第17話 芸能祭

 「「皆ぁー! 今日は来てくれてっ、ありがとおおおおお!!」」


 無数の人々がひしめき合うライブ会場、そこはかつて南北戦争で数多の犠牲を出し続けた戦場でもあった。

 終戦より一年、稲穂の国は懸命に国を立て直し、今やその地を広大なアイドル活動拠点とする程に活気を取り戻していた。


 映像水晶によるライブ映像を撮影したのもこの場所で、今は他を一時封印しているが、離れた位置に複数のステージが存在し、開会ライブが終了し次第全てのアイドル達が全国へ散っていくことになっている。


 国家総動員規模でのアイドル活動、それこそが攻めかかる影絵の国を払い除ける力となるか否か。

 それはまさしく、この最初のステージに懸かっているといっても過言では無かった。


「「最初のナンバーは勿論これっ『あなたと手を繋いでハッピーラブ♡』!!」」


 音楽が放たれる。

 マイクを手にした二人のアイドルが平和を、友愛を、愛を謳い上げる。


 手を繋いで。


 握った拳を、解いてみせよう。


 芸能祭が始まる。


    ※   ※   ※


 海岸線に現れた同盟の船団は百を超える規模で、陸地の様子を見ながらゆっくりと進んで来ていた。

 今の時期、大陸から島へは向かい風となる。

 かつては豊かな土地と水で稲作の盛んだった極東の島国は、収穫期を終えた今頃、この風に乗って大陸各地へと貿易船を送り込んでいたのだが、既にその習慣は絶えて久しく、やってくるのは兵士を満載した侵略の軍勢のみ。


「ライブ会場へ行かなくていいのか。今頃始まっている所だぞ」


 戦略がアイドルへと切り替わった今、抵抗する為の軍隊は不要。

 むしろ、戦神に力を与えるものとなり、祭日の効力を薄めるとまで言われた捨て身の策ではあるが、完全放置では近隣都市が怯えて縮こまってしまう。


 故に護国卿は自ら数名の部下と共に現地へ乗り込んで、こうして攻め寄せる敵を見詰めていたのだが。


「私の始めたことです。その結果を、誰よりもまず見届ける義務がある」


 瓶底眼鏡の青年が供も連れずにふらりと現れたのだ。

 護国卿が仕方ないなと笑ってみせるが、よくよく見たらあまり笑えない恰好をしているのに気付いた。


 頭に布を巻き、そこにアイドルそれぞれの姿絵を転写したうちわを差し込んで、同じくアイドル転写の手拭いを肩から掛けている。


 なんだそれは、と思うが、同時に理解もして頭が痛くなった。


 想像した通りに青年は手提げ袋から次々とアイドルグッズを出し、護国卿を始め連れていた厳めしい顔の男達に持たせていく。


「……祭日か」

「おめでたい日です。我々もそう在る事でより芸能神の力が増すのですから」

「楽しそうだな」

「はい」


 しかしと護国卿は手渡されたレイラグッズを眺め、その愛らしさに頬を緩めながらも抗議した。


「私は実は、アリーシャちゃん派なんだ。いや、コレは是非貰おう。だがそっちのうちわもくれないか」


 言った途端、我慢していた副官達も身を乗り出してくる。


「私はレイラちゃんでっ」

「ふ、二人共大好きなんです!」

「小官は特待生の子が最近……、っ」


「はっはっは。お前達…………その等身大アリーシャちゃんタオルは私のものだ、決して渡さん」


 呑気な会話があり、グッズが行き渡った事で改めて漢達は浜辺に立ち並び、迫る敵船団を見詰めた。

 もし祭日による加護がアレを推し留める程では無かった場合、間違いなく最初に命を落とすのは彼らだろう。

 故に覚悟を決め、そうしているのだが。


「これで死んだら私達は末代までの恥さらしだな」


「はっはっは。駄目だったらこの国滅びますから、ここが末ですよ」


「参ったな…………ふふ。戦場で我が子に先立たれ、病で妻が死に、両親も……、いつしか戦場で華々しく死ぬことばかり考えていた私が、まさかこんな装いで迫る敵を眺めることになるとは」


「死に場所を求めていた、のですか」


 若者の問い掛けに老将は嗤う。

 聞いている副官達の表情もまた意外なものを見る様で。


 かつての戦場に生きていた彼であれば、決して口にはしなかった弱音だった。


「言ってしまえば、もう何も残っていなかったから、せめて格好付けて死にたかったのだ。ははは、それがお前、こんな格好では死んでも死に切れんぞ。愉快ではあるがな」


「それこそが芸能の本質です。愉しむ事、快なる事、故にこそ更なる深みを求めて研ぎ澄ますこともあれば、児戯の中にこそ本質を見い出すこともあります。芸能とは、文化とは、今よりほんの少し幸せになりたい人間にとって、この上ない友になってくれるものなのです」


 船団から複数の亜人種が飛び立ち、浜辺を目指してやってきた。

 小舟も出ている。

 まずは様子見、姿の見えない防衛の軍を警戒しての行動だろう。


 掲げる旗には牙の国撃退を聞いて稲穂の国を盟主にと擦り寄って来た国々のものもあるが、戦乱の世であれば当然の事。


「さて、どうなるか」


 呟きに青年は答えた。


「やるべきことは全てやりました。後は、アイドル達を信じましょう」


    ※   ※   ※


 観客達は熱狂していた。

 最高の一曲目を終えて、研修生による同曲のアレンジカバー、そして特待生三名が新曲を発表した事で更なる興奮を伴い、加熱したステージへ改めて二人のアイドルが登場する。


 短いトークが挟まれ、定番となるレイラと研修生の絡みに、司会進行を放り投げられたアリーシャがツッコミを入れつつ奮闘する様に会場は沸き、改めての楽曲。


 レイラによるソロシングル『仄暗い穴の底より、月を見上げて』。

 アリーシャによるソロシングル『烈火』。


 賛否両論とは言われるものの、好きな者には絶大な人気を誇る二曲の後、会場は暗転した。

 それは魔法を用いたものだ。

 なんら害の無い、ただ周囲を暗くするだけのもの。


 つい、誰かが迫る国難について思い浮かべた。

 影絵の国という、大陸の大きな力を持った国がこの国へ宣戦を布告し、今も迫ってきているのだと。

 それを撃退する為の祭日であるとは聞いている。

 だが多くの者達にとって、どうしてそうなるのかは分からない。

 説明はされたが、理解が及んでいないのが現実だ。


 それでも、ライブがある、アイドルが居る。


 思う存分楽しんでくれと彼女らは言い、事実現実を忘れそうになるほど楽しいが、それでいいのかという不安もまたあった。


 ここに居るのは、一年前まで戦争をして、戦火に見舞われてきた人々だ。

 その意識が一年でどこまで変わったか。


 おそらく祭日の成否は、そこに集約されている。


「「さぁッ、行くよ!!」」


 声が来る。

 音が駆け登る。

 暗転していた会場を照らす極大の光が観客席へと放たれ、そのまま天へと昇って行った。


 その光の中から現れた者達こそがアイドルだ。


 アリーシャ。

 レイラ。


 各地に次々と新たなアイドルが擁立され、今や研修生達による活動も活発に行われている中、それでも絶大な支持を集める二人のアイドル。

 彼女達がマイクを手に、笑顔を讃えて語り掛けてくる。


「聞いてくれっ」

「これがっ」


「「私達二人の新曲だ!!」」


 大歓声と共に始まった楽曲が瞬く間に人々の不安を吹き飛ばした。

 時間にして僅か五分前後、それだけで人生は変わり得る。


 世間で言われるアイドルや、ステージというものを遠ざけていた人も居ただろう。

 戦いを捨てられず、賑やかさに背を向けて、牙を研いでいた者も居ただろう。

 それでも今日、どこかの町で、どこかの野山で、目にする、耳にする。

 国土すべてをアイドルの活動場所と定め、あらゆる地で楽曲が奏でられ、人々を慰撫する。

 変わっていく。

 戦争から、芸能へ。

 ほんの少しだけ人生を豊かにしてくれる、文化というものを。


 好きになってくれたのなら。


「皆ァーーーーっ!!!!」


 一人の少女が、仄暗い穴の底より、月ばかりを見上げていた神の分御霊が。

 普段素っ気無く、落ち付いてみせている癖に、人からちやほやされるのが大好きで、人に構うのも大好きな、寂しがり屋の少女が、楽曲の隙間を縫って叫ぶ。


「愛してるぅぅぅぅぅぅぅぅううううううううううううううううう!!!!」


 応じる声も高らかに、その場に集った全ての者が心も頭もぐちゃぐちゃになりながら叫び返した。


『愛してるぅぅぅぅぅぅぅぅううううううううううううううううう!!!!』


 『アイドル』レイラは涙を流して想いを受け取り、けれど次の瞬間には力一杯胸を張って、完璧な間で自らのパートを謳い上げた。

 踊りに合わせて立ち位置を入れ替えたアリーシャが背中を撫でる。

 ペースは変えない。

 パートを受け持ち楽をさせてやろうなどとは考えない。


 さあ行くぞと、『アイドル』アリーシャは瞳に炎を滾らせ前へ出た。

 力強い歌声、なにより美しくも鍛え上げられた肉体から繰り出される高度な舞い、普通ならば体力が追い付かずに乱れが生じるものを、彼女は完璧にやり切ってみせる。


 ただ、実の所はそう楽なものではなかった。

 アリーシャがこれまで経験してきた戦いで用いる筋肉と、アイドルとして求められる筋肉ではまるで違ったからだ。

 体力はある。

 支えはある。

 けれど、ステージ上で様々な方向から視線を貰う中、どの角度から見ても美しく魅せる為には相当な無茶が必要だった。

 技術では、表現力ではレイラに劣る。

 だからこそ持ち前の肉体を生かして研究を重ねてきた、その動きをどれだけの者が見抜けただろうか。

 数少ない一人であった瓶底眼鏡の青年はここには居ない。

 一番に、見せたかった。

 けれど彼女は一切の手を抜かない。

 全身全霊で、他の誰とも違う出発点を持つアイドルとして、いつか果てるその時までここに立っているのだと、己を振り絞ってパフォーマンスを繰り出していく。


 ともすれば、戦場を駆けるよりも遥かに過酷で、苦しい時間だったかもしれない。


 けれど、彼女は見る。


 限界まで歌い、限界まで舞い踊り、故に酸欠気味となった頭でしかと目を開いて、最高の特等席から――――愉しそうに笑う人々を見た。


 故に『アイドル』アリーシャの微笑みは、いつだって心の底から放たれる、慈愛に満ちたものなのだ。


 ガクン、と。


 熱狂していた観客の一部が崩れ落ちた。

 アイドルの過剰摂取だ。

 今の笑顔はエグかった。

 ソロシングル『烈火』のような凛々しさを讃えたパートを歌い、限界まで張り詰めていたのに、あまりにも不意打ちな優しい笑顔に打ち震えたのだ。


 膝を屈し、いかんこのままではと、喘ぐようにステージを仰ぎ見て。


 ……………………ふと、自分達の足元に置かれていたものに気付いた。


 楽曲は続く、その中で、気付いた者達は首を傾げる。

 手に取った。

 触れてみた。

 いい感じに馴染んだ。

 だがその用途が分からない。

 この、赤と青に色付いた棒状のモノは、一体、と。

 ライブ会場へ入り、整列した時には既にあった。

 だが案内の者達はどうしろとも言わなかったから、それよりアイドルをとすぐに意識が離れていた。

 けれど今、仄かに陽光を遮る魔法の中で、いつの間にか光を放っていたソレを見詰めながら、ややも慌てて顔を上げる。


 己のパートを終えたアリーシャが下がって行く。


 彼女の色は、赤だ。

 炎の如き髪もさることながら、衣裳も赤を基調として設計されている。


 赤は、彼女の色で。


 次に躍り出てきたのはレイラ。

 彼女は青を基調とした衣裳を纏っている。


 もしや、とすぐ近くで声がした。


 気付いてしまえば握らずには居られない。


 けれど者共が立ち上がるより早く、いたずらっ子なアイドルが大きく前へ出てきた。

 先ほどアリーシャが慈愛の笑顔を見せた場所。

 敢えてそこへ立ち、皆の注目を集める。

 まさか、と者共が身構えた。

 レイラはあまり笑顔を見せるアイドルではない。

 いや、楽曲中や活動の中で見せる事はあるが、基本的には淡々としている事が多い。

 アリーシャとの対比もあっただろう。

 だからこそ、先の『愛してる』発言は者共を驚かせ、沸かせることが出来たのだ。

 ならばもしや、彼女もまた見せるのだろうかと期待した。

 赤のアイドルと同じ、慈愛に満ちた笑顔を。


 ダン! と照明器具に足を掛けた青のアイドル。


 それに周囲が驚く中、彼女は右目の下に人差し指をやり、舌を出して皮肉気に笑った。


 あっかんべー。


 かろうじて生き残っていた者達が片っ端から崩れ落ちた。

 そうして気付く以下略。


 この期に及んで説明は必要だろうか。


 二人のアイドルが全く違う方向性のアピールを見せたのだ。


 曲のパートもそれぞれ雰囲気が異なる。

 見事な調和によって保たれている楽曲の見事さには感嘆するが、それはそれとして観客ファン達は揺れ動く。


 叫びたい。

 けれど声を張り上げ過ぎると肝心のアイドルの歌声が掠れてしまう。

 けれど彼女が、赤と青とが、好きで好きで堪らないのだと宣言したい。


 それを叶えるたった一つの道具が足元に置かれていて、使わずにはいられるだろうか。


 掲げろ、己が信ずる色を。


 誰に強制されるでもなく、自ら選び取った信仰を。


 どっちも好きだと掲げる者も居るがそれもまた良し。


 そうして掲げられたペンライトは楽曲のテンポに合わせて振られ、目立つが故に周囲へ容易く浸透していった。

 いつしか会場は一つのリズムを踏んで一体となり、どちらかが求めればその色を振り上げ、またどちらかが合図すればその色を掲げて跳び上がり、今まで隔てられていたステージ上と観客席とを初めて一つに繋いでみせた。


 そう。


 それこそが、


    ※   ※   ※


 「アイドルという文化の完成だ」


 遥か沖合で謎の衝撃に吹っ飛ばされていく敵先方を眺めながら、瓶底眼鏡の青年は勝利を宣言した。


 今や芸能神への信仰は最高潮。

 どれだけの数で攻めかかろうと、最早侵略者は決してこの地を踏むことは出来ない。


「ふははははははははははははは。次は観客として来るのだな、魔女リリエラよ。ふははははははははははははは……!!」


 高笑いする頭上を、ついでのようにぴょんぴょん飛ばされていく者も見えたが、おそらくは前以って潜入していた工作員だ。

 幸いにも迎えの船は来ている。

 後は味方に拾って貰いどうとでもすれば良い。


 既に見るものはないと踵を返したPに護国卿らも深く息を落としながら続く。


「さて、我々もアイドルを愉しみに行きますか、死に損なったおじいちゃん」

「はン…………老後はゆっくりと、アリーシャちゃんの活躍を眺めて生きるとするか」


 ははは、と老将もまた笑う。

 等身大タオルを肩に下げ、砂地を踏んで、晴れ晴れと宣言した。


「大船団が仇となったな。海を越えての派兵は困難極まりない。上陸も出来ず、兵糧の現地調達も不可能となれば、寄せ集めの軍隊など瞬く間に瓦解するだろう。我々の勝利だ」





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