第4話 代理戦争
戦争が終わった。
永きに渡って続いてきた内乱。
落とし所も見付からず、反発ばかり繰り返してきたソレが終わったのだ。
なんだかんだと生真面目さを発揮し、Pとその妹のレイラに煽られアイドルとしての技能を磨いてきたアリーシャも、事ここに至って認めない訳には行かなかった。
「まさか本当にアイドルで戦争を止めてしまうとは……」
レッスン室へ落ちた呟きを、身体を伸ばしていたレイラが拾う。
「お兄ちゃんの言葉を信じてなかったんですか? 芸能神マップァの巫女たる身でありながら」
「そうは言うが、生まれた時から当たり前に戦争をしていたんだぞ。お前も同じだろう」
「私はお兄ちゃんを信じてますから」
当然と言い張るレイラに疑問を重ねることは出来ない。
あのステージまでの日々、アリーシャも血の滲むような努力を重ねていたが、レイラの頑張りようはそれを遥かに超えていた。
振り付けは見せられたその場で全て覚え、自らアレンジを加え、歌詞の意味を考察して表現を広げていくのだ。朝から晩までレッスン室に入り浸り、時に深夜を越えても続けていることさえあった。
まず歌い踊る事そのものに四苦八苦していたアリーシャなど足元にも及ばない。
「お前は……他の年頃の子のように遊んだりはしないのか?」
遊ぶ、などという行為は彼女の記憶にも薄い。
けれど大人達の目を盗み、ちょっとした悪戯みたいな気持ちで楽しむ時間くらいはあった。
「私にとってはアイドルこそが最高の楽しみです。お兄ちゃんにもっと最高のステージを見せてあげたい。お兄ちゃんの夢を叶えてあげたい。私が生きる意味は全てアイドルに詰まってるんです」
なんとも圧倒される思い入れぶりだった。
しかしアリーシャとて国を守る為、民の笑顔の為、戦うと決めた身。
それが破廉恥極まりない衣装に身を包み、口にするのも恥ずかしい歌詞を全力で歌い上げることであろうとも、皆の救いとなれるのであれば。
再びの覚悟を決め直していたアリーシャだが、レッスン室の扉が開くのに気付いて身を強張らせる。
ここは幾つもの検問を抜けなければ辿り着くことの出来ない最重要機密が詰まった場所である。結果としてレッスン室を訪れる者は決まっている。
一応は議長や護国卿という可能性もあるのだが、赤面する乙女の思考は特定個人に偏り過ぎた。
そしてその予感は的中する。
「お兄ちゃんっ!」
現れた瓶底眼鏡の青年に、レイラが表情を輝かせて駆け寄っていく。
対しアリーシャは急に服の裾が気になって伸ばし始めた。
あの奇妙珍妙極まる男がまたぞろ意味不明なことを言い始めるのだろうと身構えて、熱くなる頬を手で仰いでいたのだが。
サッとPが膝を付いて、妹の両手を握った。
「……素晴らしいステージでした。ありがとう。ありがとうっ、感動したっ!! やはりレイラの可愛らしさは世界一だ!!」
「~~~~っっっ、お兄ちゃんったらぁ、でへへへへぇ……!!」
「最前列で見れなかったことだけが心残りだっ! だが許してくれっ、どうしてもそう出来ない事情があったんだ……! あぁ駄目だ言い訳なんてっ。次こそは一番近くでレイラとアリーシャを観るぞっ、絶対だ!」
なんだコレはと固まっていたら、立ち上がった彼が素早くアリーシャへ駆け寄ってきた。
待て待てまだ服の裾がちょっと……! と慌てて赤面するのにも構わず膝を付いて、まるで婚約を申し込むみたいに真剣な眼差しで見上げてくる。
「っ、くぅぅ……!」
「ありがとうございますっ! 素晴らしかった! 途中経過を見ているからこそ強く思うがっ、ステージそのものを見て何度も思った! アリーシャ、やはり君の笑顔は素敵だっ、素晴らしいっ! 人を魅了する力がある! 君を見ているだけで私の心は燃え盛りっ、滾ってくるのだ! アリーシャ!!」
「~~~~っ、分かった! 分かったからもういいっ、もう十分だから勘弁してくれぇ……!」
「いいや分かっていない! 初のステージであれだけ出来るのは、君が真にアイドルとしての己に目覚めたからだっ! 特にサビの時に見せた笑顔が素晴らしい! もう何度も映像を見返したが、あの笑顔は歴史に残さなければならないと拡大転写したものを各地へ張り出すことに決めたっ! それくらい胸がときめいた!! なんて美しい人だっ、自分の全てを捧げたくなるっ、嗚呼アリーシャっ、君はレイラと並んで私が最も推したいアイドルだ!!」
「だからもう無理っ、無理なのぉ……! それ以上は駄目ェ! 助けてレイラァ!!」
相棒へ必死に助けを求めるも、兄の称賛を受けてご満悦な少女は頬を染めながら語る。
「でへへぇ、私の初ステージを見た時も、お兄ちゃんは一晩中離してくれなかったの……もう限界、それ以上は駄目ってお願いしても、まだまだこんなもんじゃないぞって朝まで…………っ、キャー」
「待ってくれ。コレが朝まで続くのか……? 無理だぞ……、私は絶対耐えられないっ、恥ずか死ぬ!?」
「ははは。アリーシャはバラエティも行けそうだな。どこまで私を夢中にさせてくれるんだ? 分かってる、これからもっと君の魅力を見せてくれるんだろう? 心の底から楽しみにしているよ、アリーシャ」
「助けてくれえ!?」
騎士団長は救援を求めた。
しかしここは滅多に人の来ない最重要な隔離区画だった。
※ ※ ※
褒め殺しの一日が過ぎた後で、アリーシャは自宅へ戻ってきていた。
居間で茶を嗜み、ほっと一息入れている所なのだが。
「これが伯爵家の邸宅か。ウチとは随分違うな」
「ウチの家なんて、もうすっかりお兄ちゃんの張り出した私の写真でいっぱいじゃない」
「ふふふ、レイラの可愛らしさは黄金すら霞んでしまう。品格で言うのならば、確かに我が家の方が勝るだろうか。どうだいアリーシャ、邸宅内をお前の写真で飾ってみるというのは」
何故か、あの兄妹まで一緒に。
既にこの国の頂点として宮殿を好き勝手弄り回している二人だが、ここまで平然と振舞われるとツッコミを入れるのも疲れてしまう。
まあだが、とアリーシャは思う。
ちょうど良いな、とも。
『あの二人について、君には内偵を頼みたい。不透明な所が多過ぎるのだ』
レイラとユニットを組み、国内でも国外でも活動していることもあって、旧体制の者からはよくこの手の話をされる。
実際、よくわからない所のある兄妹だ。
田舎貴族の長男と長女。家柄は確かなものだ。
歳が離れているのもあってか、妹であるレイラの慕い様は凄い。
兄であるPもレイラを心底愛しているらしいことは分かるし、当初は彼が強要していると思えたアイドルとしての活動も、彼女自身が望んで行っていることはレッスンをしていれば見えてくる。
「屋敷に逗留するのは構わないが、内装を勝手に弄り回すことだけは許さん。特に……その、私の写真を飾るのだけは勘弁してくれ」
「既に国内外のあらゆる所に張り出されてるのに、結構意固地ですねぇ」
「言うなあ!?」
初ステージを終えて、既に二度も公演を行った。
今や炎髪姫の名はアイドルとイコールであり、彼女が騎士団長であったことなど大多数にとって記憶の彼方だ。
ああいう、顔を知らしめることの意味はアリーシャも爵位を持つ身として理解はするが、なんか見たことも無いくらい柔らかな笑みを浮かべている自分の巨大写真を見ると、どうしようもなく恥ずかしくなるのだ。
「しかし、アレは別の意味でも効果を発揮しているんだぞ」
Pが瓶底眼鏡をくいっとあげる。
「お前達ユニットの宣伝であると同時に、あの写真は芸能神マップァの巫女である二人の御神体だ。戦神を過去のものとし、戦いではなく芸能を尊ぶ世界を作っていく。その為には必要なことだ。当然、二人の愛らしさと美しさを前に人々は幸せになるのだから、戦いで疲れた民の心を慰撫してくれるものでもある」
コレだ。
アリーシャは、イマイチ彼の言う芸能神を理解し切れていないが、そんなことに何の意味があるのかが一番分からない。
剣をマイクに持ち替え、敵を殺せと叫ぶのではなく、愛を歌っていて、尚も。
国を守る。
民を守る。
そこまでならば分かるのだが。
「その芸能神とやらについて、改めて教えてくれないか。巫女だなんだと言われても、正直分からない事が多い。お前達の家で古くから信仰してきた神なのだろう?」
言葉を受けてPもまた茶に口を付ける。
僅かに眉があがるのは、これでも奮発した茶葉を用いているからか。
内乱の終結に伴って滞っていた物流が活発化し、徐々に国内は潤ってきている。
「芸能神マップァの起源は、人類誕生にまで溯る」
「…………なんだと?」
いきなりな話に首を傾げた。
「人間が生まれ、集団化、あるいは家族としての枠を手に入れた時点で、文化というのは花開くものだ。そういう意味では人類同士の争いから生じた戦神は後発だな。それ以前の、人間と自然が争っていた時代は獣であったり、自然現象が形を成した神だ。つまり、芸能神マップァは人類と共に生まれ、今日まで人々を祝福してきた人類史最古の神ということになる」
「……で、その神が再び出てきたと?」
「統一皇帝の崩御以来、大陸は何百年も戦争を続けている。世に言う暗黒時代だな。今も続くその戦いが長引くことで戦神への信仰が集まり、力を増して、結果として更に戦乱が続くことにもなった、と私は考察している」
戦いや政治で王や将兵が神々の代理人、あるいは加護を受けた使徒であると名乗ることはそう珍しくない。
今も大陸に渦巻く戦争は、神の代理戦争である、とも。
実際に魔法を始めとした常外の力は存在し、時にたった一人の英雄が戦局を覆すことさえある。その実例がアリーシャだ。彼女、未熟であるという自覚はあるものの、それだけの力を示してきた過去がある。
だから話半分、という前提を置きつつも、多少はアリーシャも前のめりになる。
極東の島国にあって、神と呼ばれる存在を感じたことはないが、他者と隔絶した力を持っている身としては無関係ではない。
「戦えば、勝者と敗者は共に戦神へと信仰を集める。次なる勝利を求め、牙を磨きたがる。故にこの戦争は終わらない。戦いを激化させる使徒のようなものが居る可能性もあるが、そこは憶測だ。ただ、だからこそ私達は戦ってはならない。分かるか?」
「芸能神への信仰を集め、戦神への信仰を薄れさせる。なるほど、それ故のアイドルか」
言うとPは怪しく瓶底眼鏡を光らせた。
同時にアリーシャは身を引く。
引いたのに、男はずいっと寄ってきた。
赤面する乙女、拳を握った狂信者、どこ吹く風の相棒が優雅にお茶を愉しんで。
「これも一つの戦いだッ。故に御神体は一つでも多い方が良い。そうっ、つまり今必要なのは写真集だ! アリーシャとレイラ、二人のプライベートな写真集を作りっ、人々の信仰を加速させる!! つまりっ、屋敷へ入る時に取り上げた私のファンタジックカメラを返してくれっ! 必要なことなんだ!!」
「結局それかァ……!!」
「ちゃんと使う写真は見せるからっ! NGだって受け付けるっ! でもちょっとだけっ、ちょっとだけ大胆な一枚だって欲しいんだっ! 出来れば寝起きの一枚や風呂上りの一枚なんかをバシィッッと載せれば人々は絶対に信仰心を漲らせるから!! グラビアとアイドルは切り離せない! 仕方ないんだっ!! レイラの分はもう撮ってあるんだよ!!」
「妹になにをやらせているんだこの狂信者がァ!!」
結局撮ることになった。
なぜって。
いつもの褒め殺しが待っていたからだ。
※ ※ ※
結局、内偵の話など言い訳だった。
アリーシャの今までを激変させた二人、Pとレイラ、あの兄妹への興味は確かにある。
戦争が止まったこと、それを成したことへ称賛する想いもまた本物だ。
ただ、自分の持つ常識では掴み切れない彼らへ、もっと問いを投げたいとも思っている、その一歩を踏むキッカケであれば何でも良かった。
「兄はどうした?」
すっかり陽の落ちたバルコニーで、レイラが一人涼んでいた。
「お兄ちゃんはあれで多忙ですので。今はぐっすり夢の中ですよ」
確かに、とアリーシャも頷く。
元老院を掌握し、内乱を終わらせた。
あまりにも変わりすぎた現状へ、やるべきことは山とあるだろう。
アリーシャ達もアイドルとしての活動で忙しいは忙しいが、それらのプロデュースをしているのは彼だ。何せ、未だ彼以外にアイドルを理解している者は居ないのだから。
「そうか。苦労を掛けていることは分かるが、こうも出来ることが少ないのは悔しさもある」
「お兄ちゃんを喜ばせたいのなら、もっともっとアイドルとしての自分を磨けばいいんです。素晴らしいステージ、素晴らしいパフォーマンス、何より私達アイドルの笑顔こそがお兄ちゃんの活力になります」
「お前はどうしてそんなに揺るがないんだ? 幼い頃からアレの指導を受けてきたと言っていたが、だからといって人生全てを捧げるのは早過ぎるだろう」
言って、自分も同じかとアリーシャは思う。
何せ騎士団長だ。
勢力争いの一環として、他に席を埋める者が居なかったから無理矢理捻じ込まれた役職。
そこに負けじと己を磨き、真実騎士団を率いるに足る実力を身に付けてきたが、きっとこんな変事でも無ければ自分は死ぬまで戦場に立って、戦い続けていただろうと思える。
戦って、殺して、そんな日々こそが自分の全てであると。
「アナタには話しておきましょうか」
不意にレイラが呟いた。
目の前に居る不思議な少女、十年以上もアイドルとしての研鑽を重ねてきたPの妹。
それが自分の全てであると語った彼女は、静かにアリーシャを見据え、言葉を継いだ。
「お兄ちゃんの語った神々の戦い、その最前線に居るアナタが不確かな理解で思考を放棄しているのは危険だと思いますので」
時に魔的なほどに美しいとさえ感じる、十二歳の少女が笑う。
周囲の影が一際濃くなった。
見間違い、ではない。
「私こそが芸能神マップァの化身なんですよ」
夜の帳の向こうで、烏が鳴いた。
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