06 力こそ正義


 はい、今日はちゃんと一人で森の奥に到着しましたっ。


 付いて来ようとするシャルロットに仕事を押し付け、シルヴィには見つからないよう屋敷をこっそり出てきた。


 どうして自主練するのにこんな苦労をしなきゃいけないか。


 そうだね、隠し事をしているせいだね。


 悪役令嬢をしつつ、己を鍛えるのは中々に大変だ。


「まあ、いいや。とにかくやりましょうか」


 わたしは手を樹木に向かって手を掲げる。


ファイア


 炎の塊が球体となって解き放たれる。


 直線状に伸びたそれは、樹木を捉え燃やし始めた。


 ごうっと熱風が舞う。


「おお……出来るようになった」


 以前は霧散してしまった魔術だったが、今日はちゃんと威力を保持したまま放つことが出来た。


 一つ、魔術をマスターできたと思われる。


「じゃあ、次は……ウォーター


 同じ要領で水の魔術を発動する。


 放たれた水流が、樹木を鎮火させていた。


「あらまぁ……本当に使えるのね」


 なんでもこの世界では魔術適性なるものがあり、五大元素(火・水・風・電・土)の内の一つしかほとんどの人は使えないらしい。


 二属性ダブルで使用できれば相当な才能の持ち主らしく、三属性トリプルは宮廷魔術師の中でも片手で数えるほどだという。


 ちなみに、ロゼはというと……。


五属性クインテットなのよねぇ」


 要するに全属性に適性がある。


 後で試したら本当に全属性の魔術が使えた。


 これが独学で出来ちゃうあたりが天才なんだろうな。


 しかも練習始めて一週間程度だし……。


 ロゼ……恐ろしい子。


「よし。この練習はこれからも続けるとして」


 一つの壁を越えたので、次の展開に移ろうと思う。


 わたしは場所を変えることにした。







「あ、これがちょうどいいわね」


 川の近くを歩いていると、ちょうどわたしの背丈と同じくらいの岩を見つけた。


 今日はこの岩を使って特訓を開始しようと思う。


「身体強化」


 魔力を体内に循環させていく。


 魔術の時とは違い、魔力を体の外ではなく内に高速回転させていくイメージ。


 次第に体が熱を持ち始める。


 試しに足元にある小石を拾ってみた。


「ほいっ」


 ――バガッ


 ぎゅっと精いっぱい握ってみると、小石が粉々になった。


 これが身体強化、魔力で身体能力を飛躍的に向上させる魔術である。


 基本的には前衛を担当することが多い騎士が得意とする魔術で、一般的な魔術師は身体強化は苦手と言われている。


「しかし、わたしはどっちも出来た方がベターなのよね」


 なんでかって?


 ソロぼっちになる予定だからですよ。


 国外追放された没落令嬢、そんな哀れなロゼを狙う輩は多いだろう。


 そんな卑劣漢に負けないように強くなければいけない。


 なんとなく要領を得たので、わたしは見つけた岩に向き合う。


 再び魔力を体内で循環させる。


「えい」


 腕を振るってみる。


 もちろん格闘技経験とかもないので、フォームは相当ひどいと思われる。


 ――バガッ!!


 岩に腕が貫通し、そこから亀裂が走って岩が砕けた。


「ええ……」


 その威力に自分で引いてしまう。


 本気で殴ったわけでもないのに、岩が粉々だ。


「なんて才能なのかしら……」


 ちょっと練習しただけでこの威力。


 これも全てロゼのポテンシャルの成せる技だ。


 どうしてこの才能を自ら殺したのか、本当に謎の子だ。


「――お姉さま?」


「!?」


 背後から非常に聴き馴染みのある声が聞こえてきた。


 身体強化のせいで、旋風が起こりそうなほど体を高速回転させて振り返る。


 森の茂みに隠れるように、銀髪の少女がこちらを覗き込んでいた。


「シ、シルヴィ……? どうしてここに?」


「後をついてきましたの!」


 うわぁ……純粋無垢なその笑顔に腹立つの初めてかもぉ。 


 どこからだ、どこからシルヴィは見ていたんだ……?


「これはなんですの?」


 シルヴィが森の茂みから出てくると、不自然に割れた岩の欠片を尋ねてくる。


「ただの石ころでしょ……」


 わたしが粉砕した岩ですけどねっ。


 内心ヒヤヒヤで知らないフリをする。


「そうだったのですね」


 ……気づいていない?


 身体強化のシーンは見られていなかった?


「シルヴィはいつからそこにいたの?」


「? お姉さまがこの石ころをずっと見つめていた時ですわ」


 よし、セーフ!


 危なかった。


 事後に見られていたのならギリギリだった。


「そ、そう……」


「この石ころをお姉さまはどうしたいんですの?」


「いや、べつに何とも思ってないけど……」


「それならどうして、あんなに嬉しそうに笑っていたのですか?」


 え、うそ……。


 わたしは無自覚に笑っていたのか。


 自らの才能に目覚め、その岩をも穿つ破壊力に笑みを隠せない公爵令嬢……。


 うん、どう考えてもヤバい女だ。


 気を付けよう。


「なんでもないの。ほら、帰るよシルヴィ」


「えー。わたくしお姉さまと遊びたいですの」


「分かった、屋敷に帰ってからにしようねー」


 魔術の鍛錬は終わったので、屋敷に帰ることにする。


 あんまり外出の時間が長すぎても心配されるからね。


「いやですの、せっかくだから川遊びがしたいですの」


 わんぱくだなぁ……。


 まあ、まだ子供だもんね。


「汚れるからだめ」


「水は透き通って澄んでいますの」


 かと思えばなんか綺麗なこと言うし……。


「濡れるからだめ」


「お日様が出ているのですから、干せば乾きますの」


 だめだ、言葉じゃ納得してもらえないな。


 難しいこと言い過ぎても無駄だろうし。


「いいの、わたしは帰るの」


 シルヴィの外出条件は“わたしと一緒にいること”


 つまり、わたしが屋敷に戻ればシルヴィも戻るしかないのだ。


「あわわ、待ってくださ……あうっ」


「え、ちょ、シルヴィ」


 慌ててわたしを追おうとしたのが災いしたのか、砂利道に足を躓かせたシルヴィは転んでしまった。


 すぐに駆け寄ると、怪我はなかったが少し足首をひねってしまったらしい。


「痛いですの……」


 涙目になるシルヴィ。


 歩けないことはないだろうが、不整地を歩いてきたのでこの足で進むと余計に痛めてしまうかもしれない。


「しょうがないなぁ……ほら、乗って」


「お、お姉さま……?」


 わたしはシルヴィに背中を見せる。


「おんぶしていくから、それで帰るよ」


「だ、大丈夫ですの……? こんな大変な道を、わたくしを背負ってなんて……」


 それなら心配ない。


 なんせさっき身体強化を身につけたばかりなので。


「その足で歩いて帰れるなら、わたしは構わないけど?」


「……申し訳ありませんの」


 殊勝な態度になって、シルヴィはわたしに体を預ける。


 背負ってみたが、重さは一切感じなかった。


 魔術の力ってすごい。


「重たくありませんか……?」


「ぜんぜん平気」


「常々お姉さまは”ナイフとフォークより重たいものは持ちませんの”と仰っていたのに」


 いかにもな発言してたんだな……。


 さすがですロゼ様。


 しかし、そのキャラはシルヴィの前でも貫かないといけない。


 なおかつ、このシルヴィを背負っている矛盾を解消するには……。


「そうよ、そんなわたしのルールを破らせたのだから、あなたは未来永劫に罪を償い続けなさい」


 まあ、こんな感じ?


「……承知しました、お姉さま」


 シルヴィの腕にぎゅっと力が入る。


 うんうん、どうやらわたしの高飛車な態度に恐れを成したらしい。


 この込められた力がその証拠だ。



        ◇◇◇



 その後、今後同じことが起きないようにわたしは“気配察知”の魔術を習得した。


 魔力を広範囲に放つことで、物体や人物の動きを把握していくものだ。


 どうやらロゼは魔力総量も底なしのようだったので、外出中は常時これを展開しながら鍛錬することは容易だった。


 なんでこんなぶっ壊れスペックなんだろう。


 ゲーム開発陣はロゼを戦闘に出さないからってテキトーにスペックを割り振りすぎたんじゃなかろうか。


 とにかく、これでシルヴィに追いかけられることはなくなったのだが……。


「シャルロットはずっとわたしの部屋で何をしているんだ……?」


 気配察知を行うと、いつも一人分の気配がわたしの部屋にあった。


 ロゼの部屋を訪れるのは妹のシルヴィと従者のシャルロットくらい。


 今シルヴィは自分の部屋にいるので、消去法的にシャルロットになる。


 彼女はさっきからわたしの部屋から微動だにしていない。


「掃除でもしてるのかな……?」


 そんなに時間かかわるけないよなぁ、と思いつつ他に何も思い付かないので考えることをやめる。


 そんなことよりも、わたしは来たるべき国外追放に向けて己を鍛えなければならない。

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