第20話 平和

 「きゃぁぁぁぁぁぁああああああああああああああっ、かわっ、可愛ぃぃぃぃいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいっっ、リリアナ様ぁぁぁぁぁあああああああっっっ、こっちむいてええええええええええええええっっっっ!! キャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!」


 蝙蝠侍女が狂ったように叫び出し、目を輝かせていた。

 さっきまで格好付けて偉ぶっていた癖に、その様はどこぞの瓶底眼鏡な青年を髣髴とさせる暑苦しさ。


 と、そこまで考えてアリーシャは気付いた。


 Pが居ない。

 その、周囲を呆れさせるほどアイドルへのめり込む狂信者が、いつの間にかステージ脇から掻き消えているのだ。


「っ、アイツ!?」


 そうして見付けた彼の居場所は、ステージに対する最前列で。

 魔女リリアナの纏う紫を掲げて狂ったように踊っていた。

 あまりにも無駄にキレの良い踊りっぷりを見て周囲が驚愕する中、一先ずスタッフ用の外套を羽織って現地へ突撃したアリーシャが問答無用で連れてくる。


「なにやってるんだお前!? 敵だぞ!? しかもその親玉だぞ!? 私のファンじゃなかったのか!?」


 幾分本音が漏れつつも、大歓声を受けるリリアナへ悔し気に歯を食いしばる。

 それを見た蝙蝠侍女の得意げな顔。

 加えて普段は一歩離れていることの多いレイナも、やや不満そうにPを見た。


 そうして彼はむすっとした顔で呟く。


「……………………もどっちゃだめ?」


 この期に及んでまだぐずってる馬鹿をアリーシャは静かに絞めた。

 それを見て更に蝙蝠侍女はつけ上がり、勝利宣言とばかりに大笑い。


「あーーーーっははははははは! 偉大なる魔女リリアナ様を前にすれば他の木っ端アイドルなど取るに足りぬわ!! さあ崇めよっ、讃え、奉じ、自らの愚かさと敗北を認めて地に伏すがいい!!!!」


「っ、お前はお前で面倒くさいな!? 最初に会った時はもっと落ち着いていた癖に……っ」


 幾分、負けた恨みも入っている感は否めなかった。


 しかし先日まで攻め寄せてきていた敵国の重鎮らしき女とその親玉、二人が堂々とステージを乗っ取りに来ているのは間違いないと、そう判断したアリーシャは排除を考えるが。


「うふふふふふ。芸能を寿ぐ活動、その祝いへの参加者を暴力で排除など出来ませんよねぇ……?」

「逆手に取られた訳か……、っ」


 焦る背後、倒れていた馬鹿がぬるりと立ち上がってきたので彼女は身構える。

 ある意味で敵よりも厄介な男だ。

 そのPが瓶底眼鏡をくいっと直し、今改めて女へと相対した。


 そうしてがしりと蝙蝠侍女の手を掴み、大きな動きで握手をする。


「彼女は素晴らしいっ!!」

「あっははははははは!!」


「まだ言うか馬鹿!?」

「何を言っているぅぅうううう!?」

「っ!?」


 なんだ!!!! と警戒するアリーシャへ詰め寄った馬鹿は、相も変わらず無神経に己が衝動を昂らせて叫ぶ。一応、衣裳を乱す様な接触は避けていたが。


「ンまァッッずお前の方こそ何を言っている!? あのステージを見れば全て分かるだろう!? 政治や軍事に利用したいだけの者にあそこまで魅力的なパフォーマンスが出来るものかァ!! 彼女は間違いなくアイドルッ、影絵の国から生まれた本物のアイドルなのだ!!!! そもそもダッ……!! 今我が国は芸能を寿ぐ祭日の真っ只中!! 間諜や工作員すら弾いて飛ばす無敵のアイドル結界の中へ入り込めているという事実を見ればおのずと答えは見えてくるっっっっ、すなわちこの者とっ、今もステージに立っているリリアナはっ、純粋なアイドル活動の為にこそこの場に立っているのッ、ダッッッッ!!!!」


 はい。


「っっ、だがステージの乗っ取りはどうする!? 私達が十三日間もの時間をかけて温めてきた場を一方的に持って行かれたのだぞ!?」


「奪い返せばいい!!」


 あっさりと言い返したPにさしものアリーシャも絶句する。

 当たり前の事だった。

 ステージの乗っ取りなど、もう一度こちらの楽曲を流してやれば観客はアリーシャとレイラを求める。

 ここは彼女達のライブ会場なのだから。


 今観客は白熱するアンコールに答えてくれた目新しいアイドルを讃えているが、本命はやはり二人だ。


 最終日のちょっとしたサプライズと思い、名も知らぬ彼女の登場を讃えて興奮しているに過ぎない。


「パフォーマンス力はこちらが勝る。試しに一度ステージへ上がってみればいい。前座の温めてくれた場はあっさりとこちらへ傾くぞ」


「…………ほう、我が主を前座呼ばわりですか」


「前座という言葉の意味が理解できるとは驚きだ。だが……あぁすまない。ファンにとって推しアイドルへの侮蔑と取れる言葉は禁句だからな。そういうつもりでは無かったが、失言だった。謝罪しよう」


「二度はありません」


 などと場がまた険悪になりかけた所へ、意気揚々とステージから降りてくる人物が居た。

 ほっこり顔で、この世の辛苦を何ら知ら無さそうな、能天気極まりない緩んだ笑みを讃えた少女。


 魔女リリアナがステージ脇に居たアリーシャを見付けて歓声をあげた。


「きゃあああああああっ、アリーシャさんだあああああ!!」


 ダダダッ、と駆け寄り両手を握る。

 目を輝かせてぶんぶん振って、身悶えしながら更に笑みを濃くする。


「は、ははっ、はじめましてっ、わわ私はリリアナといいますぅっ! お会い出来て光栄ですっ、感動です!!!! はぁぁぁぁああああああああああン!!!!」


 奇声を発し、更にレイラを見付けて駆け寄り、差し出された手を見るや感動に打ち震えて膝を付き、掲げ握った。


「レイラ様ぁ……!!」

「ふふっ、レイラの事が好きなのね。いいわ、素敵なステージだった。レイラが褒めてあげるわ」

「~~~~っ、ありがとうございますぅっ!!」


 ややも舌ったらずな喋りは会話の経験自体が殆ど無いからか。

 リリアナは興奮し過ぎで倒れるのではないかと思えるほどに息を荒くして、それで更に言葉がたどたどしくなりながらも感動を口にする。


「お、おおふたりのライブ映像ッ、ほ、ほんとになんびゃっかいも、みまっ、した!! すごくかんどうしたぁ……!! こんなに明るくてっ、き、綺麗な世界があるんだってっ、わたしっ、ずっと夜しか知らなかった、しっ、おふたりがほんとーに可愛くてっ、きれぇで、でへへっ、愉しそうだったから……ふふっ、大好きになりましたァ……!!」


 最後は、本当に楽しそうな、愛らしさのある笑顔で。


 涙すら浮かべて。


 けれどふと、アリーシャは踏み止まる。

 なんだかいい感じに纏まりつつあるが、どうしても腑に落ちない点がある。


「……………………じゃあなんで宣戦布告してきたんだ?」


「え?」


 こてり、と首を傾げたリリアナが反射的に蝙蝠侍女を見た。

 それで場の全員が彼女を見て。


 大体察して。

 言葉を待った。


 結局一度も稲穂の国を直接攻撃などしていない魔女リリアナと、敵地へ乗り込んだり最後の最後で悪あがきまでしてみせた蝙蝠侍女。

 圧倒的なズレを前に、女は拗ねた顔して言い張った。


「…………だって、リリアナ様こそ世界で一番のアイドルなんですもの。他のゴミなど先んじて掃除しておくのが侍女の務めです」


    ※   ※   ※


 リリアナは慌てた。

 なにせ、自分がアイドルへ夢中になっている間、自らの従者がとんでもない失礼を働いていたのだから。


 憧れのアイドル。

 レイラと、アリーシャに。

 しかも、お友達になりたいと思っていた稲穂の国へ、どうやら攻めかかっていたらしいことを知った。


「せ、宣戦布告、は……わ、わたし、が、やりました…………」


 真っ青になりながらリリアナは口にすると、少なからずアリーシャの表情が険しくなる。

 あの慈愛に満ちた笑顔のアイドルが、険を伴って自分を睨んでいるという事実にファンたるリリアナは物凄く悲しくなった。


「わた、し、は……っ、アイドル、に、なりたかった、から……だから、あこがれだけど、がんばるんだ、っ、て……だから、宣戦布告、は、挑戦、だから……え?」


 見上げた先で蝙蝠侍女は引き攣った顔して顔を背けた。


 拡大解釈であったのは間違いない。

 自身の望む主像を押し付けて、都合の良い言葉を引き出し、その名を使って好き放題。

 侍女自身が蔑む、戦乱の世に生きる人間ならば、よくやることでもある。

 だからこそ身勝手の発覚に彼女も顔を青褪める。

 今の今までそんな可能性すら考慮していなかったみたいに、冷や汗を浮かべて誤魔化しの言葉を探すが、それを主に縫い留められて、言葉に窮した。


「……………………ごめんなさい。私がこの子をちゃんと導けなかったからです」


 そうしてリリアナが地に伏すと、蝙蝠侍女は慌てて立ち上がらせようとするが。


「ううん。駄目。だから。影絵の国は、この場に於いて無条件降伏を宣言します。どのような責も負いましょう。首を落とせと仰るのなら、何度でも落として下さい。奴隷になれと仰るのなら、決して違約出来ない契約を以って、喜んで繋がれましょう」

「リリアナ様!? 魔女の言葉はっ」

「ごめんね。あんまり君の事、見てあげて無かった。私、今日、初めて知ったの。誰かと一緒だって思える事が、心地良いんだって。もっと早く知って、もっと、お喋りしなくちゃ、いけなかったよね」


 最早言葉を無くして蝙蝠侍女は崩れ落ちた。

 身勝手はした。

 それでも、主を想う気持ちには嘘偽りが無かった。


 彼女もまた会話が足りずに、誰とも共感できずに今日まで生きてきただけで。


「君はまだ生まれて一年ちょっとなんだから、私の方がお姉さん。主従の決まりはあるけど、だから、ちゃんとケジメは付けないと」


 そうして魔女リリアナは顔をあげ、仰ぎ見た。

 地に屈したまま、受けるべき裁きを求めて。


 そのすぐ先に、瓶底眼鏡の青年が立っていた。


「戦後交渉という訳だな」


「はい。どのような要求も受け入れます」


 ギラリと笑った彼にリリアナは動じない。

 全てを受け入れる覚悟を以って、彼女は裁きを待つ。

 傍らの蝙蝠侍女こそが激しく動揺して涙すら浮かべている中、彼は宣言する。


 憧れのアイドル、アリーシャがややも頭を抑えていたが。


「ならば『アイドル』リリアナよ!! この私のプロデュースを受けッ、共に世界の覇権を握ろうではないかっっっっ!!!!」


 つまり。


「アナタは可愛い!! 愛嬌があるっ!! そこに技術と経験と演出を積み上げてッ、誰もが親しむ国民的アイドルとして成長して見せるのっ、ダッッッッ!!」


「え、ぁ、かわ、可愛い…………イヒ、イヒヒヒヒヒヒヒっ」


 真面目な交渉は後ほどやるとして、魔女、否、『アイドル』リリアナは終戦を以って稲穂の国の同盟者へと加わり、そのプロデュースを受けると約束した。


    ※   ※   ※


 何はともあれステージだ。

 アンコールは続いている。

 先ほど現れた愛らしい新人アイドルは誰なのかと皆が前のめりになって待っている中へ、アリーシャとレイラに連れられたリリアナがステージへと躍り出る。


 二人の登場に観客は沸き立ち、紹介を受ける。


 影絵の国の女王、かつては魔女と呼ばれていた愛くるしい少女を見て、多少の警戒を抱く者も居たが。


 そもそも稲穂の国は延々とアイドルを寿ぎお祭り騒ぎを愉しんでいただけ。


 戦争?

 軋轢?


 恨み辛みはどこへやら。


 確かに当初は恐怖もあった、不安に駆られた時もある。

 けれど蓋を開けてみれば、ただただ楽しい日々がやってきた。


 なんだか影絵の国とかいう所と争いになりそうだったが、国土は何一つ荒らされる事無く、毎日だってライブを愉しめた。

 だったらいいじゃないかと。


「それじゃあいくよっ」

「皆も一緒に歌ってくれッ」


 さあ、と促されて、リリアナもマイクを通じて語り掛ける。


「アンコール、最初、の一曲目は…………っ、皆大好きなあの曲です!!」


 演奏が始まる。

 歓声が上がった。


 三者が声を揃えて謳い上げる。


「「「『あなたと手を繋いでハッピーラブ♡』」」」


 戦いは終わった。

 平和を迎え、人々は笑いに包まれる。


 さあ、芸能を始めよう。





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