第33話 本の整理
「えー、いいよ、今日やらなくても」
俺は拒否した。
相変わらず、床の上に本が積みあがっている。それでも、どの本がどこにあるのか、だいたい把握している。
不自由は感じていない。
「これでも特に問題はないよ。読みたい本はすぐに見つけられるんだ」
「冬樹には見つけられても、わたしには無理よ」
空は反論した。
「わたしはこの部屋でごろごろして、読書ライフを満喫したいの。でも、この有り様では本が探せないじゃない」
「え? 空は自分のために俺の本を整理したいの?」
「わたしのためであり、冬樹のためでもあるわ。お互いにとって居心地のよい空間をつくりましょう」
空は床を見渡し、さっさと整理を始めてしまった。
俺は紙の本が好きだ。
母さんが小説や漫画の愛好家で、俺が幼いころ、読み聞かせをしてくれた。
やがて児童書を買い与えてくれるようになった。
いつの間にか俺は読書に夢中になっていて、書店に通い、自分で本を選んで、小遣いで買うようになっていた。
素晴らしい本の世界。
電子書籍は好きになれない。紙の手触りが好きだ。印刷物の匂いが好きだ。
俺は紙の本を偏愛して、いまに至っている。
そして部屋の中には、本があふれ返っている。
小説の文庫本や単行本、少年漫画や青年漫画。
あまり多くはないが、新書やムック本、図鑑や画集などもある。
全部の本を合わせると何冊になるのか、自分でもわからない。
100や200ではきかない。500も軽く超えている。小遣いのほとんどを本に費やす暮らしをずっとつづけてきたから、1000冊以上ありそうだ。
空もけっこう読書家だ。
彼女は俺の影響で本を読むようになった。
小学生時代は俺の本棚から物色して、読書をしていた。
これからも俺の本棚を自分のもののように扱うつもりなのだろうか。別にいいけれど。
空は床の上の本を、小説、漫画、その他に分類した。
彼女に引きずられるような形で、俺はそれを手伝った。
さらに小説を文庫本と単行本に、漫画を少年漫画と青年漫画に分ける。青年コミックの方がサイズが少し大きい。
その他の本は、新書とそれ以外に分けた。
「本棚の本もいったん出さないと、整理できないわね」
「えっ、そこまでやるの?」
「やらないと、床の本を棚に入れられないじゃない。やるわよ」
空は意外な行動力を発揮して、俺の本棚からてきぱきと本を取り出し、床の上で分類し始めた。
俺は机の1番上の引き出しをちらっと見た。
触られたくないのはそこだけだ。
それ以外は、好きなようにかたづけてもらってかまわない。
俺は本棚を3つ持っている。
いままではそこに雑然と本を突っ込んでいた。
空は本棚の中身を外に出し、いったん全部すっからかんにした。
雑誌をかたづけてつくったスペースは、たちまち書籍で埋め尽くされてしまった。
「ライトノベルが多いわね」
「最近よく買うようになったんだよ。読みやすいから、あっという間に増えた」
「けっこう読みたいものがあるわ」
彼女は楽しそうに本の整理をした。
「これ、アニメ化されているわよね」
ラノベの表紙を見て、そんなことを言ったりしながら、空は手を動かしつづけた。
「できれば作家ごとに分類したいけれど、そこまでやったら今日中に終わりそうにないわね」
「サイズごとに分けるだけでいいよ」
「今日のところはそこまでね」
床が本で満ちたときはどうなることかと危惧したが、ふたりでやると作業は思ったより早く進んだ。
分類が終わり、棚に本を戻す段階になった。
「第1の本棚には小説の文庫本を入れる。第2は漫画本、第3はその他の本。それでどう?」と空が提案した。
「それでいいよ」
俺には別にこだわりはなかった。どんなかたづけ方でも、いままでよりは本を取り出しやすくなるだろう。
俺たちは空が決めた方針に従って、本を棚に入れた。
すると、部屋の中が驚くほどすっきりしていった。
綺麗にかたづくのは気持ちがいい。それほど本の整理に乗り気でなかった俺も、時間の経過を忘れて働いた。
本棚が再びいっぱいになったとき、床に残った本は以前の半分ほどになっていた。
時刻は午後2時。
「はあ~、かなりきれいになったわね」
「ありがとう。見ちがえるようだね」
かたづけ前の部屋の写真を撮っておけばよかった。
ビフォーアフターの写真を見比べたら、きっと誰もが驚くだろう。それほど整頓されていた。
「さすがにお腹がすいたわ。ごはんをつくるわね」
「疲れただろう? 昼ごはんは手抜きして、カップ麺とかでいいんじゃない?」
「たまにはそれでもいいかしら」
俺たちは1階へ下りて、お湯を沸かした。
キッチンの棚に買い置きのカップ麺が入っている。
俺はしょうゆラーメンを選び、空はたぬきそばを手に取った。
お湯を入れて3分待っていたら、空は2分くらいで蓋をめくった。
「かためが好きなの」と言って、彼女は麺をすすり始めた。
食後にコーヒーを淹れた。
「本当に部屋がすごくきれいになったよ。ありがとう」
コーヒーを飲みながら、俺はまたお礼を言った。
俺のために無償で働いてくれる空に、しっかりと感謝の気持ちを伝えたかったのだ。
「うん」
空は小さくうなずいた。
なにか考えごとをしているようすで、コーヒーカップを見つめている。
「わたし、冬樹の部屋で、気になっているところがあるの……」
空はカップに目を落としたままつぶやいた。
その声には、なにかしら不穏な響きが含まれていた。
「えっ、なに?」
「あなたも気にしていると思う」
俺はつばを飲み込んだ。まさか……。
彼女は顔をあげた。
「ねえ、机の鍵穴のある引き出し、なにが入っているの?」
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