第30話 サンクチュアリ

 その夜、また空に似ている女の人のヌード写真集を見た。

 このモデルが彼女のお姉さんであることは、ほぼまちがいないと思う。

 空に似すぎているし、ほくろの位置が空の証言と一致している。

 そんな人は世界にふたりといないはずだ。


 写真集のタイトルは「サンクチュアリ」。

 モデルの名前はどこにも印刷されていない。

 奥付に編集者や撮影者の名前はあったが、主役であるモデルの氏名や芸名は見当たらない。

 明らかに意図的に隠している。

 芸名なんてないのかもしれない。


 カノンの写真集には、表紙にしっかりとその名前が記されている。

 本のタイトルは「カラフル」で、その横に「カノン写真集」という文字がある。

 本人はもしかしたら親バレしたくないと思っているのかもしれないが、バレたらバレたでしかたがないと開き直っているのではないだろうか。

 あかりちゃんも従姉がグラビアアイドルであることを知っていたし、ネットにはカノンの画像がたくさんある。

 カノンは自らの芸能活動を隠したりはしていない。

 むしろSNSなどで積極的にアピールしようとしている。

 芸能人としてはあたりまえの行動だと思う。


 空のお姉さんはちがうようだ。

 そもそも芸能人ではないのだろう。

 名前を隠しているし、空は姉のことを「東京の美大で油絵を学んでいる」と言っていた。

 お姉さんはヌードモデルになったことを、家族にも秘密にしているのではないか。

 空も知らないのでは?

 ひっそりとつくられた写真集。

 俺は偶然、とんでもないものを手に入れてしまったのかもしれない。

 

 カノンと空の姉の写真集、どちらも同じ書店で買った。

 そういう類の本をたくさん置いている本屋さんなのだ。


 あかりちゃんにはカノンの写真集を見せた。

 俺の秘密を開示した。

 空にはどうするべきだろう?

「サンクチュアリ」を見せるべきだろうか?


 だめだろうな。

 見せてはいけない。


 お姉さんはこれを秘密にしている可能性が高い。

 どんな事情でこの写真が撮影され、写真集が出版されることになったのかはわからないが、親や妹にはバレたくないと思っているような気がする。

 だから名前を秘しているのだ、きっと。


 有名でもない人のヌード写真集なんて、発売からしばらく時間が経てば消えてしまうし、話題にもならない。

 おそらく家族にはバレないだろう。

 俺が秘密を隠し通せば……。


 空とお姉さんって、仲がよかったっけ?

 4つ年上の空の姉と俺に接点はなく、あまり言葉を交わしたことはない。

 名前すら思い出せない。

 でも、空はお姉さんになついていて、よく一緒に出かけていたような記憶が残っている。

「明日はお姉ちゃんに水族館に連れていってもらうんだ」

 小学生のときに、そんなことを笑顔で言っていた。

「お姉ちゃんは生徒会長なのよ。すごいでしょう」

 そう言っていた記憶もある。

 中学の生徒会長。

 俺と空が入学したときには、すでに卒業し、高校生になっていた。

 俺との直接の縁は乏しい人。


 もし空が姉の写真集のことを知らなかったとして、これを見たらどう思うだろうか。

 がっかりする?

 狼狽する?

 いやらしいと思う?

 こんなものを大切に持っている俺のことを軽蔑する?

 いずれにしろ負の感情だ。

 万にひとつも喜ぶということはないだろう。


 あかりちゃんには秘密を明かしたけれど、空には秘密にしておこう……。

 そう決心したとき、彼女から連絡が来た。

 

〈明日も7時に行っていい?〉

〈うん。待っているよ〉

〈朝食はパンとソーセージ、サラダでいいかな?〉

〈ありがとう。ソーセージは好きだよ。楽しみ〉

〈よかった。じゃあおやすみ〉

〈おやすみ〉


 空とのやりとりを終えた後、俺はまた「サンクチュアリ」を見た。

 そしてあらためて、綺麗な人だな、と思った。

 ブナやナラが生える広葉樹林に立つ神秘的なほど美しい女の人。空のお姉さん……。

 俺は写真集をクッキーの缶に仕舞い、机の引き出しに入れて、鍵をかけた。



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