第19話 影絵の国③
魔女リリアナその人は、既にこの世を去っている。
正確に言うと姿を消した。
生と死させ歩いて渡る魔女にあっては、生物の価値観など通じない。
ただ、あまりにも強大過ぎた魔女の影響は色濃く、後に影絵の国と呼ばれる場所にもそれらは残り続けた。
無数の、人が入れるだけの大きさを持った試験管。
そこから生み出される、魔女リリアナの
大昔に一度だけ気紛れを起こして、世界をなんとかせにゃならんと、けど自分でやり続けるのは面倒だからと作り上げた機構は魔女が失せてからも活動を続け、何代にも渡って維持されてきた。
しかも、途中で気が変わって放り投げたものだから、産み落とされた複製体に世界を導く使命感などは刷り込まれず、残された魔女の秘術を学び、研究し、自ら開発しては寿命を迎えて死んでいくという、閉じたサイクルを延々と繰り返す事となった。
使命感が欠けていたからかは分からないが、不思議と魔女の複製体は外への興味を持たず、短い生を魔女リリアナとして過ごした後に死に、新たな後継に成果を放り投げるのみ。
常夜の世界で、言葉を交わすのもまた生産される影絵の人形達ばかり。
最初はまだ社交性を残していた筈が、代を重ねる程に引き籠り、生涯口を開かないまま死に絶えた複製体も居る程だった。
そうして当代のリリアナもまた、暗く引き籠った性格となり、玉座に収まることも稀で毛布に包まってだらだらとするばかり。
研究にも飽きて、無気力となって、けれど外への興味も無く。
ふとしたことで絡んでくるようになった厄介な女と、ごく僅かな供回り。それ以外を知らぬまま、興味も持たないまま、生きていた。いずれ迎える死の時まで、とうに意味を無くした魔女リリアナという機能を果たし続ける。
そんな彼女が珍しく気紛れを起こしたのは、ソレがあまりにも異質であったからだ。
蝙蝠侍女もまた、己が機能として魔女リリアナの複製体を支えるべく、世界を飛び回って報告を重ねていたから、世の情勢というものをなんとなくは把握していた。
更に気紛れで自ら映像水晶を手に入れて、単純機構の割に素晴らしい生産性と優れた映像音楽を収録出来るという異質さに興味を持って、ほんのちょっとだけ弄ってみた。
――――そうして魔女リリアナは、アイドルにハマったのだ。
※ ※ ※
どうして自らステージに立とうとしたのかはもう分からない。
リリアナの秘術を用いれば、彼女もまた自らの複製体を製造して、最適に調整された肉体を持ったアイドルを用いることも出来た筈だった。
けれど今、自ら輝きの場に立って、分かった事がある。
始まる前は不安でいっぱいだった。
あんな風に出来るのかと緊張して、蝙蝠侍女へ何度も何度もおかしな所は無いかと確認した。
だがどうだろう、マイクを手に歌い上げる己を見て、人々が大喜びで応じてくれる。
一緒に簡単なステップを踏んでいるだけなのに楽しい。
そう、一体感だ。
あるいは共感。
ずっとごく僅かな者達としか接して来なかったリリアナにとって、他者との共感は極めて未知の体験で、単純に楽しかった。
自分の面白いと思った事を伝えて、共感して貰って、いいと言って貰える。
体力の足りない彼女が無理なく歌えるようにと調整された結果ではあったが、簡単なステップだからこそ、観客も周囲とぶつかる事無く一緒に踏んで踊れる。
楽しい。
自らステージに上がってみて、本当に良かったと思えた。
自信も技術も足りず、歌声はサプライズと勘違いした音響スタッフが限界まで引き上げてようやく人並み、なのに彼女は極めつけにステージを愉しんでいた。
笑っている者は。
愉しんでいる者は。
共感する者達にとって極めつけの好印象となる。
汗だくになって、息を切らせて、けれど愉しく、笑って……。
「ありがとう……っ」
ちからいっぱい。
「ありがとぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっっ!!」
共に愉しんでくれた人達へ。
世界から引き篭もって来た影絵の国の女王、魔女リリアナは感謝を述べたのだった。
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