第43話 Lv.1のあっけない最期

 さて、最高の見せ場シーンが一瞬で終わってしまった事実は変わらない。

 エリィたちは呆気なく倒されてしまった三つ頭のドラゴンの死体を調べることにした。


:ど真ん中に穴開いてて草

:こいつ強かったんだろうなぁ…

:三つ頭の時点で明らかにヤバいもんな

:相手が悪かったんだ、仕方がない

:どっかの誰かが強すぎるのが悪い


「そうだよねぇー。どっかの誰かさんがあっけない最期にしちゃったからねぇー」

「…………」


 コメントとエリィに指摘されたどっかの誰かさんは、そっぽを向いて見て見ぬふり。


 そんな中、ドラゴンの脚部を調べていたユウキが「あっ」と声を上げる。


「ん、どうしたー?」

「こ、これ……!」


 とユウキが若干震えながら指さしたのは――ドラゴンの指にはめられている、黄金の指輪。

 なにやらルーン文字らしきものが刻み込まれていて、指輪の側面に燃えるような赤い宝石が嵌め込まれている。


「……無限の指輪! 間違いない!」


 確認しにきたエリィはその指輪を見るなり、確信したように叫んだ。


:えっ

:おいおいおいおい

:マジ?

:無限の指輪!?

:は?ガチじゃん

:リンちゃんが持ってるやつと同じ!

:6つしかない指輪?大事件じゃね?

:ええええええ

:やばい!!

:マジか、マジかおい


「待って待って、ちょっと待ってくれ」


 徐々に盛り上がっていくコメント欄に対し、壱郎が慌てて手を挙げる。


「デカすぎないか? これ人用? こんなん胴体すら通せるよ、フラフープできちゃうよ?」


 そう……当然のことだが、ドラゴンの指の大きさと人間の指の大きさは全く違う。こんな巨大な指輪が人の指に入るわけがないのだ。


「あー……それは多分なんだけど」


 エリィが指輪に手をかけると、意外にも指輪は簡単に抜けた。

 すると……巨大な指輪がたちまち人がつけるサイズぐらいまでに縮んだ。


「えっ、あっ、そんな簡単に変わるの?」

「マジックアイテムだからね」


 あまりにもあっさりとした解決方法に、なんだか気が抜けてしまう壱郎である。


「ちょっと試してみよっか。壱郎くん、右手人差し指出して」

「え、指の指定まであるのか?」

「うん、無限の指輪ってその指じゃないと効果を発揮しないんだ。大きさは変化するから、ガントレット取らなくてもいいよ」

「ん、わかった。試してみよう」


 と、壱郎が右手を出し、エリィがその右手に指輪をはめようとした――その時。





「あっ、やばい」

「えっ――わわっ!?」




 急に何かに反応した壱郎がエリィのことを突き飛ばす。




 と、次の瞬間――彼の頭上から巨大な岩石がいくつも降り注いできた。




:えっ

:えっ

:あっ!?

:!?



「い、いち――んぎぃっ!?」


 慌てて声を上げるエリィだが……他人のことを心配している余裕などない。


 何故なら――どこからともなく飛んできた光の縄が、彼女の身体を縛り上げたのだから。


 ――これは……バインドスキル!?


 壱郎が突き飛ばしてくれたおかげで、辛うじて右手だけは動かせるが……それ以外は縄できつく縛り上げられ、エリィは地面に転がった。


 突然の出来事に混乱してる中……一人の影がゆらりと近づいてくる気配を感じた。


 それは……どこかで見たことがあるような、小太りの中年男性。



「あ、あなた……!」

「――また会えたね、エリエリ。嬉しいよ」



【♰黒天の覇者♰ Lv.46】



 壱郎の元上司、黒崎が気味の悪い笑みを浮かべながら、エリィのことを見ていた。


「な、なんで……!?」

「あれあれ? そんな難しいことじゃないと思うんだけどなぁ。君たちは今配信中なんだから、どこにいるかだなんて、すぐわかるもんでしょ」

「……! なにしに、来たの!?」


 相手に悪意があると判断したエリィが精一杯睨みつける。


「奪いに来たんだよ。あいつが持ってるもの、望んでるもの全部を――ねっ!」

「あぁあっ!?」


 そう言いながら、黒崎がエリィの右手を踏みつけた。

 思わず緩めてしまった彼女の手から無限の指輪を奪い取る。


「へー、これが無限の指輪か」

「……! ダメ! それは――!」


 なんて言い終わらないうちに、黒崎は指輪を右手人差し指にはめた。

 はめてしまった。


「――!」


 すると、黒崎の身体にとてつもないオーラが纏う。


「おぉっ……おおおぉぉっ……!」


 溢れ出てくる強大なエネルギーに、黒崎は思わず雄叫びを上げる。


 ――やばい!


「――君は! そこで何をしてる!?」


 と、岩石の雪崩から逃れていたユウキが黒崎を視認すると、ロッドを構えた。



「っ! ユウキ、逃げて!」


 慌ててエリィが警告するが……彼は既に攻撃態勢に入っている。


「【アイシクルショット】!」


 氷塊が弾丸のごとく、黒崎へ向かって飛んでいく。


 ……が。



「ふんっ!」

「なっ――!?」


 黒崎がスッと右手を差し出すと――ユウキの氷塊はいとも容易く受け止められてしまった。


「【ウィップ】!」

「――ぅあっ!?」


 黒崎の手から光の縄が放たれ、ユウキの腕を絡めとる。


「ぐ、ぅうっ……!?」


 通常の【ウィップ】より何倍にも力が倍増されていて、ユウキは成す術なく、黒崎の方へ引き寄せられてきた。


「てめぇは確か……俺のことを蹴りあげてくれた野郎だな?」

「……っ! 【ファイヤーボール】!」

「効かねえよ」


 至近距離で火球を放つも、黒崎が手で軽く払いのけてしまう。


「そんなに球が好きならよぉ――お前がボールになればいいんじゃねぇか!? あぁっ!?」


 黒崎はそう叫ぶと、ユウキに向かって蹴りを入れた。


「あがぁっ――!?」


 その凄まじいひと蹴りで、ユウキは壁まで吹っ飛んでいく。


 ――100%……フルパワー!


「【インパクト】っ!!」

「おっと」


 唯一自由のきく右手で黒崎に拳を叩きつけるが……彼はエリィのパンチを難なく受け止めた。


「――っ!!」


 ――わ、私のフルパワーが……!


「ダメだよ、エリエリ。君のことは傷つけたくないんだ。大人しくしてないと――」


 と黒崎が、エリィの背中から大剣を引き抜くと――思いっきり地面に踏みつけた。


「こんな風になっちゃうよ?」

「……!」


 たったそれだけの動作で……大剣は真っ二つに折れてしまう。

 あの圧倒的なパワーに、エリィの表情が青ざめる。


 百合葉に報告しようにも……インカムがない、最初の衝撃で、何処かへ吹き飛んでいってしまったらしい。


 ――勝てない……!


 絶望的だった。黒崎の一撃一撃の破壊力は最早Sランク級。止めようとして止められるものではない。


:なにこいつ

:クソ上司じゃん

:離れろ

:消えろ

:おいやめろ


「ハハッ、てめぇらは画面の前で指でも咥えてろよ!」


 一斉に罵倒で埋まるコメント欄に対し、黒崎が鼻で笑った。


「本当はドローンカメラをぶっ壊してやりたいところだが……お前らにはがあるんだよ」

「見せなきゃ……?」

「知ってるんだよ、エリエリ。君がみんなに隠してることを」

「――!!」


 ゾワリと毛が逆立った。

 確証はないが……黒崎のいう隠していることに、一つだけ心当たりがあるから。


 ――まさか……!


「さぁ――その可愛い背中を見せてごらん」

「んやっ! あっ!?」


 エリィを縛っている縄が引っ張られ、無理矢理上半身を起こされる。


「い、いやっ! やめっ――!」


 彼女の弱々しい抵抗も虚しく――ワンピース型の水兵服が背中から思いっきり引き裂かれていった。


「あぁっ……!」


 バサリと。

 背中を破られ、彼女の素肌が晒されたことにより……悪魔の翼が広がってしまう。

 ドローンカメラはその様子をただ無情に映し出しているだけ。


 ――見られた……見られてしまった……!


「ハ、ハハッ! ヒハハハハハッ!! どうだお前らぁ! これがぁ、エリエリの秘密だよぉっ!!」

「……っ!」


 黒崎は下衆な笑い方をしながら、エリィをわざとカメラの前まで近づけさせる。


 ……と。


「むっ……」


 エリィの右手が動いた。

 立体映像ホログラムに彼女の手刀が走り、コメントがオフにされる。


 今の彼女ができる、唯一の悪あがきだった。


 続けて録画も停止しようと、ドローン本体に手を伸ばすが――


「おっと」

「――んくぅっ!?」


 エリィのか細い右手首が掴まれてしまう。


「まったく……そんなつまらないことしないでほしいね。ネット上に配信を届けるのが配信者の役目なんだろう?」


 なんて黒崎が余裕ある態度を見せる。この前の意趣返しなのだろう。


「それにしても……もあっけない最期だったなぁ!? おい地獄で見てるかぁ! 指輪も! エリエリも! 奪ってやったぞ! 全部俺のものだ! ヒーッハッハッハッハ!」


 カメラに向かって勝利宣言をした彼は、ニンマリとエリィの顔を覗き込んだ。


「なあエリエリ、今どんな気持ちだ? 何もかも奪われて――どんな気持ちなんだ?」

「…………」


 嫌がっていることを知っての上の質問だった。

 最悪の気分であることを承知していて尚、彼女に更なる屈辱感を吐露させるためにわざとした質問だった。


 きっと悔しいのだろう。悲しいのだろう。絶望しているのだろう。


 黒崎は感情がぐちゃぐちゃになって濁っていくエリィの表情を期待して待つ。


「……のせい、だよ」



 やがて、彼女の口がゆっくりと開いた。



「あなたのせいだよ……」


 ぽたり、ぽたりと。

 大粒の涙が地面にこぼれ落ちる。


「全部あなたのせいだ……あなたに会ったから、考え方も変わったし、今こんな気持ちにもなってるんだ……」

「……? 何を言ってるんだい、エリエリ?」


 エリィの言葉に黒崎が首をかしげた。

 彼女の言ってる「あなた」とは誰のことを指してるのか、わからなかったからだ。


 だが、エリィは黒崎に構わず続ける。


「私、死ぬのなんて怖くなかった……だって冒険者はいつ死んでもおかしくないから、そのくらい覚悟してたんだ――でもっ!」


 俯いていたエリィは顔を上げた。

 涙が溢れ出ているその顔は――決して絶望に染まってない。


 黒崎なんか、カメラなんか気にせず――僅かな希望を込めて瓦礫の奥へ叫んでいた。




「あなたのせいで――死ぬのが怖くなったじゃないっ!!」



 ――瞬間。


「う――ぉおっ!?」

「っ!!」


 岩の破片が弾丸のように飛び出し、黒崎の身体に向かって飛んできた。

 予期せぬ不意打ちに小太りの身体が吹き飛ぶ。



「――エリィちゃん!」

「……!」


 と……先程やられたはずのユウキが、自身の青いマントを脱いでエリィの背中をかぶせてあげた。


「ぐっ……お前かぁ……!」


 黒崎がよろよろと立ちあがる。


「調子に乗るなよっ……! お前ごときが、今の俺に勝てるわけねぇだろうがっ!」

「うん、そうだね」


 怒りの籠った台詞に、ユウキはさらりと頷く。


「僕じゃ力不足だ。君を倒すのも、エリィちゃんを助けるのも――僕の役目じゃない」

「……あぁ?」

「わかるかい? 君の相手は僕じゃないってことさ――もちろん、さっきの攻撃も」


 ボロボロになりながらも余裕たっぷりの態度で言うユウキの耳から、なにやら合成音声が聞こえてくる。


「ん? うん……うん……わかった。エリィちゃん、コメント表示してみてごらん」

「えっ……? で、でも……」

「大丈夫、僕を……リスナーたちを信じて」

「…………」


 とユウキに促されるがままに、コメント欄を開いてみる。


 現在同接5万人。この配信を観ているリスナーたちは――エリィの秘密なんて話題より、一心不乱に声援を送っていた。


:頑張れ!

:立て!

:立て!

:頑張れ!

:立て!

:まだいけるだろ!?



 この声援は誰に送っているのだろうか。


 エリィ? ユウキ? それとも百合葉?



:そんなんでやられるお前じゃないだろ!



 ――違う。



:さっさと起きろ!



 みんなが望んでいる人物は――他にいる。



:こんなクソ上司に負けてんじゃねーぞ!



 瓦礫の中から――微かにぱらりと音が聞こえた。



:いつもみたいに見せてくれよ!



 エリィはヒーローに自分を救ってほしかった。



:ここから逆転してみせろ!



 だが、今はそうではないのだ。

 エリィが本当に助けて欲しいのは、ヒーローじゃなくて――。



「助けて……」



:お前がエリィを助けなくて、誰が助けるんだ!!



 コメントの熱気につられ……彼女も心のままに叫んだ。




「助けて――壱郎くんっ!!」

「――っ」




 瓦礫の山が轟音を立てて吹き飛んだ。


 立ち籠もる土煙の中にいたのは……一人の男。


 白のワイシャツ、銀のガントレット。

 ばさりとスカーフを彷彿させる赤いネクタイがはためく。



【山田壱郎 Lv.1】



「や――山田ぁっ……!!」


 立ち上がった人物――壱郎を見て、黒崎の顔が歪んだ。


――――――


 ここまで読んでくださりありがとうございます。


 みなさん、彼を応援してあげてください。


 彼の名を呼んであげてください。

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