05 妹が天真爛漫で困ってます


「さてお嬢様、今日は何を致しましょう?」


「……」


 朝になるとシャルロットは当たり前のようにわたしに尋ねてくる。


 今日のわたしの悪役令嬢ムーブをどうするか聞いているのだ。


「靴を舐めさせる……というのは如何いかがでしょう?」


 これだけ澄んだ瞳で汚れ仕事を請け負おうとする人物はシャルロットしかいないんじゃないだろうか。


 最近慣れつつあるわたし自身も怖くなってきた。


 すぐに首を振る。


「毎日そんなことばっかりしてたら使用人達も刺激が多すぎて疲れてしまうでしょ。一週間に一回程度にしようって話したばかりじゃない」


 普段は生意気な小言を定期的に言っておいて、週一でシャルロットにパワハラ(演技)をするのだ。


 それくらいの頻度で十分でしょ。


 使用人達はすっかりわたしに怯えているし、王立魔法学園に入学するのにも8年は要するのだから慌てる必要はない。


「で、ですが……」


 なのに、どうして拒もうとするんだいシャルロット?


 こんなこと毎日するあなたが一番大変なのよ。


 頻度が減ったんだから、もっと喜ぶべきだと思うんだけど?


「はいはい、わたしはお散歩に行くから。シャルロットは仕事しててねぇ」


 一緒にいるとシャルロットはすぐに変なことを言い出すので話を切り上げる。


「最近よく一人で外出されていますが……何をされているのでしょうか?」


 うん?


 魔術の自主練なんだけど。


 ロゼは怠惰設定なので、そんなことは言えない。


「わたしの次に美しいお花を愛でているの」


 咄嗟に思い付いた言い訳は、いかにも頭がアイタタな発言だった。


 悪役令嬢が板についてきたかもしれない。


「お嬢様からの愛を授かる花々は、さぞかし可憐に咲き誇るのでしょうね……」


 頬に手を当て、うっとりとした表情でつぶやくシャルロット。


 やっぱりこの子おかしいわ。



        ◇◇◇



 今日も通常運転で暴走している(日本語おかしい)シャルロットから逃れ、わたしは渡り廊下を歩く。


 屋敷は無駄に広く、外に出ようとするだけでも結構距離がある。


 すれ違う使用人たちは次々に深々と頭を下げていた。


 視線は一切合わない。


 うん、やはり相当怖がられているようだ。


 非常に心苦しいが、これはわたしが望んだことなので仕方がない。


「お姉さまー!」


「うげ……」


 すると、陽気な声でわたしに声を掛けてくる人物が一人いた。


 振り返ると、そこには銀髪を揺らした少女が駆け寄って来ていた。


「シルヴィ……」


 ロゼと似た顔立ちで、一回り小柄な少女の名はシルヴィ・ヴァンリエッタ。


 そうです、一つ違いの妹です。


「はい! お姉さま!」


 いや、あなたが駆け寄ってきたから名前を呼んだんだよ。


 なんでそっちが受け身になって挙手してるのかな。


「いや……何か用?」


「はい! お姉さまがいらっしゃったので思わず声を掛けてしまいましたの!」


「……それだけ?」


「それだけです、今日もお美しいお姉さまを見たら居ても立ってもいられませんでしたの!」


 なんだよこの天真爛漫さ……。


 わたしはもう精神年齢で言うとそこそこ……こほん。


少し大人寄りなのでこのテンションが若干ツラい。


 可愛いは可愛いんだけど、相手するのはちょっとね……。


「あ、ありがとね……じゃあ、わたしはこれで……」


「どちらに行かれるのですか?」


「えっと……外に……」


「ご一緒しますわ!」


 瞳を爛々らんらんに輝かせるシルヴィ。


 これだよ、これがあるからわたしはこの子に会いたくないのだ。


「外は危ないから……だめ」


 これがシルヴィの同行を断る常套句。


 基本的に箱入り娘なので、これが有効なのだ。


「聞いて下さいお姉さま、先日お父様にお尋ねしましたら“お姉さまとご一緒なら良い”と許可をいただきましたの!」


 両手を合わせて、ぴょんぴょん飛び跳ねるシルヴィ。


 どうやら喜びを体で表現してるらしい。


 いや、可愛いよ? 可愛いけどさ……。


 お父様も困るんだよね、勝手に許可出されるの。


 シルヴィの決定権はわたしにも話を通すように今度伝えておかねば。


「外に出ても何も面白くないよ?」


「お姉さまとご一緒なら何をしても素敵な思い出になりますわ!」


 そっか、なら、いっか。


 ……。


 はっ!?


 ちがう、ちがう。 


 ダメだ、ダメだ。


 シルヴィのお口なんて紙切れよりも軽いのだから、魔術の練習なんて見せたらすぐに吹聴してしまうに決まっている。


 そして、それを聞きつけたシャルロットがスピーカーになって屋敷内に広めてしまうに決まっている。


 あぶねえ、とんだトラップだ。


 純粋無垢の破壊力は恐ろしい。


「いや、でもちょっと一人になりたい気分なんだけど」


「え……そうなんですの……」


 さっきまでの明るさが嘘のように消え去る。


 うつむき加減になって明らかに残念そうに唇をとがらせていた。


 え、あれ……しかも、ちょっと涙目に見えるの気のせい?


「わたくし、お姉さまとご一緒できるとずっと楽しみにしていましたのに……」


「がはっ」


 や、やめろ……。


 なんで一緒に外を歩くだけでこんなに一喜一憂できるんだよ。


 幼い見た目も相まって罪悪感が押し寄せまくるんですけどぉ……。


 だめだ、意思を強く持てわたしっ。


「ま、また今度ね?」


「……わかりました。お姉さまの邪魔はしたくないですの」


 そ、そうか。


 納得してくれたか……。


「じゃ、じゃあ……」


 わたしは踵を返そうとして、ドレスに抵抗感を感じて動きを止める。


 よく見ると、シルヴィがわたしのドレスの裾を掴んでいた。


 なんか体を揺らして、いじいじしている。


「シルヴィ? その手は……?」


「……なんでもないですの」


 しかし、その手がドレスを離すことはない。

 

 や、やめてよぉ……。


 そんなことされたらこっちも困るじゃああん。


「……シルヴィ」


 そもそもシルヴィに対しての関りをわたしは非常に困っていた。


 というのも、シルヴィは立ち絵こそあったものの登場シーンはほとんどない。


 しかし、ロゼに似た高飛車で傲慢という位置づけで、いかにヴァンリエッタ家が歪んでいるのかを象徴するキャラクターだった。


 違いがあるとするなら、基本的にシルヴィは姉のロゼを尊敬しているため、その行動様式は全てロゼからの影響を受けている。


 つまり姉を尊敬するがあまりに高飛車になっているだけなので、ロゼほど性根は曲がっていないのだ。


 言わばミニ悪役令嬢がシルヴィである。


 なので現時点のシルヴィは、それはもうめちゃくちゃいい子だった。


「ちょ、ちょっとだけだよ……?」


「……! よろしいのですか!?」


 ぱぁっと花のような笑顔を咲かせるシルヴィ。


 ま、まぶしぃ……!!


 こ、こんな子を邪険に扱えねえぇええ……。


 果たしてわたしはこの子をミニ悪役令嬢にできるのか……自信は全くない。


「さあ、それでは参りましょう! お姉さま!」


「あ、うわ、ちょっと……」


 わたしの手を掴んで走り出すシルヴィ。


 揺れる銀髪が光り輝いていた。


 にこにこ笑顔を振りまくその姿を見ていると……。


「まあ、いっか」


 そう思ってしまうのだった。


 魔術の鍛錬は少しだけ後回しにしよう。


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