第40話 Lv.1の妹は盛り上げ方を知っている

「やーっと着いた……途中からタクれば良かった……」

「えっ、あれ……?」


 夕飯であるカレー作り配信を終え、一旦画面と音声を待機状態に切り替えてる中、壱郎たちの方に

大きな荷物を抱えた小さな影が歩み寄ってきた。


 全身紺のジャージ姿という、とても現役JKに見えない姿の百合葉である。


「あ、百合葉ちゃん。学校お疲れー」

「学校? ……あぁ、そんなのもあったね。移動が長すぎて、授業内容もう覚えてないや」


 とユウキが用意してくれたキャンピングチェアにどっかりと座る百合葉。


「はい、百合葉ちゃんの分のカレーだよ」

「食べてきたからいい……って言いたいところだけど、ここに来るだけで疲れた。いただきます」


 なんて言い、エリィに渡されたスプーンを手に持ってガツガツと食べ始めた。


「……百合葉って来る予定だったのか?」


 一人だけ疑問に抱く壱郎に、エリィは頷く。


「うん、最初から合流予定だったよ」

「……俺、聞いてないんだが?」

「だって口止めされてたんだもん。絶対止められるからって」

「口止めって……誰に?」

「そりゃわかるでしょ」


 という彼の質問に対しては答えず、黙って百合葉の方を見つめた。

 壱郎の口から深いため息がもれる。


「それに、いつもは私たちの配信を動画にまとめてくれたり、色々手伝ってくれてるからね。いつもは裏方だけど、今回の企画は特別枠として出演してもらうことになってるんだ。リスナーたちにもちょっとだけ紹介したいし」

「えっ……そうなのか? でもあいつ、確か顔出しはしたくないって」

「……その辺はちゃんと考えてある。ごちそうさま」


 と、いつの間にかカレーを食べ終わった百合葉が持ってきたバッグをゴソゴソ漁りだした。


「これつけるから大丈夫」



 と見せてきたのは……コボルトのマスク。無駄にリアリティが高い。


 ――今日倒したやつのとそっくりだな……。


 百合葉はマスクをすっぽり被り、更にその上からジャージのフードを被る。手には男用の分厚いグローブをはめた。

 マスクの首元を手で押しながら、百合葉が試しに喋ってみる。


「あ、あー……うん、よし」

「ボイスチェンジャー付きかよ」


 聞こえてきたのはいつもの気だるげな声ではなく、モザイクのかかった機械音声。

 これで百合葉の姿はおろか、女だということすらもわからないだろう。


 コボルトマスクが手でOKサインを出すと、エリィが映像と音声を切り替えた。


「みんな、お待たせ~。今、まったりタイム中~」


:きた!

:来た!

:おかえり!

:えw

:おかえりー

:なんかいる!?

:誰?

:え、こわ

:エリィ!後ろ後ろ!

:コボルトいるんだがw


 予期せぬゲストの登場にリスナーたちが困惑する中、エリィが手を挙げた。


「はいはい、みんなが言いたいことはわかってるけど……紹介するね。この人、私たちの裏方さん」

「初めまして、『心乃眼鏡こころのめがね』です。主に動画編集を行っています」


:裏方!

:裏方さんだー!

:背ちっちゃ

:丁寧だけど見た目いかつくて草

:はじめましてー!


 とエリィの進行により百合葉のことを紹介してる中、壱郎がコッソリとユウキに訊いてみる。


「……なんであんな名前なんだ?」

「え? うーん……とあるゲームで、次の攻撃が100%当たる効果の技名が元ネタなんじゃないかな? ほら、百合葉ちゃんの百と関連付けて」

「ふーん……」


 ってことは、多分適当に考えたんだな――と、よく知ってる妹の性格からして、兄ながら推察した。


「あ、そうだ。はいこれ、みんなに差し入れ」


 と、百合葉がバッグとは別に持ってきたクーラーボックスを三人の前に置く。


「おー、ありがとっ……で、中身はなぁに?」

「開けてみればわかる」

「……?」


 言われるがままに開けてみると、中に入ってたのは……。



 エリィがとても美味しそうなかき氷を取り出す。


「これは?」

「秩父市で超人気店のかき氷屋さんの宇治金時味」


 続いてユウキが氷のカップを取り出す。


「これは?」

「ただの氷。味なし」


 最後に壱郎が赤黒いスープが入ったカップを取り出す。


「これは?」

「特製激辛スープ。飲みやすいように冷ましてある」

「「「……?」」」


 謎過ぎるラインナップに三人が首を捻っていると、百合葉が別のバッグからヘルメットとハリセンを取り出した。


「はい、勝敗の決め方はリーグ戦ね」

「「「――!!」」」


:あ

:あぁw

:そういうことかw

:盛り上がってきました

:たたかぶだー!

:たたかぶw

:用意周到で草

:www

:これは負けられない


 淡々とした百合葉の指示を聞いた瞬間――三人の間に火花が散った。



***



「今日はおっつかれさま~!」

「あぁ、お疲れ様」

「…………」


 一日目の配信は無事終了した。

 満面の笑みをしたエリィが上機嫌にスプーンを回している。


「同接3万人越えたね!」

「……でもそれ、ダンジョンに関係ないところだったよな?」

「いいのいいの。私たちは冒険配信者といういいとこ取りなんだから。ミニゲームだとしても3万人越えたら喜ばなくっちゃ!」

「……まあ、それもそうか」


 確かに3万人もののリスナーが今の配信を同時に見てくれていると思うとすごいことだろう。


 ちなみに、さっきからユウキが一切喋ってないのは不貞腐れているわけではない。表情こそずっとニコニコしてるが……脂汗が止まらないし、時折黙って水をがぶ飲みしている。


「でも……結局、モンスターが強くなってる直接的な原因はわからなかったな」

「うーん、そうだね……『無限の指輪』も見つからなかったよね。やっぱり可能性があるとすれば……」

「……あぁ。開かずの扉、か」

「うん」


 唯一探索できなかった場所。壱郎の回答にエリィは大きく頷いた。


「ってことだから、次の配信は残ってるクエストを完遂してから!」

「――最後に開かずの扉の謎を解き明かす。そういうことだねっ……!」


 と、ようやく喋れるようになったユウキがウインクしてみせる。


「じゃあ、明日の流れはそんな感じでいいかなっ?」

「うん、おっけー!」

「あぁ、俺も問題ないよ」


 二人からの了承を得て、会議は終了。


「……そういえば、前々から気になってたんだけどさ」


 と、百合葉がユウキの顔を見る。


「ユウキくんって、好きで男装してるんだよね? なんか理由でもあるの?」

「もちろんあるよ」


 彼女からの問いにユウキは大いに頷いた。


「身バレ防止と荒らし対策っていうのがある。ほら、女性の冒険配信者だと男性ファンが多くつくじゃん? それは構わないんだけどさ、ファン同士で言い争うっていう構図が多くて……」

「あぁ、わかるわかる」


 ユウキの説明にエリィは激しく頷いた。


「あと、僕が単純に男と友達感覚で絡むのが好きだから。今はそうでもないけど、僕がデビューした時なんて男女コラボ配信ってだけですごく荒れるのが普通だったんだよ」

「あ、そんな時代もあったね。夢ハンが特にヤバかった印象」

「おっ、百合葉ちゃん知ってるね。さすが古参勢」

「へぇ、そんな過去があったのか……お前も苦労してるんだな」

「じゃあ今は? 今ユウキがデビューするとしたらさ、女としてデビューしたい?」


 というエリィのもしも話をしてみるが、ユウキは迷うことなく首を横に振る。


「ううん、男のフリするだろうね。こういう格好、好きだし」

「なるほどね」

「それに――僕、女の子の方が好きだし」

「「「……は?」」」


 なんだか雲行きが怪しくなってきて、ユウキを除く三人がポカンとする。


「友達として男子と絡むのはいいんだけどさ、恋愛対象は女の子なんだよ」

「「「…………」」」

「男性配信者で王子様系してたら、女性ファンってつきやすそうじゃない?」

「「「…………」」」

「つまりね――僕は女性とえっちなことがしたいんだ」

「真顔でなに言ってんだお前は」

「ユウキくん、女でよかったね。性別が逆なら大炎上ものだよ、今の」


 あまりにも欲望丸出し過ぎる彼の発言に、山田兄妹が思わずツッコミを入れてしまう。


「えーっと……じゃあ私のことも、今までそういう目で見てたり……?」

「えっ?」

「えっ?」


 ちょっとびくつきながら訊いてくるエリィにユウキはきょとんとした顔になる。

 そして「うーん」と思案し……やがてやんわりと首を横に振った。


「お子様体型は、ちょっと」

「ねぇユウキ? 激辛スープ、もう一回飲む?」

「それは全力で遠慮しておくよ」

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