第42話 Lv.1、開かずの扉に挑む

「秩父ダンジョンには動物系のモンスターが多い理由、知ってる?」


 企画配信2日目。残りのクエストをこなしている最中、ふとエリィが話題を振ってきた。


「秩父市って自然が多いじゃん? その影響もあって、小型から大型までの色んなモンスターが棲みやすくなってるんだよ」

「へぇ……だからレッドバットとか、キラーアント、ホーンラビットなんかもいるんだな」


:へー

:初めて知った

:これは叡智

:為になるなぁ

:豆知識たすかる


 エリィの解説に壱郎のみならずリスナーたちも多くの反応を示す。


「裏を返すと、人型のモンスターは割と少ないんだ。ゴブリンとかオークとか」

「……ん? オーガとコボルトは? あれも人型なんじゃ?」

「頭部が獣だから、獣扱いなんじゃないかな。よくわからんけど」

「なるほど――じゃあこいつにとって、ここは絶好の狩り場なんだな」


 と壱郎が指し示すのは……Bランクモンスターのキリングレンジスパイダー。長い脚を利用し、射程距離を伸ばしている厄介なモンスターである。


「よいしょっと」


 だが……壱郎にはそんなもの関係ない。

 接近してきた巨大蜘蛛の脚をのノールックで掴み上げると、そのまま頭部めがけて拳を繰り出す。


 ――【伸縮】+【衝撃波】!


 ドパンッ――という激しい音と共に蜘蛛は遥か後方へ吹き飛んでいった。


「よし、あいつで最後の5体目。クエスト達成だな」

「……本当、壱郎といるとクエストを受けてる気分になれないよ」


 あまりにも楽すぎる仕事に、ユウキは軽くため息をつく。


 ――現在14時半前。予定より早く終わったな……。


 チラリと確認したエリィはポンと手を打った。


「これでクエスト完遂! みんなお疲れ!」

「あぁ、お疲れ」

「お疲れ様」


:乙ー

:おつかれー

:はっやwもう終わったんかw

:お疲れエリィ

:山田ぁ!ちゃんと水分は摂ったかぁ!?


「というわけで、昨日解けなかった『開かずの扉』、行ってみよう!」


 さて……ここまで順調。ここからが問題。

 今から開かずの扉へ向かうのはいいが……肝心の開け方が、未だわからないのだ。



「……あぁ、それについては大丈夫」


 撮影開始前。そう断言したのは百合葉だった。


「昨日の配信観てて、ちょっと思ったことがあったからさ。扉の前まで行ってくれれば私が指示出すよ」


 淡々と述べる彼女の言葉を信じるか、信じないか。

 それ以前に一切の手がかりも掴んでないエリィたちは、百合葉の試してみたいことに賭けてみることしか選択肢はなかったのだ。


『多分、考え方が違うんだよ』

「……考え?」


 三人のインカムから合成音声の百合葉の声が聞こえてくる。


『うん。まあ、説明するより見てもらう方が早そうだね……山ちゃん、この壁の表面壊して』

「…………」

「壱郎、いや山ちゃん。呼ばれてるよ」

「えっ? あっ、俺?」

『それ以外に誰がいるのさ……』


 百合葉が呆れたような声を出す。

 妹だということがバレない為に敢えて命名を変えているのだろうが……妹から呼ばれ慣れないニックネームに、壱郎は複雑な心境ながらも、壁の前に立つ。


「えーっと……攻撃って、どんな感じにすればいいんだ?」

『表面を削り取るような感じで』

「了解」


 百合葉の指示に壱郎は拳を構える。


「とりあえず軽く……ほいっと」



 軽い掛け声と共に凄まじい威力のアッパーが繰り出された。

 たちまち壁がボロボロと削れ、奥から現れたのは……。



「……おっ?」

「「これ……!」」

『やっぱり』


 表面に現れたのは石壁ではなく――青銅の扉。


『エリィさんが攻撃した時、反響した音にちょっと違和感を感じたんだ。開かずの扉はこんなに小さいものなのかなって』


 エリィは壱郎が扉を持ち上げてしまった時のことを思い出す。

 あの時、壁の欠片は天井から落ちてきた。5m以上頭上にある天井に対して、扉はせいぜい2m程度。それなのに、遥か頭上から破片が落ちてくること自体がおかしかったのだ。


 壱郎が次々と攻撃を当てていくと……やがて現れたのは、約4mにもなる巨大な扉。


『開かずの扉なんかじゃない。壁に埋まってたから開かなかっただけなんだ』


:うおおおおおお!

:SUGEEEEEE

:はい有能

:天才

:眼鏡ニキMVPだわ


 ついに開かずの扉の謎が明かされ、リスナーたちも大いに盛り上がる。


「でも……なんで私のインパクトで開かなかったんだろ?」

『こっちに引く側の扉だからじゃない? ちょっと引いてみて』

「いや、ちょっと引いて……と言われてもねぇ……」


 エリィが上を見上げる。

 取っ手と思わしき部分は遥か頭上に設置されていて、人間の手ではとても届きそうにない。


「こういう時に役立つ道具、なにかなかったかな……?」

『いや、考えるのは面倒だね。山ちゃん、扉へこませて取っ手部分作ってよ』

「いやいやいや。私のインパクトでも傷一つできなかったんだよ? そんな簡単に凹ませられるわけが」

「こうか?」


 ベゴッ!


「できるんかい」


:草

:草

:ヒエッ

:結局、脳筋プレイじゃねーか!

:お前の握力、バグってるよ…


 まるで粘土をこねるかのような要領で取っ手を作った壱郎にエリィたちからツッコミが入る。


「でも、これで扉の奥に行けるね! それじゃあ――」

「ちょっと待った」


 と、扉の向こうへ行きたがるユウキに壱郎は手で制した。


「この奥……なにかいるぞ」

「なにか?」

「うん、かなりデカい。探知してみたけど……ドラゴンじゃないかな、これ」

「「ド、ドラっ……!?」」


 さらりと報告する壱郎に、二人は言葉を詰まらせてしまう。


 Sランクモンスターの特徴は『人の言葉を喋る』という点で判断できるが……ドラゴンはその例外。

 小型種はギリギリAランクだが、大型となると例え喋れなくともSランクモンスターとして指定されているのだ。


 その大型ドラゴンが奥にいる。

 さらにモンスターのパワーが底上げされている現状を考えると……Sランク以上の強さを誇っている可能性が高いのだ。


:ドラゴン!?

:マ?

:え、やばくね

:一旦引き返してもいいぞ


 リスナーたちもそのヤバさに気が付いたようで、次々と心配のコメントが上がってきた。


「エリィちゃん、どうする……?」

「引くか?」

「……いや」


 ユウキと壱郎の質問にエリィは首を横に振った。


「ここまで来たのなら、やってみよう」

「……結構危険かもしれないぞ?」

「そんなの、今まで全部そうじゃない。未踏の地に怯える冒険者がいてたまるもんですか。大丈夫、私たちなら倒せるよ」

「……よし、わかった」

「が、頑張るよっ……!」

『三人とも、気を付けて』


 エリィの言葉にそれぞれのメンバーが反応し。


「じゃあ――開けるぞ」


 壱郎の手によって、巨大な扉がゆっくりと開いていった。


 そこにいたのは――三つ首のドラゴン。


「「――っ」」



 通常のモンスターよりも圧倒的な大きさであり、エリィとユウキに緊張が走った。


 ドラゴンも巨大な瞳をギョロリと向けて、侵入者三人の存在に気が付く。


「すぅっ……はぁっ……」


 ――大丈夫、大丈夫……! きっとやれる……!


 エリィは自分自身に言い聞かせると、大剣を構えた。



「さあ――ラスボス戦だ! 気合い、入れていこう!」




 ――【伸縮】+【伸縮】+【伸縮】+【酸】+【分離】+……【衝撃波】!!




 ドパァンッ!!




「「……へっ?」」


 エリィの合図と共に凄まじい轟音が響き渡ったかと思いきや――三つ首のドラゴンの腹に、突然巨大な穴が開いたのだ。



:えっ

:えっ

:えっ

:!?

:えぇ…

:えっ

:へっ?


 突如起こった出来事にエリィとユウキのみならず、リスナーたちも困惑する中……その中心にいたのは一人の男。


「……あれ?」


 その巨躯は奥の壁まで吹き飛んでいき、まったく動かなくなったドラゴンを見て……壱郎自身もポカンとした表情で見つめていた。


「今の牽制のつもりだったんだけど……もしかして、終わっちゃった?」

「「…………」」


 気まずそうな声をあげる壱郎に、二人は答えない。状況の処理が追い付かず、時間が停止したように沈黙が続く。

 彼はそのまま自分のネクタイを見て「あっ」と気が付き、エリィにそっと声を掛けた。



「ごめん、決め台詞言うの忘れてたんだが……今からでも言っとく?」

「………………色々台無しだよぉっ!!」


 最終決戦。三つ首ドラゴン、推定ランク不明。


 この企画の中で最も見せ場となるはずのシーンは……わずか1秒未満で終わってしまった。

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