第8話 内乱
内乱である。
「我々はーっ、アイドルの過度な露出に異を唱える者である!!」
「ふざけるなーっ、アレは露出ではなく我らが芸能神マップァによって認めらえた伝統ある巫女服である!! 貴殿の物言いは神への冒涜っ、背信であるぞーっ!!」
内乱である。
事実怪しげな集会が行われているという報告を受けた当局が現場へ踏み込んだ際、逃げ出した者達が再集結して都近郊の砦を占拠したのだ。
戦争終結による段階的軍備縮小の最中、取り壊し予定の砦に見張りなど無く、あっけなく彼らは拠点を手に入れた。
現在、プラカードを掲げた一団が砦内に立てこもり、自治独立を訴えて徹底抗戦の構えを取っている。
対し当局も砦を包囲し、デビュー以来人々を沸かせてきたレイラとアリーシャによるライブ映像(薄着)を大画面で流し続けるという懐柔策を展開しているが、反乱に加わる者達は激昂して言い合いが過熱していく。
また反乱者は当初、アイドル二名の引き渡しを要求していたが、当然応じる筈は無く、けれど騒ぎが数日に及ぶのを経て当局もかの男を召喚せざるを得なくなった。
Pと、そう呼ばれる男である。
彼は言い争う者達を、やや離れた位置から見詰めている。
若くして元老院議会を制圧し、国の中枢を担うことになった才人。
南北に分かたれていた国を再び一つに纏めた後は、かの皇国に乗せられた野蛮で乱暴な牙の国による侵攻すら退けた、神に愛された男とも。
そんな彼をして、此度の内乱は難しいものであるらしい。
「このように、いつまで経っても進展がないまま占拠が続いておりまして……突入しようにも、攻囲兵器の使用が禁じられた状態では危険が多いとの判断です」
先述した通り、終戦により南北統合を果たした稲穂の国では段階的な軍備縮小が進められている。
戦神ではなく芸能神を、英雄ではなくアイドルを愛せよと、そう達したのは紛れもなくPその人である。
だがいざ国内で反乱が起きれば、その度に数多くの制約が邪魔をして、効果的な制圧が出来ないでいた。
幾分、責める意図を以ての説明ではあったが、Pは不動のまま言い争いを見詰めている。
「それが始まりであることは理解している!! だがっ、だが先日明らかとなったではないか!? 我々に示された新たなる可能性っ、肌など見えずともっ、いや肌が見えないからこそっ、彼女らの魅力は強く輝くのだと!!!!」
「それこそ否である!! 貴殿の感動はっ、まず露出という事実があったればこそのものであると何故気付かぬのか!? 我々は須らくアイドルの可能性を、包括的に認める事から始めなければならない!!」
「信念無き者の言葉など聞くに値せぬわ!! ええいキサマはもう下がれェ……!! 折角新曲の映像水晶を手に入れたというのにまだ百回も見れていないのだぞっ!!」
「語るに落ちたものだなっ!! 百回も見てない程度の者が、信念などとほざいたか!? 己が魂に聞いてみよっ、本当は初めて見たアイドルの姿にっ、見え隠れするあの魅力的な肌にっ、正直ドキドキしてしまったと白状するがいいッ!!!!」
そう。
問題は二つの新曲にあった。
南北統合を成し遂げ、皇国による裏工作で牙の国とも相対した稲穂の国は、更なる国力増加に向けてプロデュースを進めていたのだ。
二人ユニットのレイラとアリーシャ。
彼女らを分断し、敢えて一人ひとりで新曲を出す事による、個性の強調。
人々の信仰心を滾らせ、芸能神マップァに力を注ぐべく、急がねばならなかったのだから。
※ ※ ※
「――――次の侵攻があった場合、現状では防ぎ切るのが難しい」
牙の国を退け、本拠地へと戻ってきたPは皆の前で宣言した。
レッスン室にはレイラとアリーシャという二人のアイドルの他、元北朝の元老院議長、元南朝の護国卿と呼ばれた者も列席している。
国の中枢、間諜も容易く入り込むことの出来ない厳重な警備によって守られたその場で、真実国のかじ取りを行っている男が突き付けた事実を前に、誰しもが緊張を禁じ得なかった。
「それは、どうしてなんだ……?」
レッスン服姿のアリーシャが尋ねる。
先だって牙の国との最前線へとはせ参じ、撃退した彼女にとって、Pの言葉には疑問が多かった。
「お前の言っていた通り、芸能神の加護は敵の刃を通さなかった。アイドルとしての活動を行う限りにおいては、私達は無敵に近い力を手に入れたものと……そう理解していたのだが」
「芸能神は人々から忘れ去られた、未だ知名度の低い神であるからだ」
言い切ったPについアリーシャはレイラを見るが、彼女の正体については議長も護国卿も把握はしていない。
アリーシャ自身、どこまで信じていいのか測りかねている所でもある。
故に問答はそこへ向かわず、彼の言を追う事となった。
「聞こう」
頷きを得て。
「我らの奉ずる神は、強い信仰を受ける事でより強い力を得る事になる。発揮する力に向き不向きはあるものの、前回は複数に分散した戦神の加護に対し、二人へ集約することで対抗しただけだ。それは完璧に機能した。一方で、多くの問題も露呈したと言える」
言われ、その場でアリーシャにも思いつくことがあった。
事は軍事、騎士団長であった彼女にとってはアイドル以上に慣れ親しんだ思考だ。
「敵が大規模に攻めかかってきた場合、こちらは私とレイラの二人しか対抗策が無い、ということだな」
「いや違う。アイドルへの信仰が足りないのだ」
「いや違わないだろ。信仰については分かったが、まず手数を揃えないことには話にならないというのは兵法でも当たり前の事で」
「だから違うと言って居るだろうっ。もっとアイドルが欲しいっ、その強く熱い想いは理解できるが、容易く生み出せるほどドル道は簡単では無いのだ」
「いや、別に私はアイドルが欲しいというか、手駒を増やしたいだけで……いや、それが何故かアイドルを増やそうという話になっているんだが…………いや、何が起きているんだ……?」
混乱するアリーシャにPは憐れなものを見る目で微笑んだ。
こうして芸能神に仕え、類まれなる才覚を見せ付ける彼女だが、未だ心は戦神に惑わされているのだろうと。
敵の数が多いからこちらも数を揃えて対抗しようなどと、そんな考えでは足元を掬われてしまう。
「いいか。アイドルは増やしたい。もっともっと増やしたい。しかしその前に、我々は芸能神への信仰を集める必要がある。なぜならアイドルが増える程に加護は分散され、力が弱まってしまうからだ」
アリーシャはハッとする。
確かに彼の言う通りである。
二人に集中すればこそのあの力、だとすれば、増えれば増える程に効力は薄まり、やがて再侵攻してきた牙の国に彼女らは容易く蹂躙されてしまうのだろう。
「故にだ!!」
はい。
「我々は次なる動きを開始せねばならないッ!! ファーストシングルの成功に甘んじている暇など無い!! そうっ、敵が再侵攻へ向けて力を溜めているのであればっ、我々はセカンドシングルの発表へ向けて全力を注ぐのだ!!」
そうして映像をばら撒いたら、内乱が起きてしまったのである。
※ ※ ※
Pは苦悩する。
己の信じた道は間違っていたのだろうか、と。
レイラとアリーシャ、二人の個性を前面へ押し出したセカンドシングルは絶大なる評価を得た。
一方でこんな悲しみを生み出してしまうのかと、争い合う人々を見て思うのだ。
新作衣裳によって貴婦人の如く淑やかな恰好を披露したレイラ、そのソロシングル『仄暗い穴の底より、月を見上げて』は、明るく可愛らしい彼女の印象を一変させ、孤独と悲哀を感じさせる名曲としての評価も受けた。
対しアリーシャが発表したソロシングル『烈火』は、元来彼女の持っていた苛烈さや激しさを全面に押し立てて、己が魂を焼き尽くさんばかりに熱唱するその様は多くの女性ファンすら獲得した。
成功と呼べる筈だったセカンドシングル、それがこのような結果を生もうとは。
「お前達も見たであろう!? レイラちゃんのあの清楚で妖精の如き可憐な姿をっ、あれこそ彼女の真実である!! 守りたい、守ってあげたいっ、その孤独を私こそが埋めるのだと芸能神マップァに誓ったのだ!!」
「アリーシャさんはゼッタイ戦う姿が素敵ですーっ、媚び売ってへらへら笑ってる姿なんて見たくありませんっ!!」
「ええいキサマらそれでもアイドルのファンか!? 己の願望を押し付けてなんとする!!」
敢えて言うならば、効果を上げ過ぎたのだ。
オーソドックスなアイドルソングから、各自の個性に合わせた強烈な楽曲への偏移。
ただでさえつい最近まで芸能を知らなかった人々にとって、その衝撃力は価値観を一変させるに十分過ぎた。
故の反乱である。
人生を変えてしまうほどの感動によって、彼らはその一つ以外を認めることが出来なくなってしまったのだ。
「Pッ、どちらへ」
不意に踵を返した彼へ、現場の指揮官は慌てた様子で追い縋ってくる。
呟きは小さく、静かに染み渡る。
「ここは私の居るべき場所ではない」
「そんな!? 貴方以外の誰がアレを説得できるというのですっ!?」
「彼らには存分にセカンドシングルを愛でる時間を与えてやれ。余計な破壊活動に出ないよう包囲は続けるが、言葉や映像による説得は無意味だ」
「P!?」
サードシングルの発表は間に合わない。
楽曲の作成も、テーマの制定も、振り付けや歌詞など、一朝一夕では生み出せないのが現実だ。
強烈な個性を出しての楽曲発表直後というのもあり、一体どんなものを出せばいいのかと迷いを得ているのも事実。
ならばやはり、推し進めるしかないのだろう。
悠長に着実に、確実な道を行けるほど、この国は世界に対し優越していない。
「どうするおつもりですか」
追ってきた指揮官へ、全てを話すことは出来なかった。
故に一つだけ、分かりやすい言葉のみを贈る事にした。
「箱売りだよ。大規模ユニットによる圧倒的物量で、アイドルへの信仰をぶち上げる」
レイラとアリーシャのような絶対的アイドルの育成は間に合わない。
サードシングルも同様。
だからこそ、質の低さを補う物量勝負。
解釈違いを訴えジャンルの先細りを生む奴らには、無数の選択肢を与えて多様性という言葉を学ばせる必要があるのだ。
ただ、それだけではいけないと彼は気付いていた。
故にこの動きは、更に加速していく。
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