第72話 Lv.1は気にしない

「――で、俺らが呼ばれたってことか」

「そういうこと」


 ところ変わって越谷市。埼玉県最大のショッピングモール駅前にて、壱郎は相馬とユウキの三人で集まっていた。


「まあ楽しければなんでもOKだ! 遊ぼうぜやまっち!」

「……俺、相馬のそういうノリ、結構好きだよ」


 ニコニコとサムズアップする相馬に、壱郎も思わず笑い返す。


「僕も構わないけど……壱郎にはちょうどいい機会かもね」

「? どういうことだ?」

「はぁ……相馬くん、今日の壱郎の服装について一言」

「ん? おぉ、山っちの服装か。今日は……」


 呆れたようなユウキの言葉に、相馬はまじまじと壱郎を見つめる。


「――いつもと変わってなくないか?」


 そう……今日も彼の服装はYシャツというサラリーマンスタイル。配信の時と一ミリも変わってない。


「え、山っち私服はどしたよ」

「いや、そんなもんないが……ワイシャツとズボン着まわせばいいし」

「はい、ここで補足。彼、エリィちゃんっていう超絶可愛い恋人がいます。どう思う?」

「それはヤバいわ。ヤバいぞお前」

「…………」


 まさかの相馬からドン引きしたような目で見られた。


「デートとかどうするつもりだったんだ……?」

「……あー、考えてもみなかったな。エリィって暇さえあればダンジョン潜るからさ、デートしたことなくて」

「壱郎……いくらエリィちゃんでも、デートくらいはしたいんじゃないかな?」

「それもそうか」

「「…………」」


 あっけらかんとした態度の壱郎に、二人は思わず頭を抱える。


「……相馬くん」

「あぁ、言いたいことはわかるぜユウキ」

「「まずは服屋に直行だこれ」」



***



「うぅむ……」


 壱郎のこんな姿をユウキは今まで見たことがない。


「……ダメだ、服が多すぎてわけわからん」


 Sランクモンスターをワンパンできる男は今、どこにでもある衣服量販店にてどんなモンスターよりも苦戦していた。


「なんでこんなに種類があるんだ……? 全部同じの方が迷わないだろうに……」

「壱郎、謝ろう? 服作ってる人たちに一旦謝ろう?」

「ごめんなさい……でも、本当に多すぎてどうすればいいかわからないんだ」


 律儀に謝ってしまいつつも、壱郎は完全にお手上げ状態である。


「壱郎、こういう時はマネキンを真似ればいいんだよ」

「マネキンを……」

「うんうん。壱郎は結構背が高い方だから、シンプルめの服を中心に――」




 ――タイミングは服屋を出た瞬間。


 ユウキたちが壱郎の服選びに勤しむ中……吹き抜けの3階、座椅子に座っている銀髪の少女がじっと3人の姿を見つめていた。

 殺し屋、鈴蘭である。


 壱郎たちがこのショッピングセンターに現れるのは調査済み。電車という交通手段でやって来ることも知っていた為、駅側の出入り口を張っていたのだが……今までのどんな仕事よりも簡単に彼を発見することができた。


 というのも、自ら名乗り出てきたようなものである。

 彼は自身のステータスバーを消すことができない。


【山田壱郎 Lv.1】


 だから上記の文字が常に見えている為、周囲に名前を晒しているようなものだ。


 ――けど、Lv.1か。


 必死に服選びをする彼の後ろ姿をじっと見つめる鈴蘭。


 ――あんなレベル低いなら、わざわざ私が手を下さなくても勝手に死にそうなものだけどな。


 なんて疑問に思ったが……仕事は仕事。報酬がもらえるならどんな任務だろうと遂行するのが彼女である。


「――いやぁ、助かったよ」


 と。

 十数分後、脇に大きな紙袋を持った壱郎たちが服屋から出てくる。


 壱郎にとって満足できる買い物だったらしく、ちゃっかり今さっき買ったばかりの服装に着替えていた。


「こういうのわかんなかったからさ、二人がいてくれてよかったよ。わざわざ付き合ってくれてすまんな」

「いえいえ。僕も自分の買ったし、気にしないで」

「けどよぉ、ユウキ。本当によかったのか? それ、試着してないじゃん」

「あ゛っ……え、えーっと……ぼ、僕、試着ってのが苦手でさ。合わなかったら、後で交換すればいいしっ」

「ふーん……? ま、そんなもんか」


 三人が暢気な会話をする中、鈴蘭は右手から棘の生えたつるを出現させる。


 蔓から射出される銀の棘こそが彼女にとっての弾丸。一切の音なく撃てる上に即効性の毒が仕込まれている為、どんな状況においても誰にも気づかれず暗殺することが可能。


 鈴蘭が座椅子から立ち上がると同時に、三人が鈴蘭へ背を向けた。


 ――今。


 瞬間、指で蔓を弾く。

 銀の棘となった弾丸が数発、壱郎の首筋に向かって撃ちこまれた。


「――っ」

「? どうした山っちゃん?」


 棘が撃ち込まれ、びくりと壱郎の身体が震える。


 ――任務完了。なんかあっけない仕事だったな……。


 なんて拍子抜けしつつ、壱郎を見下ろす。




「いや……なんか虫に刺されたみたいだ」

「え、蚊だろそれ」

「まあそうだよな……俺、蚊に刺されないタイプなんだけどなぁ」


「………………えっ?」


 信じられない光景に、鈴蘭は思わず困惑の声をあげていた。


 弾丸は確かに壱郎へ命中した。撃たれれば最後、ミノタウロスですら数秒も持たない毒が仕込まれているというのに……壱郎は何事もなかったかのように歩き出しているではないか。


「……ん?」


 と、首筋をさすっていた壱郎が異物の存在に気が付いた。

 抜き出してみると……手元には棘のような銀の弾丸が。


「なあ。これって燃えないゴミかな?」

「ん? いやいや、それどう見ても燃えないだろ」

「だよな」

「えっ……? えぇっ……?」


 そもそもそんなものが撃ち込まれていることに疑問を抱いたのはユウキのみで、壱郎と相馬は特に気にすることなくポイッと弾丸をゴミ箱へ捨てる。


「じゃあ次は靴屋に――」




 ――な、なるほど……。


 自分の商売道具をゴミ扱い。ここまで屈辱的な態度をされたことがなく、鈴蘭の口元がひくついた。


 思い返されるは、この依頼をされた時の言葉。


『殺し方は問わん。好きにしろ』


 銀の鈴蘭。仕事こそが生きていく手段であり、殺しこそが彼女にとっての全て。


 ――やってやろうじゃない。


 今、鈴蘭の心に『壱郎を必ず始末する』という闘志が燃え上がった。


――――――


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