第8話 5日目 鹿之助 さらわれる

 鹿之助がさらわれた。小町ちゃんとマンションのロビーで待ち合わせをして、玄関を出たところで、屈強な男たちがさらりと連れ去った。あまりの要領の良さに、小町ちゃんも唖然としてしまって、対処することが出来たのは、鹿之助が車に乗せられた後だった。ナンバープレートを見ようと走ったが、かなわなかった。

 転移局に連絡、警察に通報する。いったい誰が何の目的で連れ去ったのか、皆目見当が付かない。鹿之助がこちらに来てから、まだ5日目である。転移局とマンションの往復だけでどこから情報が漏れたのだろうか。


 鹿之助自身はといえば、玄関を出たところで二人の男たちに挟まれ

「こちらの車にお乗りください。」

と言われたので、警戒もしないで乗ってしまった。小町殿が来ないなとは思ったが、別の車に乗ったものと思ってしまった。

 何か変だと気付いた時にはとあるビルの地下駐車場で車を降ろされていた。運転手を含め3人に囲まれるようにエレベーターに乗った。最上階に着くと、廊下の先にあった扉の鍵をあけ、階段でひとつ階をあがる。

 運転手だった男が、携帯を取り出し、メールを打つとしばらくして内側から扉が開いた。

 正面にシンプルだが重厚なつくりの机の向こうに、男が一人座っていた。鹿之助が部屋に入ると静かに立ち上がり、

「お、来たか。突然連れてきて申し訳ない。はじめてお目にかかる。斎藤一だ。あ、うさんくさいやつ、と思っているだろう。実際そうだが。ま、座ってくれ。」

 と、向かいのソファを勧めた。

「今、お茶を」

 斎藤一と名乗った男は、鹿之助には劣るが肩幅が広く、分厚い胸板を仕立ての良い手縫いの三つ揃えスーツに身を包み、愛用のブレゲ マリーンの腕時計をのぞかせている。

「なあ、あんた、最近こっちに飛ばされてきたんだろう。実は、俺も転移者なんだ。」

 下っ端が用意したお茶を、まずいと言いながら一口飲むと、鹿之助にもすすめた。まずいものを飲めと言われても手が出ない。

「あ、あんた、baseっていうbarに行ったことあるだろう。この間ちょっと見かけたんでな。義顕たちとも知り合いなんだ。そう警戒するなって。」

 警戒するなと言っても、このしうちは許しがたい。いったい俺をどうするつもりだ。なんだ、やたら圧のすごい黒服がたちが出口を塞いでいるのも気に食わないし、ソファに足を組んでふんぞり返って、細いたばこをくわえて灰を絨毯にこぼして平気なこの男にも虫唾が走る。 

「突然で悪いが、私とある仕事をしてもらいたい。俺はあんたより少し前にこちらに来た。今は波佐間組というところに世話になっている。今日はちょっとした仕事を手伝ってもらいたい。なに、簡単なことだ。だまって立っていてくれればいい。」

「失礼します。お着換えを。」

 白の着物に黒の袴、雪駄、白足袋、白鞘の刀、一式を乗せた着物盆を捧げた男が入ってきた。そのまま着替えを手伝うと着物盆に鹿之助の脱いだ服を入れて持ち去った。

 鹿之助が着替えを終え、白鞘の刀を左手に持つと、皆無言で一斉に立ち上がり、部屋を後にした。

 車が向かった先は、西池袋の照雲寺。片側二車線の道路 池袋駅へと向かう左側車線は黒塗りの車で埋め尽くされていた。弔問客が車から降りると次々に出迎えが走り寄る。出迎えの一人は客の案内、一人は車の運転手に駐車場の案内を渡す。近くの駐車場は全部貸し切りにして押さえてある。門前のちょうどあいたスペースに車をねじ込み、斎藤一と鹿之助が降りる。

「ご苦労様です。」

 舎弟と思しき男が走り寄る。

「おい、何やっている。車を移動しないで道路に止めっぱなしにしている車が渋滞おこしてるぞ。すぐに移動させろ。」

「すみません。すぐ帰るからって言うことを利いてくれない組長さんが、多いんです。」

「お前の仕事はなんだ。何のためにお前をここに置いてるんだ。ん?堅気さんに迷惑かけてんじゃねえよ。オヤジの口癖だったろうが。」

「申し訳ありません。すぐどかします。」

 つい一昨日の夜、最後の義侠心と言われた大親分、波佐間一平が亡くなった。死因は明らかにされず鉄砲玉にやられた、とか、病気か、などざまざまな憶測が飛び交う中での今日の葬儀である。斎藤一は客分という身分にもかかわらず、組内の仕切りを任されていた。異例のことであるが、意義を挟むものなどいない。度量の広さと、有無を言わせぬ押しの強さと、その腕の冴えにて一目置かれていた。

 狭い境内は人で溢れていた。寺の中に入れるのは一握りで、外の一角に受け付けの場所を設け、次々と滞りなく人が移動できるように気を配っているのは、一番舎弟。その隣に鹿之助を座らせると、

「しばらくここにいてくれ。万が一騒ぎが起きたら、抜いても構わん。ここにある香典は俺だけに預けろ。」

 そう言い残すと、場を離れた。

 記帳、香典の受け取り、香典返しの札を渡す。一番舎弟は、弔問客のほとんどを見知っており、三種類ある香典返しの札の色を決めてさばいていく。時々、血の気の多い道理のわからぬ三下が順番をごねて、静寂を乱したほかは、粛々と執り行われていく。

 しばらくすると裏手より、黒い背広を着た葬儀社と思しき二人組が現れ、

「だいぶ香典が溜まって危ないので、一時期お預かりします。」

 と、香典袋の溜まった紙袋を預かろうとした。受け取り係が、それを渡そうとしたその時、鹿之助の白鞘が静かに押さえ、静かに立ち上がると長身の体から殺気を飛ばし、半眼の鋭い目線を送った。辺りの者たちは、この時初めて殺気というものは何かを学んだ。一同一瞬にして背筋を伸ばし、体が震えないよう息を止めることしか出来なかった。

「失礼いたしました。」

 葬儀社の男と思しき男たちは、(本当に葬儀社のものかはあやしいが)目を合わせないように後ずさると、一礼して立ち去った。

 それからは、鹿之助が仁王立ちになり、葬式の最中も引っ切り無しに表れる弔問客ににらみを効かせた。

 葬儀が無事終わると、斎藤一が現れ、ジェラルミンケース2つに香典を入れ、一つを鹿之助に渡した。ほどなく車が現れ、斎藤一と鹿之助はジェラルミンケースと共に車に乗った。

 事務所に戻ると、朝脱がされた元の服に着替えさせられた。

「世話になったな。お陰で無事葬儀が終わった。今日葬儀をした組長は、俺を拾ってくれた恩人なんだ。」

 飲むか?と手渡されたペットボトルのお茶に手を付ける。

「こっちに来て転移局の言いなりになるのがいやで、逃げた。池袋の北口の駐輪所の自転車を蹴飛ばしたのよ。そしたら見事に次々と自転車が倒れて行って、すうっとして面白かったのよ。それを見ていた小さい瘦せこけたおっさんが、俺の耳をぐいとつまんで、その痛えことったらねえぜ。不覚を取られたことにあせっていると、俺に向かってこう言ったのよ。」

『お若いの、そいつはいけねえ。直しな。人様に迷惑かけちゃなんねいのよ。一時は気が晴れるかもしれねえが、こんな下らねえことであんたの格がダダ下がりだぜ。もっと自分を大事にしな。』

 「その時のおやじの目がな、こう優しくってな。うれしかったのよ。おれなんかにかまってくれてよ。おれの顔を見ただけで、逃げていくやつばっかりだったから久しぶりに声かけてもらってよ。どうしようもなくうれしかったのよ。それからは、客分として扱ってもらっていた。きょうはその恩義ある人の葬儀だった。」

 白鞘の刀も取り上げられる。久しぶりの差し料の重さを味わっていた左の腰に、物足りなさを感じる。

 「どうだい、久しぶりの刀の重みは。おれはこっちに来てすぐに愛刀を奪われた。あんたもそうだろ。わけのわからないうちに取り上げられ、もう返って来ない。理不尽だと思ったろ。」

「刀をもたずとも良い世の中になったと聞いた。」

「だが刀が腰にないと、落ち着かないよな。物心ついてからというもの、手放したことがないのはあんたも同じだろう。またこの手に戻したいとは思わないか。思う存分振るってみたいとは。」

「いったいなにを言っている。刀を持つのはこちらの世では罪になると言われたが。」

「あんたはそれで納得しているのか。おれは生きがいだったものをもう一度取り戻したい。そこでだ。私と一緒に事業を始める気はないか。」

「事業とは。」

「この世には、生きていると世の中のためにならない輩が大勢いる。それを成敗したいと思っているものもまたしかり。法の下に裁きを受けないでのうのうと暮らしている悪いやつらを成敗する。需要があるのに供給するものが少ない事業だ。正義のために世の中のためになることをして金を稼ぐ。どうだ、やってみないか。」

「まて、刀はどこから手に入れる。」

「そこは、任せてくれ。知り合いにに愛刀家がいるのだ。いくらでも手に入る。」

 ドアの側に立っていた一人が、隣の部屋に消えた。すれ違いに、コーヒーが運ばれてくる。

「飲んだことはあるか。」

「ああ、苦くて少し酸味があって香りが良いものだな。」

「食い物にはうるさい性質のようだな。慣れないと旨く感じられないものだが、だいじょうぶか。」

「問題ない。このままで。」

 斎藤一もストレートが好みのようだ。しばし、沈黙が続く。

 隣の部屋から、台車に乗せられて葛籠が運ばれてきた。黒い漆塗りの葛籠の蓋を開けると、何振りかの刀を取り出す。テーブルの上に毛氈を広げると、一振りずつ丁寧に置いていく。大刀が二振り、脇差が多い。拵えのしっかりしているものもあれば、白木のさやだけの刀もある。

「見てみるか。好みのがあれば、試し切りの用意をさせるが。」

「いや、やめておこう。さわってしまうと、引きずられそうな気がする。」

「どういうことだ。」

「せっかく争いとは無縁の世の中になったというのに、このようなものは必要ないだろう。」

「この世から悪は無くならないだろう。少しでも良い世の中にしたいではないか。」

「いったい何を基準に善悪は決まるんだろうな。わしは未熟者での。そういう区別がつかん。あちらの言い分も、こちらの言い分も、当事者からしてみれば正義だというだろう。 だったら両者が話し合いで折り合いをつけるなり、命のやり取りなしの勝負をするなりするがいい。それを商いにすると必ずひずみが生まれる。自分の物差しで判断した正義が果たして正義と言い切れるのか。お前は、何が正義か自信をもって言えるのか。まして金が絡んでくるとその辺があいまいになっていくものだ。」

「私の考えは相いれないということか。」

「そういうことだ。」

「もう少し簡単に落とせると思っていたが。」

「わからずやですまんな。もう殺伐とした気持ちは沢山なんだ。いやなものはいやなんだよ。貴殿も見たところ、そうとうな使い手だったようにお見受けする。人を殺すのがいやにならないのか。」

「あんたと手を組めば最強だと思ったのだがな。そうか。正義は一つではないか。考えてみたこともなかったな。」

「もう俺を返してくれないか。今日は予定がいっぱいいっぱいなんだよ。」

「ああ、この話は忘れてくれ。誰にも言わないでくれるか。あんたを信じてるが。わしも少し考えを改めないといかんのかもしれん。刀が振れると思うと居ても立っても居られなかったのだが、考えが足りなかったかもしれん。少ないが今日の仕事の分だ」

 鹿之助は少ないとは思えぬほどのぶ厚い封筒を手にし、丁重に送られた。

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