第73話 Lv.1には刺激が強すぎる
――どうして。
数時間後。
鈴蘭はショッピングモール内のベンチにてひどく落ち込んでいた。
――どうして……あの男は死なないの……?
平和な日常風景の中、殺伐とした内容で思い悩んでいる少女がここにいた。
「――おっ、文字Tあるぞ! 『I♡BAKA』っての買おうかなぁ」
「僕これ! 『天上天下唯我独尊』!」
「え、二人とも買う感じ? じゃあ俺は――」
目の前で繰り広げられるのは男三人組のなんでもない雑談。壱郎は片手にジュース(毒入り)を持ちながら、暢気にユウキたちとショッピングしている。
あれから――あれから、ありとあらゆる手を尽くした。
だがどんな毒も効かないし、傷一つつきやしない。更に落下物をノールックで受け止め、ゲームセンターで熱中してる時さえも油断してないのだ。UFOキャッチャーに熱中しつつも、棘の弾を手でキャッチした時は心底震えた。
――殴殺、絞殺、圧殺……ダメだ、これ全部やっても死なない未来が見える。
どんな策を巡らそうが、鈴蘭にとって今の彼は無敵の存在に見えて仕方がない。
――なら連れの二人を狙うとか……いや、警戒されるだけで何一つ意味がない。
今の彼は鈴蘭が命を狙ってるだなんて気づいてない。つまり、戦闘態勢に入ってないのだ。
もし壱郎がなにかの拍子で戦闘態勢に入ったとしたら……任務どころか自身の命さえ危ぶまれるような気がする。
――というか……Lv.1なのにどうしてあんな実力があるの? レベルが絶対の数値なのに、あの男の場合、それを逸脱してる気がする。
通常ならスライム一体でも倒すのに苦労しそうなレベル。実力は完全に小学生以下で、どうやって生き残ってきたさえも不思議なほどだ。
――レベル格差社会……か。
ふと、彼女の脳裏に過去の記憶が呼び起こされる。
鈴蘭がまだ銀の鈴蘭なんて呼ばれる前の出来事。
――お前はどうしてできないんだ。
冷たく威圧的な言葉が彼女の肩に重くのし掛かる。
――他の子はできてるのに、どうしてお前はできないんだ。
勉強や運動よりも、レベルこそが重要視される昨今。高ければ高いほど評価され、低い者は努力してないと見下される。
――お前なんか……出来損ないのお前なんか……!
――あぁ……忌まわしい記憶だ。
首を横に振って、考えないようにする。
この時の彼女は……もういない。今の彼女は銀の鈴蘭。暗殺を生業とする者。余計なことは忘れ、今は仕事に専念する。
「そういえば壱郎……大丈夫? さっき、なんか落ちてこなかった?」
「んー? あぁ、平気平気。てか昼食も不思議な味だったよ……なんか今日、ついてない気がするんだよなぁ」
――私のこれまでの行動を『ついてない』の一言で済ませるのか、あの男は……!
ぴくぴくと青筋を浮かべ、拳を固める。
――こうなったら……最終手段はこれしかない。
間接的に殺せないのなら……直接狙うまで。
鈴蘭は懐に忍ばせた短剣へそっと手を添えた。
***
「じゃあ、また。今日はありがとな」
「いやいや、楽しかったぜ! 気をつけて帰れよー!」
「相馬くんもね。ばいばーい」
日が暮れた帰り道。
楽しい休日もあっという間に終わり、壱郎とユウキは相馬と別れた。
「明日は配信だっけ?」
「あぁうん。エリィが般若の子を連れてくるって」
「般若の子……あぁ、ブルーナちゃんね。え、大丈夫? あの子、相当な人見知りでしょ?」
「俺もそう思ったんだけど……お面付けてたら案外いけるらしい」
「へぇー、そうなんだ。でも配信に出演してくれるなんて、意外とそういうのが好きだったりしてね」
「まあ未だに素顔は見せてくれないって嘆いてたけど」
「それは……エリィちゃんの強引さに問題があるんじゃないかなぁ?」
以前有無を言わさず衣服を追い剥ぎされた経験のあるユウキは苦笑するしかない。
……なんて二人が会話していた、その時だった。
曲がり角を曲がった瞬間、突然黒い影が壱郎たちに向かって飛び出してきた。
――敵か。
一瞬で判断した壱郎は左手でユウキを後ろに回しつつ、右腕を構える。
――【酸】+【伸縮】+【衝撃波】+……。
拳を固め、迎撃態勢となった彼だが……夕焼けに照らされた銀の髪がなびくのを見てしまった。
――女の子か!?
その事実が壱郎の行動にブレーキをかける。
出しかけた拳を止めようとするが……どうしても完全停止することができず、振りきってしまう。
結果、壱郎のアッパーは正体不明の銀髪少女の前で振るわれ。
――ドパァンッ!!
派手な衝撃音と共に――衣服のみが弾けとんだ。
弾けとんだ。
弾けとんだ。
素っ裸にされてしまったのだ!
「…………」
晒されるいたいけな少女の裸体。
相手も何が起こったのかわからず、ポカンとしてしまう。
沈黙が続くこと数秒。最初に口を開いたのは壱郎だった。
「こ――公然わいせつ罪!!」
「…………」
原因は壱郎にあるのだが、彼も襲われている身。全ての責任を突然現れた少女へ押しつけた。
「ちょいちょいちょい! なにやってんの君、こんなことしちゃダメだって! ユウキ、紙袋から俺のTシャツ出してくれ!」
「あっ、う、うんっ。はいっ」
壱郎の指示にユウキは慌てて買ったばかりの服を取り出す。
渡されたTシャツを少女に素早く着せ、ついでに今朝来ていたワイシャツも羽織らせる。
「ふー……これでよし」
成人男性サイズであるため、少女が着るとワンピース姿に見えなくもない。
とりあえず公衆の面前でも平気な格好になったことを確認した壱郎は、ぽんぽんと小さな頭を撫でる。
「次からは気を付けるんだぞ」
なんて言い、満足したようにくるりとユウキの方へ振り返った。
「さ、帰るぞユウキ。あんま遅くなるとエリィ怒るからさ」
「え、あ、うん……うん……」
『いいのかなぁ?』なんて疑問に思いつつも、ユウキは少女を一瞥して壱郎の後ろをついていく。
「…………」
その場に残された銀髪少女――鈴蘭は長い息を吐いた。
――負けた……。
暗殺も失敗、奇襲も失敗。更に相手は手を抜いていた。ここまで実力差がはっきりしていると、鈴蘭も素直に敗北を認めるしかないだろう。
ふと、彼女は壱郎から着せられたTシャツに大きな文字が書かれていることに気がついた。
『働いたら負け』
「~~~! なんなのっ、本当なんなのっ、あの男……!!」
銀の鈴蘭。初の任務失敗は、色んな意味で負けた気分を味わった。
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