第44話 Lv.1よ、立ち上がれ!
:山田ぁ!
:山田ぁ!
:とっとやれ!
:山田ぁ!
:壱郎ニキ!
:山田ぁ!
:お前の出番だ!
コメント欄が歓声で溢れていく。
壱郎は黙って瓦礫の上から飛び降りると、ゆっくり黒崎の方へ歩いていった。
「て、てめぇ……!」
黒崎は歯ぎしりをすると、彼に向かって手を突き出した。
「【ウィップ】!」
光の縄が壱郞に向かって飛んでいく……が。
「あっ……?」
彼の攻撃は、当たることなくすり抜けていった。
「っ……クソがぁ!」
黒崎が両手の縄を操作し、連撃を繰り出していく。
だが、それも。
「な――なぜだ!? なぜ、当たらん!?」
すり抜ける、すり抜ける、またすり抜ける。
どんなに攻撃を与えようとしても、彼の体を捉えることができないのだ。
――【液状化】。
壱郎の体は今、限りなく水に近い状態と変化している。
どんなに強力な鞭のスキルを使用したとしても……彼を捕まえることなど不可能!
壱郎の拳が繰り出された。
「ぐ――ぅうっ!!」
慌ててガードする黒崎だが、あまりの威力に大きく吹き飛んでいく。
「ちっ……!」
こちらからの攻撃は効かない。だが、向こうの攻撃は指輪の力でも防ぎきれない。黒崎は焦っていた。
――なら、こうすれば!
「【ウィップ】!」
再び光の縄を放つ黒崎だが……相手は壱郎じゃない。
その先にいるのは――エリィとユウキ。
二人が攻撃に気が付く前に……壱郎は動いた。
信じられないようなスピードで肉薄し、黒崎の放った縄を自身の腕に絡ませる。
「ハッハァ! とった!」
これこそ黒崎の作戦。仲間を狙ってしまえば、必ず守るだろうと考えたのだ。
「どんなトリックか知らねぇが……こうなっちまえば、俺のもんだなぁ!?」
下卑た笑みを浮かべ、壱郎を見る。
……だが。
「うぉっ――!!?」
引っ張られたのは黒崎だった。
捕まっているのは壱郎の方。だが右腕に絡めとられた縄を引いて、持ち主である黒崎の方を自身の方まで引き寄せられたのだ。
――こ、この俺がパワー負けしてるだと!?
やられる――引き寄せられた黒崎は反射的に顔をガードし、目を瞑った。
「……?」
だが、攻撃はいつまで経っても来ない。
おそるおそる目を開くと……壱郎は目の前にいるのにも関わらず、左手で「来いよ」とジェスチャーしていた。
「――! な、な、舐めやがって!!」
そんな彼の態度にブチギレた黒崎が拳を固める。
「Lv.1なんかのてめぇが――格上の俺に勝とうだなんて、生意気なことしてんじゃねぇよ!」
怒りを込め、先進のオーラを弾けさせてストレートを繰り出した。
凄まじい威力のパンチが壱郎の身体に沈み込む――
「――この程度か?」
「お、あっ……?」
――はずだった。
黒崎の渾身の一撃は、壱郎の空いた左手でいとも容易く受け止められていた。
そして黒崎は放った拳から僅かな煙と……じわじわと蝕むような痛みが襲い掛かった。
――【酸】。
「あ――あぁぁあああぁぁぁっ!?!?!?」
あまりの激痛に黒崎から悲痛の声が上がる。
「指輪の力っていうのは――こんなものかって言ってるんだよ」
ようやく口を開いた壱郎の拳が繰り出された。
「ごぼぉっ!!?」
黒崎は防ぎきれず、拳は小太りの身体に沈み込んだ。
「指輪の力がどんなもんか知りたかったんだが……正直、期待外れだな」
小さなため息と共に彼が力を込めた瞬間……右腕を拘束していた縄がはじけ飛ぶ。
「な、ぁっ!?」
「そういえば部長、この縄でわざと俺の背中にぶち当てたことあったよな?」
壱郎は冷酷な瞳で黒崎を見る。
「あの時は俺が部下だったからスルーしてたが――【ウィップ】」
「なっ――!?」
と、壱郎の拳から黒崎と同じ光の縄が顕現された。
「ぐぁあっ!?」
先程のエリーのように、今度は黒崎がバインドされる番だった。
「こ、こんのぉぉぉぉぉおおおおおっ……!!」
ありったけの力を込める黒崎だが……まったく縄がほどけない。
それどころか……。
「あっ、あぁっ……?」
オーラがゆらりと消えていく。
全身から力が抜けていき、突然彼の身体に疲労感が訪れる。
「……活動限界があるようだな、その指輪にも」
力が出なくなった黒崎を見つめる壱郎だが……だからと言って、攻撃をやめるわけではない。
むしろその逆。空いた左手で同じ縄を顕現させると、身動きが取れない黒崎に向かってビシッと打ち付けた。
「んがぁあああっ!?」
「さっきまでの威勢はどうした? ほら、抵抗してみせろよ」
壱郎の攻撃は続く。
無慈悲、ただ無慈悲に黒崎の身体を何度も打ち付けていく。
「こ、この……Lv.1のくせに……社会の最底辺のクソ雑魚のくせにぃい……!」
「そのクソ雑魚に今やられてんのは、誰なんだ?」
黒崎がいくら暴言を吐こうと、壱郎には一切効かない。
ただ凍てつくような態度で、攻撃を繰り出し続けている。
「くそっ……くそくそくそっ! この――化け物がぁっ!!」
「……っ」
と黒崎が怒りを込めた表情で叫んだ時、ピタリと壱郎の手が止まった。
「お前がっ、お前がエリィを助けること自体がおかしいんだ! あんなのやらせだ、やらせ!」
「…………」
そう、黒崎はあの時から知っていた。
最初にエリィがSランクモンスターに襲われた時も、今までの配信も。
「お前は違う、違うだろぉ!? お前は『永遠のLv.1』! 社会のゴミとして扱われて、最底辺の社畜としての人生を歩めばいいんだよ! こんなの間違ってるんだよ!」
「……どっちが」
「カスカスカス! 消えろゴミ野郎! 雑魚! 化け物! 化け物化け物化け――」
「――どっちが! 化け物だぁぁぁぁぁあああっ!!」
聞いたことない壱郎の怒声がフロアに響き渡った。
「人の手柄を横取りする、背後からの攻撃なんて卑怯な手を使う、力に溺れる……挙句の果てには人が隠してた秘密をばらす! お前の方が化け物にしか見えねぇだろうが!」
「ひっ……!」
初めてだった。
壱郎がここまで本気で怒っているのを、誰も見たことがなかった。
「それに――それにエリィさんは俺を救ってくれた恩人なんだ! その恩人に向かって! なにしてくれてんだお前はっ!!」
「ぶばぁっ!?」
壱郎の蹴りが黒崎の顔面を蹴り上げる。
「ぶっ……ま、まだっ……! まだ俺はっ……!」
「あぁ、これくらいで伸びちゃ困るよ――今の全部、牽制程度しか力を出してないしな」
「け、けんせっ……!!?」
ビクリと黒崎の身体が震えた。
今までの殴り、黒崎よりパワーの強い縄、鋭い蹴り……今までの攻撃は全て、手を抜いた攻撃だと彼は言ったのだ。
「う、嘘だ! ハッタリだ! この詐欺師め!」
「試してみるか?」
「ひぃっ!?」
壱郎の右拳が握られる。
――【伸縮】。
「や、やめろっ……!」
+【伸縮】。
「や、やめてくれっ……!」
+【伸縮】。
「や、やめてっ! やめてくれえええええっ!」
+【衝撃波】。
「お前が倒される原因はただ一つ――」
+【衝撃波】!
「――エリィさんに! 手を出したことだぁぁぁあああああっ!」
「あああああぁぁぁあああっ!!?」
ロープが解かれた黒崎の身体に壱郎の拳が叩き込まれる。
「ひぎゅぁぁぁあああああっ――んごほぉぉぉっ!!」
黒崎は情けない声を上げながら、勢いよく壁へとぶち当たった。
「……っ」
壱郎の攻撃により、エリィを縛っていたバインドは解除。彼の指から滑り落ちてきた無限の指輪をキャッチする。
「い、壱郎くん……」
「大丈夫だ、エリィさん」
動かなくなった黒崎を見て、壱郎はエリィの元へ行くと――そっと抱きしめた。
「……っ!!」
「大丈夫、もう大丈夫だから」
「うん、うんっ……! ありがとう、壱郎くんっ……!」
彼の抱擁を受け入れたエリィの目から、再び大粒の涙が零れ落ちた。
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