第41話 Lv.1と片翼少女の心情

「なんか、こういうのっていいな」

「ん? どしたのさ急に」


 すっかり夜も更けった時刻。満天の星空を眺めながら呟く壱郎の横顔を見てユウキが返答した。


「いや、誰かと泊まるなんて経験がなかったから。気の合う仲間と何かをするのって、こんなにも楽しいんだなって」

「エリィちゃんと出会えたことに感謝しなくちゃねぇ」


 なんて茶化すユウキに、壱郎も「そうだな」と笑みを浮かべた。


 ちなみに今現在、エリィと百合葉はいない。突然「水遊びしなくちゃ!」なんて言い出したエリィが流れのない河辺へ向かっていったのだ。


「でも水着持ってきてなくね?」

「全裸で入れば問題なし!」

「…………」


 なんて大胆過ぎる発言に壱郎はもちろん、配信外でありながらも男というロールプレイをしているユウキもエリィの申し出を断った。

 結果、「一人じゃ寂しいから」という理由で百合葉が半ば強制的に付き合わされている。



「……俺さ、嬉しかったんだ」


 と壱郎が思い返すのは……彼が退職した日のこと。


 ――壱郎くんはもっと自信を持っていいんだ。


 ――うちの壱郎くんをなんだと思ってるんだ。

 


「今までバカにされて当然だったからさ」

「…………」

「あんな風に思ってくれて……あんな風に言ってくれて。本当に嬉しかったんだよ」

「……それさ、今近くにエリィちゃんがいないから言えてる? なに、照れてるの?」

「へっ?」


 ユウキから質問され、首を捻る壱郎。


「いや……別にそういうつもりじゃないが。エリィさんの前でも言えるよ」

「だったら、この話はエリィちゃん本人に言ってあげな? ただの男友達の僕が聴いても、力不足だ」

「エリィさんに……」

「壱郎の素直な気持ちを伝えてあげたらさ。エリィちゃん、きっと喜ぶよ」

「素直な気持ち……ね」


 反芻する壱郎。するとユウキが「さてっ!」と急に椅子から立ち上がった。


「向こうに負けてられないよっ。僕らも遊ぼう!」

「え、何して遊ぶんだ? こっちの河は流れが速いから、泳ぐのはやめといた方がいいぞ? 夜だし」


 なんて忠告する壱郎に、ユウキはチッチッと指を振る。


「おいおい、なにを言ってるのさ。男子が河原でやる遊びと言ったら――アレでしょ」

「アレ?」


 と、地面に転がっている石を一つ掴み上げる。薄く平べったい石だ。


「水切り! さっきは負けたけど……これなら壱郎に勝つ自信があるよ?」

「……面白いじゃん。受けて立つよ」


 不敵な笑みを浮かべるユウキに、壱郎も立ち上がった。



***



「はーっ……ひんやり気持ちいー……」

「なるほど……エリィさんは全裸になることに快感を覚える、と」

「ちょっとー? 人を露出狂みたいなメモするのはやめてくれるー?」


 ところ変わって別の河辺。

 誰もいない夜の水場に、一糸まとわぬ乙女たちが水浴びをしていた。


「それに百合葉ちゃんだって裸じゃん! 一緒だよ一緒!」

「いや、これは仕方なく――」

「えいっ!」


 と。

 エリィがいきなり百合葉の背中へ抱き着いてきた。


「はー……ぬくぬく気持ちいー……」

「……涼みたいのか、あったまりたいのか、どっちなの」

「どっちもー……いいとこどり―……」

「贅沢……」

「でもハグされるのはいいことだよー幸せになれるよー? 私なんて、ほとんどハグされたことなんてないからねー」

「……それは、その羽が原因で?」


 百合葉はちらりと後ろを向き、右だけ生えている漆黒の羽を見る。


 エリィの秘密。背中から生えている悪魔の翼。壱郎のみならず、ユウキと百合葉にも事前には伝えていたが……こうして見せるのは初めてだ。


「んんっ、まぁ……後ろから抱き着かれるのは、ヒヤッとするねぇ」


 と、エリィが苦笑いを浮かべる。


「でも正面からなら大丈夫! さぁ百合葉ちゃん! ウェルカムカモン!」

「しない」


 ばっと両手を広げてくるエリィだが、百合葉はそっぽを向く。


「私はヒーローじゃないんだし、誰にでもすぐハグするような軽い女じゃないの」

「ヒーロー……」


 百合葉の言葉にエリィが反応する。

 さっきまでの元気は何処へ行ったのやら、急に落ち着いた彼女は岩場を背もたれにし、満天の星空を眺めた。


「……私さ、ヒーローになりたかったんだと思う」

「? なんの話?」


 突然語り始めたエリィに百合葉が怪訝な表情をする。


「いやさ、前に壱郎くんも同じこと言ってたなーって思い出して。『俺には荷が重すぎる』……とか言っちゃって。あんなヒーロー級の力を持ってるクセにね」


 思い返されるは、炎上騒ぎの時。

 あの時、『個人勢のヒーローだ』と評価された壱郎が言ってたこと。


「それでね、『エリィさんはヒーローを信じる派?』って訊かれてたんだ。今考えてみるとさ……ヒーローを信じる信じない以前に、私自身がヒーローになりたかったんだと思う」

「…………」

「こんな世の中なんだからさ、どんな危険をも顧みない存在がいてほしいなって。だったら……私がなって、色んな人を助けて、強敵を倒すしかないんじゃないかなって」

「――それは」


 と、黙って聞いていた百合葉が口を挟んだ。


「それは――自分も含まれてるの?」

「え?」

「その色んな人を助けるってとこに、エリィさん自身も含まれてるの?」

「…………」


 エリィは答えない。

 だが、百合葉はなにかを察したようで続けた。


「エリィさんはヒーローじゃないんだよ」

「いや、私は……」

「どんな相手にも立ち向かう、死を怖がらずに戦う……ほら、今までエリィさんがやってきた行動指針とヒーロー像が合致してるじゃない」

「…………」

「エリィさんはヒーローじゃない。仮になれたとしても……自分のことは守れないよ」

「私のことを……」

「本当はエリィさん、ヒーローを求めてるんでしょ? 自分のピンチから救ってくれる、ヒーローをさ」

「…………」


 そうかもしれない。

 今まで散々『ヒーローなんていない』などと考えていたが……あの時から既にヒーローを求めていたのかもしれない。


「……うん。百合葉ちゃんの言う通り、かも」

「でもさ、エリィさんを救えるのってヒーローだけじゃないでしょ。なにも自分を犠牲にしてまで助けてくれる人じゃなくても――あなたを救える人はいるよ」

「…………」

「だから――お兄もヒーローじゃないんだからね」

「なっ……!?」


 と。

 ここでエリィがぎょっとして百合葉を見た。


「なんで今、壱郎くんの名前が出てくるのっ」

「いや、これを話したきっかけがお兄なんでしょ?」

「えっ、あっ……」


 そういえばそうだった、とエリィは思い出す。オーバーリアクションをする必要など、どこにもなかったというのに。


「…………」


 そんな彼女を百合葉はじっと見つめる。


「…………」


 見つめる。


「…………」


 それはもう、じぃーっと。


「……な、なにかな?」


 耐えきれなくなったエリィが笑顔を崩さぬように百合葉の方を向き直った。


「お兄のこと、好きなんだ?」

「ぶっ!?」


 一瞬で崩壊した。


「な、なななにを根拠に! すーぐ恋愛に発展させようとさせるんだから! これだから最近の現役JKは――!」

「あっ、お兄」

「にゃっ――!!?」


 百合葉が後ろを振り返ると――バシャリと派手な音を立てて、エリィが自分の身体を隠した。


「うっそーん」

「…………」


 どうやらからかわれたみたいだ。


「うん、今のエリィさんとなら仲良くなれそう」

「それはどういう意味かな!?」

「ね、もっと話そうよ。お兄のどこが好きなの?」

「だからぁ――!」


 すっかり立場が逆転してしまったエリィと百合葉を幾億の星々は見守っていた。




 ……だが、彼女たちは気づかなかった。

 もしここに壱郎がいたら、気づいていたのかもしれない。暗い山中でも探知できる彼なら、わかったかもしれない。


「はぁっ……はぁっ……エリエリ、エリエリぃ……! エリエリのことは俺がっ……!」


 ――暗い山中に、黒い影がエリィの姿をじっと見つめていることを。


 危機は既に迫ってきていた。

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