04 自主トレ始めます


「おはようございます」


「う……お、おはよう……」


 朝一番。


 眠っていたわたしをシャルロットは爽やかな声を掛けてくれる。


 わたしはまだベッドの中にくるまっていたいのだけれど。


「さて、今日はお嬢様から私に紅茶を直接かけるのは如何いかがでしょう?」


 うん、シャルロットは今日も全力で暴走していた。


 言っている意味がさっぱり分からない。


「真顔でなに頭おかしいこと言ってんの?」


「“ぬるすぎる、こんな温度では不味いじゃない”と仰ってティーカップに注いだ紅茶を私にまき散らすのです」


「詳細が聞きたいなんてお願いしてないよ?」


「それくらいしなければ使用人の方々も恐れ慄きませんよ」


「あー……そのことね」


 紆余曲折あったが、わたしのすこぶる悪い評判は維持できている。


 なにせ出てきた料理に文句をつけるばかりか、その怒りで従者を踏みつけてしまうのだから。


 前世なら完全に一発アウトのパワハラ行為だ。


 それでも、この世界は貴族階級による格差社会。


 わたしの暴挙を咎める者はいない。


 そんなことをしてバレた時に、ロゼの報復に遭うのが目に見えているからだ。


 基本的に両親は王都で宰相として暮らしている。


 領地運営は代官に任せており、わたしが両親と会う機会はほとんどない。


『あの使用人は嘘つきだから嫌いですの。このお屋敷から追い出して下さる?』


 それでもロゼの一声があれば、即解雇が決まってしまう。


 なに不自由ない暮らしをさせてもらっているが、そこに愛情があるのかは不透明だ。


 その事を心の内で嘆いてるロゼは、両親に自分のことを意識させるために悪行を重ねていく背景があるわけだが……。


 まあ、それは原作のロゼの話だ。


「シャルロットの協力には感謝してるけどさー……」


 そして結果的に、シャルロットに手伝ってもらったのは大正解だった。


 わたし自身は悪役行為をして他人に迷惑をかけたいわけではない。


 でもそうしないと悪い噂は立たない。


 二律背反の事情があったわけだが、その受け皿として進んでやってくれるシャルロットには、かなり助けられていた。


 彼女の方からアイディアも出してくれるので、指示に従えば大抵は皆がわたしを恐れるのである。


 しかし、さすがに今回の案はどうかと思う。


「ヤケドとかしたら大変じゃん、やめようよ」


 暴力行為とかは力加減できるから、上手く演技でごまかせるけど。


 紅茶を人にかけるのは、温度の問題がある。


 かと言って最初から湯気の立っていない紅茶を出すのもおかしいで、そのアイディアはなしの方向で考える。


「では、口に含んだ紅茶を私に吹きかけましょう。そうすればヤケドの心配はありません」


「解決しましたみたいな澄まし顔しないで? それはそれでおかしいからね?」


「何か問題が残っていたでしょうか?」


 最初からずっと問題なんだよ。


「わたしの口に入った紅茶なんて汚くていやじゃん」


「まさか、お嬢様が汚いなんて有り得ません。その御身おんみ御心みこころも神聖そのもの。つまりその口に触れた飲み物は全て聖水たりうるのです」


 もしかしてシャルロットはアホの子なのか?


 言っていることが一ミリも理解できないんだけど。


 ……うーん。


 すごいなぁ、忠誠心がすごいなぁ。


 従者ってこんなに、かしずくものなのかなぁ?


 シャルロットが当たり前のようにしか言わないから、わたしがおかしいようにも思えてきた。


 もしかしたらこの世界ではこれくらいが常識なのだろうか。


 どちらにしても、わたしはまだ慣れないし、そんなに次々と急ぐ必要もない。


 徐々に進めていけばいいのだ。


「とりあえず、今日のところは大丈夫。あなたはお仕事を頑張ってちょうだい」


「……そうでしたか。分かりました」


 なぜかしょぼんりしてしまうシャルロット。


 その理由は分からないが、とにかくわたしの悪役令嬢生活は順調だった。



        ◇◇◇



「さてと……」


 ヴァンリエッタ公爵家の土地は広大である。


 この一帯の領地を治めているのだから貴族とはすごいものだ。


 屋敷の敷地もとにかく広い。


 遠くにある山すらも敷地内なのだから恐れ入る。


 そんなわたしは一人で森の中へと足を運んだ。


 開けた草原に、大きな樹木を見つけた。


「ここら辺でいいかな?」


 一人で来たのには理由があり、わたしは手を掲げた。


ファイア


 手の平から炎の塊が出現し、爆ぜた。


 少しばかり熱い気もしたけど、その他には何も起きなかった。


「うわー……ほんとに出せた」


 若干の感動すら覚える。


 “聖なる君と恋に落ちて”はアクションRPG要素もあり、そこには魔法も存在する。


 これから入学することになる“王立魔法学園”は、その名の通り魔法を学ぶ学園であり、そうとなれば魔法を使いたいと思うのが人情でしょう。


「だけど、まだまだだねぇ」


 わたしのファイアは途中で爆ぜてしまい、失敗している。


 これはまだ魔力のコントロールが上手く行っていない証拠だろう。


「これは練習が必須ね」


 だけど、最初にしては上出来だろう。


 誰にも教わることなく発動できたのは、原作知識があるせいか、それかロゼ本来のポテンシャルゆえかもしれない。


 実はロゼ・ヴァンリエッタには“魔法の才能に優れている”という設定がある。


 しかし、ロゼはその才能を磨こうとは全くしなかった。


『どうしてわたくしがそんな面倒な事をしなければなりませんの?』


 といった具合で、貴族の優雅で怠惰な暮らしを謳歌するばかりで彼女は努力をとことん嫌うのである。


 一応、その設定が活きる瞬間は後半に用意はされているのだが……それも物語の展開のために作られた要素が大きい。


 何より“ひたむきで努力家な主人公ヒロイン”との対比のために作られた咬ませ犬、それがロゼなのだ。


 あー、かわいそう。


「けど、わたしは努力するんだなぁ」


 理由は単純。


 国外追放された後に、一人で生きていくためだ。


 魔法を使える者は貴族階級に限られる。


 というより、この世界では魔法に優れた者が貴族になり得るのだ。


 なのである程度でいいから魔法を使えるようになっておけば希少価値で仕事に困ることはない。


 護身術にもなるしね。


「なんだかんだ楽しみだなぁ、一人暮らし」


 思い返せばロゼも、前世のわたしもずっと実家暮らし。


 一人で生きたことがないのである。


 本当の意味で大人になりたいわたしは心躍り始めていた。


「そうと決まれば前進あるのみ」


 だから、こうしてわたしは鍛錬する。


 ちなみに隠れて一人で練習しているのは、原作のロゼは魔法の鍛錬を一切行わなかったからだ。


 家庭教師をつけても無視するし、もちろん魔導書にも目を通さない。


 それでも王立魔法学園に入学できるのはなぜか?


 そうです、コネです。お金の力です。


 なんせお父様は公爵様ですから。


 それにロゼは令嬢、政略結婚の役割の方が大事なのである。


 一応、魔術の才能は認められてはいたので学園側としても建前は問題ない。


 こうした諸々の悪評を積み重ね、ロゼは周囲の期待値を大きく下げたまま入学を果たす。


 だから、わたしが魔術を魔鍛錬しているのを見られたら困るし、使えるのもバレてはいけないのだ。


 あくまでロゼは無能で高飛車な貴族、つまりは悪役令嬢なのだから。


 その立ち位置が変わると原作シナリオを改変してしまう恐れがあるからね。


「……あー。さっさと追放してくれないかなぁ」


 なんか気にすること多くて疲れてきた。


 早く自由になりたい。


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