第7話

7


「乾杯しよう、・・」

と、彼は目を緩ませながらグラスを差し出す。


「何に乾杯するの?」

と、皮肉めいた事を言うアスカ。


「何って、まあいいじゃないか。

先ずは乾杯しよう。」


二人はワイングラスの酒を一気に飲み干した。

次々と運ばれて来る料理を食べながら、


少しずつ会話が進むが

過去の思い出話には一切触れずにいた。

それは彼にとっても、辛い過去であったからであろう。

世間話や現在のことなど、

お互いの心を隠しあっての会話が続いた。

しかし、男の言う大事な話はまだしてこない。

アスカは思いあぐねて聞いた。

「大事な話しって何かしら?」


「もう、そろそろかな?もう少し待ってくれ」


…待ってくれ!って何?誰か来るの此処に…


アスカの不安をよそに、男はワインを飲み

料理を食べる。

食の進まぬアスカ。

ワインだけを飲んでいる。

「食べないのかい?具合でも悪いの」

と、優しく聞いてくる。

…少年の様な瞳。

愛くるしい笑顔。

この仕草に私は虜にされたんだ…

アスカは懐かしく思っていた。


「大丈夫よ、身体はどこも悪くはないわ。

それよりも、此処に誰か来るの?」


その時である、ウエーターの声が

「お連れ様をご案内します。・・

こちらです」


振り向くと、見知らぬ若い女。

理知的な顔。

豪華な衣装をまとい、誇らしげに立っている。


「アスカ、紹介するよ。今度、婚約した

トモミさんだ。仲良くしてやってくれ」


…『仲良くしてやっとくれ』だと!

ふざけるな!こんな女を紹介する為に

私を呼んだのか?バカにするのもいい加減にしろ…

怒りの感情が湧くなか冷静に彼女を見るアスカ。


勝ち誇る女の顔。

優越感に浸る顔。

…この女只者では無いな。

顔に似合わず恐ろしい女だ…

と、アスカは直感した。


「まあ、綺麗な方ね。でも貴女気をつけてね。

この男は、女を取っ替え引っ換えてばかりの男よ。貴女も捨てられない様にね。」


「ご心配には及びませんわ。私が捨てても捨てられる事は無いと思いますわ。

貴女と違ってね。」

と、冷笑を浮かべる女。

底意地の悪い女。

こんな女に惚れる彼って、本当にバカな

男。あんたなんか、不幸になりなさい。

「それでは、私 次の人に会うので此処で失礼するわ。ご馳走様でした。」


と、言い席を立つアスカ。

アスカの背に、

「残念だったわね」と、小声で囁く女。


早くこの場を去りたい。

こんな惨めな私を・・・・・。


涙が自然に溢れ出す。

このまま死んでしまいたい。



タクシーに乗り込み、行き先は・・・・

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