第32話 怒り
空を怒らせてしまった。
なにが悪かったのだろう。
説明が下手だった?
水着姿を撮影したのが気に入らなかった?
とにかくあかりちゃんが昨夜送ったメッセージが悪かったことはまちがいない。
〈今日は楽しいことがあった。むふふ〉
そんなことを空に伝えないでよ、と言いたい。
なんとかして空の怒りを鎮めたい。
彼女は大切な幼馴染で、関係を悪化させたくない。
「怒らないでよ」
「怒ってない」
明らかに怒っている。
「えーっと、とりあえずスマホを返して?」
空はまだ俺のスマホを持って、あかりちゃんの水着写真を凝視している。
「なんなのよこの写真は!」
あかりちゃんが大きく脚を開いて、妖しく微笑んでいる画像を突きつけられた。
勢いで彼女がそんなポーズをとった。俺は無我夢中で撮影した。
申し開きができない……。
「どうしてこうなったのか、一切合切説明して」
空は俺のスマホを握りしめて、返してくれない。人質状態だ。
どうしよう?
うまく説明できるかどうかわからないが、やってみるしかなさそうだ。
「ええっと、あかりちゃんと雑談していたら、俺がネットでエッチな画像を見ているのか、なんてたずねられて」
「見ているの?」
「たまに見てる」
空はじとっとした目付きになった。
ああ、いたたまれない。
「ふーん、冬樹もエッチな画像とか見るんだ。それで?」
「グラビアアイドルの水着写真とかを見るって答えたら、カノンは好きかって訊かれて」
「カノン?」
「うん、カノン。そういう名前のグラビアアイドルがいるんだよ」
空が自分のスマホをいじった。検索しているようだ。
「えっ、なにこの人! 天乃さんにそっくりじゃない!」
「従姉なんだってさ」
「従姉? 天乃さんの従姉? この人が?」
「うん」
「胸おっきいわね……。それで、冬樹はこのカノンって人が好きなの?」
「まあ、割と好きなアイドルかな……」
実は相当に好きなグラビアアイドルなのだが、そうは言いにくい。
空は口をへの字にして、カノンの画像を見つめている。
「冬樹は天乃さんに似ているグラビアアイドルが好きなのね。それって、天乃さんも好きってことなのかしら?」
あかりちゃんも同じようなことを言っていたな。
「アイドルと現実の人は比較できないよ。そりゃあ、あかりちゃんは幼馴染で、嫌いではないけれど」
「なんかモヤる……。まあそれはともかくとして、冬樹がこのグラドルを好きだってことと天乃さんが水着になることはどうつながるの?」
説明を省略したい。俺があかりちゃんの外見を好きだって言わされて、彼女はカノンさんよりもっと輝けるって言って、なんとなく雰囲気がよくなって、あかりちゃんは水着になった。でも、そんなことを逐一空に説明したくない。うまく伝えられるとも思えない。
「そこはやっぱりなりゆきとしか言いようがないんだよ。カノンが好きなら、あたしも水着モデルになってあげようかって、あかりちゃんが言い出してさ……」
空がギリッと歯噛みした。
「あの女、色仕掛けを……!」
かなり怒っているようで、機嫌は直りそうにない。
「それで天乃さんは水着を着て、冬樹はこんなにたくさんの写真を撮ったの?」
「はい……」
「うう……それであなたは楽しかったのかしら?」
「えーっと、まあ、夢中になっちゃいました」
「こ、こんなスマホ壊してやるう!」
空がめずらしくヒートアップし、俺のスマホを持った手を振りあげた。
「それだけはやめて!」
俺はあわてて彼女を制止した。
話せば話すほど、状況は悪化していくみたいだ。
俺は口をつぐんで、視線をテーブルの表面に落とした。
空は腕組みして、俺を睨んでいた。
針のむしろだと思っていたら、ふうっと彼女が息を吐いた。
「冬樹も男の子だもんね。女の子の水着を見たいわよね」
そうなんです。
きのうはあかりちゃんの水着姿を見たら、我を忘れてしまいました。
「仕方ないなあ。今回は許してあげるわ。でも、こんなことは2度としないでね。その、なんというか、ふ、ふしだらよ!」
密室で女の子の水着の撮影をした。
ふしだらと言われても仕方がないかもしれない。
「ごめん。もうしないよ」
空は俺の目を見つめていた。
「それでも、どうしても女の子の水着が見たくなったら、わたしに言いなさい」
彼女は小さな震える声でそう言った。
俺はその台詞に驚いて、空を直視した。彼女は頬を赤く染めている。
「え、それってどういう意味?」
「言わなくってもわかるでしょう?」
「いや、よくわからないんだけど」
「わ、わたしが水着になって、見せてあげるってことよ。そのカノンってアイドルよりも、天乃さんよりも、胸は小さいかもしれないけれど……」
最後は消え入りそうな声になっていた。
恥ずかしそうに「見せてあげる」と言った空は、とてつもなく可愛かった。
その後、俺たちは黙り込んで、冷めてしまったコーヒーを飲んだ。
しばらく沈黙がつづいてから、空が俺の方に手を伸ばして、スマホを返してくれた。
彼女はぽつりと言った。
「冬樹の部屋、行こう? 雑誌のつづきが読みたい……」
もう怒っていないようだった。
俺は胸を撫でおろした。
「うん、行こう」
階段を上り、俺の部屋へ向かった。
ドアを開け、中に入る。
空はドアの前で立ち止まった。
「廊下が綺麗になってる。雑誌は古紙回収に出してくれたのね?」
「今朝出したよ」
今日は木曜日で、この地区の古紙回収日だ。ごみ置き場まで何度も往復して、雑誌の束を運んだ。
廊下には、もう一度読もうと思っている厳選した40冊だけが残っている。
「雑誌はかたづいたけれど、まだ部屋の中は乱雑ね。本を整理しないと」
「本棚に入りきらないんだよ」
「大容量の本棚を買ったらいいんじゃない? スライド式本棚とか漫画専門のコミックラックとかがあれば、かたづくと思うけれど」
「検討するよ」
いまは自由に使える高額のお金を持っている。思いきって本棚を買ってもいいかもしれない。
「それに本の整理が下手すぎ。同じ大きさの本をきちんと揃えて入れれば、もっと収納できるわよ」
「そうかな」
「そうよ」
俺はかたづけが下手なのだろうか。
空はぱんっと手を打った。
「今日は本の整理をしましょう。冬樹の部屋をもっと綺麗にするわよ!」
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