第31話 メッセージ

 4月7日に空が持ってきてくれたのは食パンではなく、コッペパンだった。

「これでホットドッグをつくるわ」

 彼女はソーセージを茹で、パンにはさみ、ケチャップとマスタードをかけた。

 そしてクレソンとミニトマトのサラダを出してくれた。


 ソーセージをかじると、パリッと皮が破れて、中から肉汁がじゅわっと出てきた。

「美味しい!」

 俺がそう言うと、空はふふっと笑った。

「いいわよね、ホットドッグ。簡単につくれて、美味しいもの」

 

 朝食を楽しみながら、空と話をした。

「明日から学校が始まるね」

「いい春休みだったわ。冬樹とまた会えるようになって……」

「そうだね。空やあかりちゃんと遊べて、俺は楽しいよ」

「わたしは1日おきなのが少し不満だけれど、仕方ないわ。天乃さんとの協定だから」

「昔みたいに3人一緒に遊べないのかな」

「それは無理」

 空はきっぱりと言った。


「明日以降も1日交代で冬樹の世話をつづけることになっているから、よろしくね」

「明日はあかりちゃんから一緒に登校しようって言われてる」

「わかっているわ。その次はわたしと登校してね。わたしも自転車通学なの」

「登校も1日交代で?」

「そうよ。天乃さんと話はついている。放課後、晩ごはんをつくってあげる。それも交代でやることになっているから」


 空とあかりちゃんが俺の世話をしてくれるのは、とてもうれしい。

 これでふたりの仲がよければ言うことはないのだが。


 朝食後、コーヒーを淹れた。

 俺はストレートで飲む。

 空はいつものように角砂糖をひとつコーヒーカップに落とし、スプーンでかき混ぜた。

 そして、微妙に冷たい視線を俺に向けた。


「ちょっと訊きたいことがあるの」

 彼女は少し眉間にしわを寄せながら言った。

 なんだろう? どことなく不機嫌そうだ。

 俺は持ちあげていたカップをテーブルに置いた。


「天乃さんとは直接はあまり会っていないのだけれど、スマホで連絡は取り合っているの。さっき話したように登校時はどうするかとか、ちょっとしたことを調整するためにね」

「ふーん」

 そうなのか。

 すぐそばに住んでいるのだから会って話せばいいのにと思うが、彼女たちの仲がどうなっているのか、俺にはいまひとつよくわからない。小学3年生の夏までのような仲よしでないことは確かだ。


「それで昨夜、天乃さんがこんなメッセージを送ってきたのよ」

 空は俺にスマホの画面を見せた。

〈今日は楽しいことがあった。むふふ〉


 なんだこの思わせぶりな言葉は……。

 楽しいことってなんだろう?

 水着の撮影をしたことか?

 俺の秘蔵のグラビアアイドル写真集を見たことか?

 それとも神社へお詣りに行ったことか?


「ねえ、きのうなにがあったの?」

 水着撮影や写真集のことは話しにくい。

「神社へお詣りに行った」

「それだけ?」

 空は俺にものすごい圧の視線を投げかけた。

「パ、パンケーキを食べた……」

「それくらいのことで、わざわざこんな言葉送ってこないわよ。なにか特別なことがあったんじゃないの?」

「え、えーっと……」

 俺は返答に窮した。

 あかりちゃんはなんでこんなメッセージを送ったんだ?

 女の子たちの関係は、俺にはよくわからない。


「言いなさい!」

 空が強い言葉を放った。

 俺はプレッシャーに弱いという自覚がある。

「あかりちゃんの水着の撮影をしました……」

 ポロッと言ってしまった。

 空の表情がさらに険しさを増した。


「なにそれ? なんでそんなことになったの?」

「なりゆきで……」

「なりゆきってなに? 天乃さんはなりゆきで水着を着るの?」


 どう説明すればよいのだろう。

 あかりちゃんが俺にカノンの画像を見せて、それに反応した俺が机の引き出しを気にしてめんどくさいことになって、なんだかんだ話しているうちに、彼女が水着モデルになってあげようと言い出した……。

 だめだ、こんなこと第3者に話してもわかってもらえそうにないし、引き出しのことは伝えたくない。

 空はものすごい形相で俺を睨んでいる。

 うまく説明しないと、こちらもめんどくさいことになりそうだ。

 ぐだぐだ言うと、きっとよくない。


「俺があるグラビアアイドルのことを好きだって言ったら、水着の撮影をさせてもらえることになりました。以上!」 

 いろいろとかいつまんで説明した。

 説明になっていないかもしれない。

「なんなのそれ、わけがわからないんだけど」

 ですよねー。

 俺にもあかりちゃんの思考回路はよくわからない。


「なんだかよくわからないけれど、とにかく見せて!」

「え、なにを……?」

「撮影したんでしょう、天乃さんの水着を! その写真を見せて!」

 えー、あれを見せないといけないの?

「早くして!」

 空の機嫌がどんどん悪くなっている。怒り出しそうだ。

 俺はきのう撮影したあかりちゃんの水着写真のうち、無難そうなポーズのものを見せた。

「く、黒のビキニ?」

 空は俺の手から電光石火の勢いでスマホを奪い、スクロールしていった。

 ああっ、あかりちゃんの水着写真の数々が空に見られていく。

 その中にはかなりセクシーなポーズのものがある。


「これは確かに楽しそうねえ……。いったいあなたたちはなにをやっているのかしら……」

 空はこめかみに青筋を立てていた。 



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