第71話 Lv.1、標的にされる
ここは何処かの廃ビル。
かつて冒険者職の会社だったが、倒産となった会社内。
もう誰も踏み入れるはずもないビル内に、一人の少女が体育ず割としていた。
美しい銀髪をした少女。推定15歳の見た目、黒を基調とした衣装に鼠色のボロ布を羽織っている。
翠の瞳は割れた窓から見える月夜をじっと見つめ、何を考えているかわからない。
と、ポケットのスマホが鳴り出す。
鳴り出して1秒。銀髪の少女は素早くボタンをタップしていた。
『仕事だ、銀の
スピーカーから聞こえてくるのは……見なくてもわかる相手。もう聞き慣れてしまった声。
「次はどこ?」
『埼玉県を中心に活動している冒険者だ』
「埼玉県……」
続いて、送られてくるのは一人の男の画像。
『名前は山田壱郎。殺し方は問わん。好きにしろ』
「……雑な指示」
『それだけ緊急性がある依頼だ。やるのか? やらないのか?』
「報酬は?」
『訊かなくてもわかるだろ? いつものやつだ』
「……了解。明日、実行予定」
『健闘を祈る』
プツッと音を立て会話は終了。
――殺し方は問わない、か。
鈴蘭と呼ばれた少女は思案する。
今まで何度も依頼をこなしてきたが……ここまで雑な指示は初めてだ。
計画書なし。なのに、緊急性の高い仕事。
――相手の動きが読めないから?
計画書通りに動かないだろうから――敢えてなにもないのか。
「ぅぐっ……!」
と。
突然思案してた彼女の顔が歪みはじめた。
「忘れて、たっ……! くっ……!」
鈴蘭は慌ててバッグから注射器を取り出すと……慣れた手つきで左手首に針を刺した。
「――! はぁっ……はぁっ……!」
苦しんでいた様子が徐々に落ち着いていく。
その注射器の中身は……最近巷で噂の『モンスタースキル』と呼ばれる代物。
「……殺し方は問わない。任務はこの男の暗殺」
と、彼女の身体から棘の生えた茎が伸びてくる。
鈴蘭はピンと弾くと……茎から飛び出してきたのは毒針。
銀色に光る針が数本射出され、コンクリートの壁に打ち付けられた。
「暗殺……暗殺……暗殺……」
何度も反芻し、ちろりと赤い舌が唇を舐める。
コードネーム、銀の鈴蘭。本名は誰も知らない。
最近、凄腕の殺し屋として名を馳せている者。それがこんなか弱そうな少女だとは――誰も想像しないだろう。
***
「お兄はもっとSNSを上手く活用した方がいい」
「はあ……」
その日、壱郎は拠点にて百合葉からアドバイスを受けていた。
「これ、お兄のアカウントね」
と百合葉がノートパソコンで壱郎のtweeterのプロフィール画面を見せてつけてくる。
「なにが足りないと思う?」
「うーん、なにと言われたら……宣伝?」
「……はぁ」
首を捻る壱郎に、百合葉は深いため息をついた。
「正解は日常的な会話の薄さ。こんな配信開始のつぶやきしかしないアカウント見ても、お兄の日常ってのがリスナーに伝わるはずもない」
「うーん、そうなのかな……?」
「そうなの。リスナーたちが観たいのは配信だけど、配信外でお兄がどんな日常を過ごしてるのかってところもなの」
と百合葉が別のアカウントを表示する。
「これは前に共闘した廿楽ラヴィットさんのサブアカ。ほら、色々書かれてるでしょ?」
彼女が言った通り、ラヴのアカウントには日常的に起きたことや画像が色々と投稿されている……そのほとんどがシャドーに関することだが。
「あっ、でもこれ、サブアカじゃん。じゃあ俺も別のアカウント作った方がいいのか?」
「そりゃ相手は企業勢だからね。配信以外にも告知とか色々つぶやかなくちゃいけないことあるから、敢えて分けてるんだよ。個人勢のお兄はそのままでいい」
「あぁ……なるほど」
確かに個人勢と企業勢ではSNSの使い方にもかなりの差があるようだ。
「よし、となれば早速やってみるか。毎日日記みたいに書けばいいのか?」
「いや、そうじゃない。というか、そこまで日常生活を書きまくると効果薄い」
「……んん? リスナーは俺の日常を知りたいんじゃないの?」
明らかに矛盾してる百合葉の発言に、壱郎は首を捻る。
先程は日常的なシーンを見せるべきだと言ってたのに、日記形式で書くのは効果が薄いらしい……というのはどういうことだろうか。
「だって毎日書いたら、全部想像できちゃうじゃん」
「……?」
「リスナーはね。少ない情報で妄想するんだよ」
「……妄想?」
「例えば」
頭の上に疑問符を浮かべ続ける彼に、百合葉が人差し指を一本立てる。
「日常的な内容をつぶやかないアカウントと、定期的につぶやくアカウント。どっちの方がファンは追いかけると思う?」
「そりゃあ……後者だろ」
「じゃあ日常的に事細かにつぶやくアカウントと、定期的に間が空くアカウントは?」
「……えっと」
「正解は後者……そうだね、エリィさん風に言うのであれば」
と、人差し指をびしりと壱郎に向かって差す。
「配信者の掟。オタクの心を掴みたければ、空白を活用せよ」
「……空白」
「誰かと何かをしたことをつぶやくことにより、情報を与える。それが断片的に続くと、『この期間はこういうことがあったんじゃないのか』『この人ならこういうことをやってそう』『原作とアニメで言ってないだけで、絶対言ってるセリフ』などが生まれてくるの」
「いや、最後のおかしくないか? なんだよ、『原作とアニメで言ってないだけで言ってる』って」
「それがオタクなの」
「そう……なのか」
「そうなの」
よくわからないがそういうことらしい。
だんだん流されつつ壱郎を捲し立てるように、「というわけで」と百合葉が続けた。
「――お兄はまず情報を出すところから。手始めに、どこでもいいから誰かと出かけてきなさい」
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