなかった。英語、フランス語、を怒涛のように脳内に流され、刷り込まれる。オーディションで最初に落とされるのは、コミュニケーション能力。語学がどうしても必要になる。幸い、氏真はもちろん、義顕、信康も優秀な先生となって助けてくれるので、家の中では日常的に日本語以外で会話をする。

 そんな様子を撮ったブログを、小町ちゃんが作ってくれた。本格的に仕事を始めるタイミングで『モデルになるまで』の過程を配信する予定になっている。いつも誰かに撮られているので、油断が出来ず、つらい。パンイチで歩くこともままならない。

 食事も制限されてしまった。あまりに食い物がうますぎるゆえについつい一か月で5キロ越えで増えてしまったらしい体重を、絞る。道理で最近体が動きづらかった。粗食慣れしている体は、すべての栄養を余すことなく吸収してしまうらしく、太りやすいのだそうだ。もともと好き嫌いはないので、つらいといえば、大好きな白米が一日お茶碗一杯の雑穀米になったこと。もっとつらいのが、無制限に食べていた食後のアイスクリームを絶たれたことだ。

 こちらに来て、一番感動したのが、いつでも冷たいものが飲んだり食べたりできるということ。なかでもアイスクリーム。際限なく食べるせいで、いつもアイスで冷凍庫はパンパンになっていた。

 フレーバーの多い中で一番のお気に入りは、ハーゲングッツのバニラ。ちょっとだけ手の中で温めて、うっすらと端っこが融け始めたタイミングで融けたところからすくう。大きな男が、大きな手でちまちまとスプーンでなぶっている様はぷぷぷ である。

 もちろん、今までストックした大量のアイスは小町ちゃんたちが目の毒だからという理由で、根こそぎ持っていってしまって、ロックアイスしか、入っていない。ロックアイスはアイスだがアイスクリームではないということに、憤りを隠せない。

 もともと鋼の肉体だったが、ここ一か月の間、ろくに鍛錬を行っていなかった為、いや、暴飲暴食をした結果、残念な腹回りに成りつつあるのは否めない。会員制のジムで、首まわりと、肩、二の腕、足のふくらはぎの筋肉を落としつつ、胸や腹筋を鍛え、ウエストを絞る。素晴らしいおしりの大殿筋は維持し、太ももは絞る。バランスを考え、徐々に理想の体型を組み立てる。体を動かすのは嫌いではないので、呼吸法を取り入れた最速メニューを週3日こなす。一度に詰め込まれ、3倍速で日常を送っている鹿之助にとって、これが良い息抜きになっている。

 コーディネーターのスズシロは、鹿之助の空き時間全てを使って、鹿之助の目を養うことに費やした。目を肥やすというのは、容易いことではない。ある程度の審美眼と、学習が必要だ。

 ここ2,3年のトレンド。モード界のコレクションを解説し、雑誌の切り抜きで作ったスクラップブックを用意し、専門用語を叩き込む。子供でも知っている、服の種類からはじまり、服の用途に合わせた選び方。組み合わせ方。なにがミスマッチでどこまで遊びが許されるか。帽子や靴、バッグなどの、小物の種類と、ブランドの名前。

 実践と称して、ショップ巡りをしながら、鹿之助に似合う色、形の組み合わせ、着こなし方、正しい『今』の服の着こなし方を模索した。実際不思議なほどなんでも着こなし、似合わないものが見つからないということに気づき、スズシロは完全に鹿之助に夢中になった。この業界において、こんなにやりやすく、コーディネーター冥利に尽きる逸材はいない。

 体格に不釣り合いな小顔。着やせする完璧な体型。手足の長さ。特にひざから下の長さは、日本人離れしている。特筆すべきは、黒目と白目の境に青い縁取りが見られる黒目がちな瞳だ。鹿之助に見つめられれば誰でも一目で陥落する。

 

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