第5話 転移3日目

 朝早く、小町殿が迎えに来た。転移局に行く前に、モーニングなるものを体験するらしい。

「おはようございます。昨夜はお弁当だけで足りましたか?」

「十分だった。一昨日もそうだったが、こちらでは、あのような贅沢なもの、いつも食べているのか?」

「もっともっと贅沢なものはありますよ。私もこちらに来てから、食事の贅沢さにびっくりしてばかりでした。特に、ごはんのおいしいことは感動ものです。一時期、とても肥えてしまって、自分で食欲を制御できなくなりました。鹿之助様も気を付けてくださいね。太るのは簡単ですが、瘦せるのは、本当激むずなので。」

 行きつけだという店は、駅前にあった。小町殿が頼んでくれたのは、モーニングセットA、好きなパンとコールスローサラダ、フレッシュオレンジジュース、ブルーベリーヨーグルト。パンというものは口の中の水分が全部持っていかれて、もさもさと食べづらい。小町殿は、堪能しているところを見ると、美味しいのだろうか。

「どうですか?初めてのパンは好きになれそうですか?食べなれないうちは食べづらいかもしれませんね。」

 小町殿は2年ほど前にこちらにやってきたそうだ。転移するものは、男性が多く、女性は小町と、出雲阿国、葛飾阿栄のみだそうだ。阿国は今やだれもが知るインフルエンサーであり、ヒップホップダンサーでもある。阿栄は、日本画を壁材にして売り出したところ、ホテルやオフィスビルに引っ張りだこになっている。3人で暮らしているらしい。

「鹿之助様は、無口な方ですね。何かお聞きになりたいことは、ありませんか。」

「一つ、聞いてもよろしいか?こちらに来た人の中に、元の場所に戻っていったものは、いるのか?」

「今のところございません。」

「では、戻れないということか」

 飲んでいたオレンジジュースが、急に苦く感じられた。

「のようです。ですので、まずはこれからどう生きていくか、考えることが出来るようになるまで、お世話をするのが、私の仕事です。」

そう言うと、すっくと立ちあがった。

「さあ、そろそろ行きましょうか。」


 昨日も通った道なのに、転移室まで行く道順が分からなかった。電車を降りて、改札を左に、人込みを抜けるのは、振り下ろされた刀を避けるより難しい。人は時々思いもかけない行動をとる。今も急に振り返った男に、ぶつかった。

 小町殿はするするっと器用に抜けていく。その後を付いて行ってるのだが、体の幅が小町殿とは違いすぎて、ぶつかってばかりいる。不快この上ないが、ぶつかった相手は、弾き飛び、別な誰かにぶつかって、そのまただれかが、違う誰かにぶつかり、大変なことになっている。すまぬすまぬ、と詫びつつ小町殿から目を離せない。見失いそうだ。小町ちゃんは華麗なステップを踏みながらくるりくるりと人を避けてゆく。

「迷いそうになったら、壁を見てください。17bを目指せば転移局に着きます。」


 ここは、日本だよな。字が読めぬ。ぐぬぬ。なぜにひらがな、かたかな、漢字、アルファベッドとあるのか。漢字もわからない字が多い。書き取り頑張らねば。今日は数字を覚えた。17b やっと覚えた。

 

今日は、小町ちゃんたちが、晩御飯作ってくれるらしい。ちゃんと作れるのか。はなはだあやしいが、小町殿、阿国殿、阿栄殿たちの部屋は、26階にある。エレベーターが開くと、大理石の大きな板石がならんだ玄関。壁は牡丹を大きく描いた墨絵で埋まっており、傍らの紫檀の小机の上には備前の花入れ、紫蘭が凛と生けてある。

「お待ちしておりました。阿国です。」

「ようこそいらっしゃいました。阿栄です。」

 阿国は小柄ながら、ばねのあるお辞儀をする。かわいい系

 阿栄は長身の細身の美人で、しっかりと目をみつめて挨拶をする凛凛系

 小町殿は切髪も美しい、切れ長の目と口元のホクロが色っぽい、しとやか系

うむ、悪くない。悪くないぞ。

 食事のあとに、服を脱がされ、キャーキャー言われながら腹のシックスパックを触られ、わき腹をつままれ、腕にぶら下がられて、お姫様抱っこをせがまれた。

うmmmmっむ、悪くないぞ悪くないぞ。

 泊って行って、の声に身を引かれつつ、部屋に戻ると、蘭丸がいた。

「お疲れ様です。三姫にお呼ばれだったんですね。明日は小町ちゃん、忙しいみたいで、私がご一緒しますね。小町ちゃん、あれで仕事大好き人間で、執筆業、ユーチューバー、ラジオは3本持っているんですよ。」

 そう言いながら、リビングにある大きな窓のシャッターを閉めてまわる。昨日はそんなことしなかったのに。

「昨日はわたしもうっかりしていましたが、こうやって雨戸のようなシャッターを閉めることが出来ます。開けてても問題ありませんが。」

外の景色が遮断されると部屋の中が急に明るく感じた。変わって部屋の中が映し出される。ここは、夜でもとても明るい。目が潰れそうなぐらい明るすぎる。































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































 

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