第9話 女王アイドル爆誕!?
「陛下!! 是非アイドルになりませんか!?」
玉座の間で、男は堂々と宣言した。
「………………えっと?」
座る少女の戸惑いは強く、周囲で見ていた者も唖然としている。
重ねて言うが、ここは玉座の間。
座っている少女は、統合以前は南朝にて擁立されていた女王の娘で、新たな時代が始まるのならと位を譲られた、正真正銘、稲穂の国の女王である。
年齢は十五。
故のスカウトであった。
比較的食糧事情の安定していた南方育ちである為か、ややも身体つきはふっくらとしているが、レイラやアリーシャとの差別化も図れるのはむしろ利点。
そんな若き女王が頼りにするのは、護国卿と呼ばれた老将であり、最近は盤遊びの相手として距離を縮めている元老院議長であり、
「…………キサマ、よもや陛下にまで私と同じ責め苦を味合わせるつもりではないだろうな」
歳の程近いアリーシャだ。
女王陛下からの視線を受け取った彼女は、護国卿と議長両名の首肯を受けて進み出て、幾分見慣れ過ぎてきたPの奇行に嘆息する。
「お前なりに国を憂えているのは理解しているが、分を弁えろ」
「弁えて尚、陛下のお力が必要だと判断しているのだ」
「なんだと……?」
「今我が国は再び分断の危機に晒されているのですっ。その為にはっ、女王アイドルという強烈な個性がどうしても欲しいのです!! どうか!! ちょっと衣裳を着て踊ってみるだけでもいかがですか!? ちょっとだけですっ、そこから先は試してみてから判断するというのはどうでしょう!?」
いきなりな発言にアリーシャも目を丸くするが、よくよく内容を思い返してみると酷過ぎた。
「お前……っ、その詐欺じみた誘導は流石に出過ぎだぞッ」
ここに居る一同も、昨今発生した反乱については聞き及んでいる。
分断の危機と言われたなら少々首を傾げてしまうのだが。
「ふふふふふ。相変わらずピィは面白い人ですね」
「陛下……どうかこの男を甘やかさないようお願いします。思う侭に暴走させると何を始めるか分からないのですから」
嗜めるアリーシャに女王はまた笑い、楽し気に身を乗り出してくる。
「私もアリーシャのように格好良く歌えますか?」
「レッスンへ向ける情熱次第です。どれほど才能があっても、血の滲む様な努力失くしてあの圧倒的な歌唱力は得られないでしょう」
「陛下相手にッ……ああもう!」
憤るアイドル兼騎士団長に、他の者達は諦観の構えだ。
現在のこの、不安定に不安定を重ねた国家形態は紛れもなくPの成果である。故に黙っているのではなく、彼の行動に一定の理解を示すからこその放置でもあった。
問題は、行動も発想も彼らにとって想像を絶するものである点だ。
故に任せる。
Pくん係のアリーシャちゃんへ丸投げである。
誰も援護してくれないからついつい彼女も口が回る。
そんな訳で貴族としての常識が飛び出した。
「陛下ももう年頃だっ。そろそろ縁談についても考えねばならない。あの衣裳が芸能神の巫女が着るものであるというのは理解しているがっ、結婚相手からすればそうはいかないだろう!?」
「………………………………………………………………は?」
「は、じゃない! 貴族ならば家の為、陛下ならば国の為、政略結婚を行うのは当たり前だろうがっ。まあ、その……最近では私の方にも申し出が増えていて、な。以前は戦場で暴れている野蛮な女として毛嫌いされていたが、流石にアイドルとしての印象が強くなると……、っ、是非にという良縁も増えて来て困っているほどだ!」
アリーシャは最初勘違いしていた。
貴族が持つ最大の義務は、子を成す事にあるとも言える。
受け継いできた血統を次の世代へ、その為には望まぬ相手との結婚すら選択肢に入る。
恋愛など民の特権、胸に抱いた淡い感情も、いずれ遠い日の思い出と消えゆくものだと諦めていた。
故に、同じく貴族である彼が理解していない筈もないと、当たり前のように考えていたのだが。
本質は別の所にあった。
ガシリと手が握られる。
いきなりだ。
女王陛下の御前で、その陛下が思わず赤面して身を乗り出す様を横目に、ぐいっとPの顔が寄ってくる。
わ、だめだ、ちかぃ、そうじゃなくて、わたしは、まだ、こころのじゅんびが、はじめてで――――そんな戸惑いを一撃で吹き飛ばす嘆きが彼の元から叩き付けられた。
「アイドルは枕営業なんてしないんだああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」
枕営業ってなんだ!!!! 渾身の叫びはあっさりと押し潰されて、両手で包み込むように握られた手にアリーシャの顔は烈火の如く熱を持つ。
どうやらなにか、また彼の持つ謎の琴線に引っ掛かったらしい。
Pくん係アリーシャちゃん、早くなんとかしてくれよと、お歴々から無言の圧力を受けることと相成った。
※ ※ ※
男にはトラウマがあった。
下らない仕事、楽しくもない上司の冗談に合わせて笑う日々、無かったことにされる残業と休日出勤、有給一つ取るのも嫌味を言われるクソみたいな生活を送りながらも、たった一つの奇跡と信じて推していたアイドル(十六歳)が、妊娠スキャンダルを起こして電撃引退をした記憶。
飛び降りたのは短慮であっただろう。
また別のアイドルを探し、心を慰撫して貰う道もあった筈だ。
だがたった一度の恋でもあった。
触れたいとは願わない。
こちらを向いてくれとも思わない。
ただ、彼女がアイドルとして成功していく様を見ているのが嬉しくて、万人に向けられた笑顔を眺めているだけで幸せを感じられた。
故にこそ彼女の裏切りには耐えられなかった。
報復をと叫ぶネットの人々とも縁を切り、ただ空を舞った。
己の中に渦巻き始めていたアイドルというものへの黒い感情を、育てたくは無かったから。
「いいか!? アイドルとはっ、少女達の貴重な……っ、あまりにも貴重な若き青春時代を切り取って演出される世界への奉仕だ!!!! 故にっ、故に敢えて言ぉぉおうっ!! 引退後はいいけど現役中の交際は絶対に許されない!!!!」
枕とは、交際とは。
疑問符だらけのアリーシャの手を必死に握り締め、懇願するみたいにPは叫ぶ。
「いいさっ、いいいいいいっっっっさァ!! 顔が良く、性格が良ければモテることもあるだろう!? だからアイドルになる前っ、どこかの誰かと恋をしてっ、キスをしてっ、セックスしていたとしてもだあっ、俺のこの魂砕け散ろうともァッ、責めはしない……!! しないがァ……!! 現役中は絶対に駄目だ!!!!」
仕方が無いのだ。
恋もまた経験だ。
だからアイドルになる以前、
人々の前に現れる、その前であったなら。
今そこに居るアイドルを生み出した、その一要素に誰かとのセックスがあったとしてもッ、それは仕方のない事なのだ!!!!
「彼女らには幸せになる権利がある!! 重ねて言うがっ、アイドルとは人生で最も瑞々しく輝かしい時間を用いて行われる世界への奉仕!!!! その献身の重さを鑑みるならばッ、引退後に幸せを掴めずしてなんとする!? 引退後であればいいんだよっ、だからせめて恋をしたら引退してくれぇ……っ。感情ばかりは思う様にはいかないものだっ、恋をしちゃったのなら仕方ないっ、だが俺達にもっ、ファンにも君の幸せを寿ぐ準備をする時間を与えてくれないかァ……!? 引退即結婚とか、週刊誌にすっぱ抜かれたりとか、いきなり過ぎてアタマの中がどうにかなってしまうんだよォ……!!」
「い、引退後ならいいんだろ……?」
「出来れば少しは間を取って下さい!! あと正直AV落ちは止めて欲しいッ!! 君のアイドルとしての姿に夢を見ていたいのにっ、それをぶち壊されるのは本当に辛いんだ……!!」
「え、えーぶ、なんだ? 分かったっ、分かったから落ち着け!? な!?」
「でも正直結婚しないで欲しい……」
「どっちなんだ!?」
「俺達の心だって儘ならないんだ……、夢が壊れる瞬間が最も苦しいんだ……、だからせめて、枕営業とか現役中妊娠スキャンダルとかは止めてくれェ……」
崩れ落ちたPの背中を、アリーシャが分かった分かったと言いながら撫でてきた。
まるで仕方のない子どもあやす様な態度だが、事実仕方のない大きな子どもなので誰も疑問を挟まず目を逸らした。
「つまり、その……芸能神マップァの巫女は現役中結婚できない、ということでいいんだな? 前後については問わないが、現役中は神とファンへ操を立てて、貞淑に振舞うべし、と」
ふわりとPの顔が上がる。
瓶底眼鏡の奥でしばし熟考する間があり。
「ソノトオリダヨ」
「お前今決めただろ」
なにはともあれ、大規模なアイドル導入前に明確な制約が定められ、選出の重要な要素となった。
「話を戻すが陛下のアイドル登用は」
「一国の王だぞ。世継ぎ問題でまたこの国割るつもりか」
無表情で睨まれ、女王アイドル爆誕計画はとん挫した。
※ ※ ※
最早慣れ切ったレッスン室へ戻って来て、アリーシャは茶を飲みながら一息入れていた。
大鏡の前では先ほどの話をPがレイラへ伝えており。
「ふふぅんっ。安心してよお兄ちゃんっ、私は一生、お兄ちゃんのアイドルだからっ!」
「レイラっ、あぁレイラ! 過酷な道を選ばせてしまったかと迷ってしまう日もあったが、愚かな兄を許しておくれ……っ!」
「そんなこといいのに。お兄ちゃんの教えてくれたアイドルっていう道こそ、私の全てを捧げて生きる場所なんだよ。大変だけど、私は毎日が楽しいよ? この前の曲だって、あぁお兄ちゃんは私のこと分かってくれてるんだなぁって思って嬉しかったもん。解釈違いだなんて言ってる人達に文句言ってやりたいくらい」
レイラ初のソロ曲となった『仄暗い穴の底から、月を見上げて』は、アリーシャにとっても意外なものだった。
てっきり、もっと可愛らしい系で攻めるものだと考えていた。
ただ彼女が、人々に忘れ去られて消えゆくだけだった芸能神の分霊、というものであることを考えると、あの歌で語られていたような悲し気な雰囲気を表現出来るのも分かる気がした。
故にこそ解釈違いなどと言われながらも、今までアイドルを斜に構えて見ていた人達からも受け入れられて、より多くの信仰を集めるに至っているのだ。
アリーシャのソロ曲『烈火』も同様。
考えていたよりもずっと、アイドルというものの懐は深かった。
そうしてじきに始まるという、巨大アイドルユニットによる箱売りが始まれば、人々はその形式に文句を言っている暇などなくなり、目まぐるしく変わる情勢を睨んで己の推しを探すのだろう。
彼はそのカウンターとして注目度の高いソロアイドルをデビューさせたがったみたいだが。
「それにしても、結婚、か」
賑やかな二人を眺めて力を抜く。
以前であれば考えもしなかった。
国を守り、民を守る騎士団長として、死ぬまで戦場に立ち続けて、そうして死ぬのだと思っていたが。
正直アリーシャはほっとしていた。
国が推進するアイドルという立場で、巫女としての制約と言えばまず縁談を断るのに苦労はしない。
この日々がいつまで続くかは分からないが、傍らにはきっと一人の少女と、一人の青年が居るのだろう。
瓶底の様な、分厚い眼鏡を掛けた、青年が。
「現役中の恋愛禁止……あぁ、そのくらいでいいさ」
今は、まだ。
かつての自分では考えられないほど柔らかく笑って、アリーシャはお茶を飲み干し、立ち上がった。
さあ、レッスンを始めよう!!
※ ※ ※
幕間 ―アイドル周辺機器誕生秘話③―
「色だ!!」
「はい、P。出来てます」
「…………え?」
「出来てます。赤、青、緑、黄色、白に黒に桃色から浅黄色から藤色まで、なんでもござれで自由自在」
「無理をすることはない。私は知っているぞ、染色とは古来より途轍もない労力と試行錯誤によって生み出されてきたものであると。化学によって色素そのものを取り出すことに成功したインディゴを始め、化学的な着色料が生まれるまでは染色を営む町で暮らすより肥溜めで暮らした方が良いとまで言われていたことも、理解しているつもりだ。だから無理をして報告を偽造する必要はないのだ」
「いいえ、P、どこの世界の話ですか。こんなのは魔法でこう、ッパーとやれば出来るんです。おかげで町の子どもらがラクガキに悪用して困ってるくらいでして」
「マジでか。凄いなファンタジー」
※ ※ ※
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