07 時は来たれり


 8年後。


 すっかり大人になったわたしは予定通り、王立魔法学園に入学する運びとなった。


 めでたい。


「お、お嬢様……ご立派になられて」


 隣でハンカチで涙を拭っているのはシャルロット。


 なぜか感極まっている。


「いや……これから入学なんですけど、そんな卒業みたいなテンションで泣かないで欲しいんですけど」


「あんなに小さかったお嬢様がこんなに大きくなられたと思うと自然と涙が……ぐすん」


 いや、あんたも同い年だよね。


 一緒に小さかったよね。


「あんたはわたしのママかっ」


 ま、お母様とは全然会ってないんですけどねっ。


「いつでも私の事をママと呼んで下さって構いませんからね?」


「呼ぶかっ」


 皮肉のつもりだったのに、本気で受け取られた。


 前々からシャルロットは変だと思っていたが、8年も経つとそのおかしさは悪化していた。


 わたしとの関係性も深くなり、こんな発言が非常に多くなっていた。


 普通に困る。


「さあ、制服に着替えましょう」


「ええ、分かってるわ」


 わたしとシャルロットはヴァンリエッタ公爵領から王都へと旅経つ。


 王立魔法学園の寄宿舎から学園へ通う事になるため、基本的に部屋以外では制服を着用することになっていた。


 そのためシャルロットに着替えを手伝ってもらう。


「お嬢様は本当に綺麗な体をしていますね」


「……あの、面と向かって変なこと言うのやめてくれない?」


 下着一枚になるとシャルロットがなめまわすような視線を激しく上下させながらわたしの体について話し出す。


 はっきり言って怖いだろ。


「引き締まったボディラインが素敵です」


「話し聞いてた?」


 なんでこの子、暴走を止めようとしないんだろ。


 主人なんだから言う事聞いてよ。


 それに“引き締まったボディライン”か……。


 わたしは視線を下げて自身の体を見下ろす。


 胸の膨らみで足元が見えない……なんてことは一切なく足先までしっかり見えた。


 とっても直線的な体つきをしていた……くそぅ。


 いや、それだけならまだいい。


 ロゼがスレンダーなのは知っていた。


 問題なのは目の前の女だ。


「あんたは何でそんな育ってんのよ」


 割とゆとりのあるはずのメイド服を身にまといながら、シャルロットの体つきは起伏に富む。


 どう見ても胸は相当大きいし、腰は細く、お尻も安心感がある。


 なんだよっ。


 シャルロットは立ち絵なかったけど、こんなグラマー美少女だったのかよっ。


「はぁ……恥を晒して申し訳ありません。お嬢様の無駄が一切ない体つきから見れば、こんな肉ばかり蓄えた体など怠惰にしか映らないのは自覚しております」


「え? 馬鹿にしてる? わたしのこと遠回しに馬鹿にしてる?」


 すげえ煽られてる気しかしないんだけどっ。


 なに物憂げに、ため息なんて吐いてくれちゃってんのっ。



        ◇◇◇



 シャルロットとのセクハラまがいの着替えが済み、屋敷を出る。


 王都に向かうための馬車が用意されていた。


「見送りはなし、か……」


 そこに使用人たちの姿はなかった。


 わたしの悪役令嬢としての8年間は上手く行ったようで、屋敷での印象は最悪だった。


 この見送りにすら来ない毛嫌いのされ方は、その証明と思っていいだろう。


 まあ、自分が必要と考えて実行したことだから後悔はないけれど。


 長い間一緒に暮らしてきた人たちにこうも嫌われている事を目の当たりにすると、思う所がないわけでもない……。


れ者共が、お嬢様のお見送りに来ないだなんて天罰が下るといい」


 隣のシャルロットは相当な怒りを露わにしていた。


 今にも唾を吐きだしそうな剣幕だ。


 でも正直、そう言ってくれるのは嬉しかったりもするんだけど。


「いいのよシャルロット、わたしはこの結果を手に入れたかったんだから」


「ええ……お嬢様のお望み通り、その悪評は王都にまで届いていることでしょう」


 そう、これがロゼのスタート地点。


 とにかくこの位置にまでちゃんと来れたことが重要なのだ。


「ですが、それでも主人の門出に顔すら出さないだなんて考えられません」


「それくらい皆わたしに恐怖しているという証明なのだし……」


「女神の如き存在を恐れるだなんて、偉くなったものですね」


 うん、しれっと頭おかしい発言しないでね。


 女神とかじゃないから。


「もういい、行くわよ」


 わたしは馬車に乗り込もうと踏み出した。


「お姉様ー!!」


 すると、背後から大きい声が響いた。


 振り返ると、銀髪を揺らし駆け寄る美少女。


 成長したシルヴィ・ヴァンリエッタだった。


「シルヴィどうしたの、はしたない」


 ドレスを揺らし、髪を上下させる姿は淑女としての気品があるとは言えない。


 幼少の頃なら許されたものの、彼女も年を重ねているのだから品格は大事だ。


 まあ、悪評だらけのわたしが言えたもんじゃないんだけど。


「お姉様をお見送りしようと思いましたら、準備に手間取ってしまいましたの」


 そう言うシルヴィは息を切らし、少し汗ばんでいる。


 わざわざわたしを見送るためだけに、いつもより髪やメイクを入念にしてくれたのだろうか。


 だが結果遅れてしまい慌てて少し崩れてしまう当たりが彼女らしい。


「気持ちは嬉しいけど、そこまで準備する必要なんてないのよ」


「そのつもりだったのですが、納得いかなくて」


「見送るだけでしょ?」


「お姉様の門出なのですよ? それを半端な姿でお送りするなんて、わたくし自身を許せませんわっ」


「じゃあ、走らないよう間に合わせなさいよ……意味ないでしょ」


「はわわっ」


 くそっ……かわいいな。


 結局、シルヴィはミニ悪役令嬢として育ったかと言えばかなり微妙だった。


 わたしの悪態は見てきたはずなのだが、それを真似する素振りはあまりなかったのだ。


 貴族特融の浮世離れたした価値観はあるだろうが、生来の天真爛漫さも残ってしまっている。


 シャルロット同様、彼女もほんの少しだけ原作と乖離がある。


 まあ、物語を動かす主要人物ではないので良しとしていた。


「ぐっ、ぐふぉっ……」


 そして隣の黒髪少女は体を折って悶絶していた。


 なんで黙って落ち着いてられないのかな……。


「なにしてんのシャルロット」


「お、お二人の姿が神々しすぎて……女神同士の邂逅は、下民には眩しすぎます」


「なに言ってるのか分からん」


「尊いのです」


「もっと分からん」


 こうなったシャルロットと会話が成立した試しがない。


 原作のロゼはどうやってコミュニケーションとっていたのか、是非聞いてみたい。


「お姉様……お達者で」


「あ、ちょっと」


 すると、急に抱き着いてくるシルヴィ。


 ふわりと嗅ぎ慣れない甘い香りが鼻孔をつく。


 今日は香水も変えているようだ。


「離れるのは寂しいですが、お姉様が健やかに過ごされることを祈っていますの」


「全く、甘えん坊ね」


 仕方ないのでわたしはシルヴィの頭を撫でる。


 そうまで言われたらこれくらいはしてやろう、姉妹なんだし。


「……っ」


 感極まったのか、シルヴィの抱き着く腕が強まる。


 体が密着していく。


 何か柔らかいものが押し付けられた。


「……離れて」


「お姉様?」


「もう行くから離れて」


「え、もう少しくらい……」


「わたしに変なの押し付けないでっ」


「あ、ちょっ」


 わたしはシルヴィを引きはがす。


 するとその反動で胸が揺れた。


 そう、揺れたっ。


 揺れるほど、あるんだなっ!


「妹のくせにっ」


「え、お姉様……いきなり、何を……?」


「姉より優れた妹なんて存在しないのよっ!」


「な、なんの話をしていますの……?」


 完全に八つ当たりだが問題ない。


 わたしは悪役令嬢なのだから、妹にもこれくらいして当然なのだっ。


 わたしは半べそをかきながら、馬車へと乗り込む。


「行くわよ、シャルロット!」


「……」


「シャルロット!?」


「……はっ、も、申し訳ありませんっ!」


 シャルロットは恍惚とした表情で意識が飛んでいた。


 目を離した隙にどうなってるのかなっ。


「さあ行くわよ、王立魔法学園にっ!」


 紆余曲折あったが、無事にここまで辿り着いた。


 後は原作を辿るだけのイージーモードだっ!


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