第3話 同居人は3人

 転移者が最初に住まうところは、海のそばだった。車というものに乗せられ、着いた先は、微かに汐の香りがした。見渡す限り海は見えず、巨大な建物が林立している。波の音も聞こえず、空も本物かどうか怪しい。知らない空だ。

 あける者がついていなくても、開く入口を入ると、エントランスの中央には不自然に孟宗竹が等間隔で生えている。小石がきれいに並べられ、石作りのベンチが似つかわしい。

 森は受付で手続きをしている。見目の良い女子おなごが二人、森の一言一言に破顔している。

「覚えてください。部屋は27階です。これが鍵になります。カードキーを登録しましょう。ここにかざして。はい、あなたの顔が登録されました。さあ行きましょう。」

 鹿之助は動じることなく、エレベーターに乗る。

 エレベーターを出ると、すぐに石の三和土、沓脱には御影石。畳張りの玄関は広々としている。正面の小さい中庭には、白砂が撒かれ中央に置かれた鳥海石の陰から仙台萩が黄色い花をのぞかせている。履いてきた草履を脱ぐと、足の裏が解放され、一気に疲れを覚えた。

「この27階には、あと3人暮らしております。後でお会いになったら、仲良くしてくださいね。こちらの広間と台所と風呂は共有になっております。厠(トイレ)は部屋についております。使い方をご説明いたします。」

 中庭を挟んで右手に4部屋の個室。左手には台所と一面ガラス張りの広いリビング。まずは、鹿之助の部屋になる、一番手前の右手のドアを開ける。入ってすぐ左が厠だった。

「入ります。蓋が開きます。このように座ります。用をすませてからこのボタンを押すと、水が出てきます。最初は驚かれますがじきになれます。暖かい風がでて、尻を乾かします。後は出ていくだけで、ふたが締まり、水が流れ、除菌されます。一度やってみましょう。下帯を取って、はい、こっち向きに座って、はい、どうぞ。ではこのボタンをポン。」

 ぴゅーっと水が菊部に飛ぶ。あまりの快感に身震いする。


暖かい水で洗うなど、幼き頃依頼じゃ。乳母が優しく洗ってくれたものよのう。乳母は今ごろどうしておるか。


「はい、風が収まりましたら、立って出ましょう。」

 家老の息子だけあって、羞恥心なく言うことを聞いてくれて助かった。

「下帯は脱がねばならないのか。ちょっとわきに寄せていたしておったが。」

「えー、濡れますので脱いだほうがよろしいかと。こちらではパンツなるものがあります。お試しになってはいかがでしょう。それだと、下ろすだけで簡単ですが。私はこの形状が気に入っております。ぴしっとおさまりが良いので。」

 蘭丸がおもむろにズボンを下ろすと、羞恥心もなくパンツを見せる。

 20畳ほどの部屋には、キングサイズのベッド、そばにはサイドテーブル、パソコンデスク、大きなクローゼット。

「こちらに、生活必需品が一式、支給されております。現代の服一式、こちらは、下着類、これが寝間着、など、生活に必要なものが揃っているクローゼットになります。お給料がもらえるようになりましたら、買い足していきましょう。これが寝台です。部屋は温度が管理されていますので、これで問題ないと思いますが、寒いときはこちらにあるものをお使いください。私はこれから24時間、一緒に行動してお助けいたします。わからないことはその都度お尋ねください。」


 リビングに行くと、男が二人、ゆったりとした黒いソファーにくつろいでいた。

「森さん、いらっしゃい。お久しぶりです。もしかしたら、新しい人ですか?」

「蘭丸よかったな、お前のストライクゾーンど真ん中の人じゃないか。」

にやにやとしながら二人とも立ち上がる。

「やめてくださいよ。こちらは今日転生なさった山中鹿之助さまです。鹿之助様、こちら方は、 村上義顕様、海運業を営んでおられます。こちらの方は、徳川信康様、起業家でいらっしゃいます。あともう一人、今川氏真さまがいらっしゃいますが、今は海外にいらっしゃいます。しばらくは戻られません。」

 広間は畳敷きで緞通が敷かれ、黒いソファーがおかれているが不思議と違和感がない。前面ガラス張りの室内は遮光してあり、適度に明るい。思い思いに腰を下ろす。

「本当はお二人とも成功されておりますので、ここから早く出て行っていただきたいのですが。」

森がぐちぐちとこぼす。

「バカなことを言うな蘭丸。家賃はちゃんと払っているだろう。ここが気に入ってるんだ。信康もそうだろう?」

 義顕が言うと、

「確かに。今日だって会ってみたかった鹿之助様に会えたし。な」

 信康もうなずく。

「あの伝説の男っぷりは有名だしな。ほんとにここは貴重な場所だから。」

「ふっ、しかたありませんね。このことはまた後ほど。鹿之助様、お腹がすかれたでしょう。先ほど頼んでおいたので、下に取りにいってまいります。義顕様、信康様もご一緒にいかがですか」




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