第29話 神頼み
俺はカノン写真集をまたクッキーの缶に入れ、引き出しに鍵をかけた。
あかりちゃんに秘密の一部を開示したが、依然として缶の中身の大部分は秘密だ。
ことに空のお姉さんのヌード写真集は秘密のレベルが高い。
空はこの写真集が存在することを知っているのだろうか。
リビングに戻ると、あかりちゃんはソファに座ったまま、放心したように天井を見ていた。
カノン写真集の刺激が強すぎたのかもしれない。
「なにか飲もうよ。コーヒーか紅茶、どちらがいい?」
「紅茶がいい。苦いのは苦手」
俺はティーバッグで紅茶を淹れた。
ふたつのティーカップを食卓に置く。
俺はレモン果汁を加え、あかりちゃんは角砂糖を4つ入れた。
「あさって、始業式だね」
あかりちゃんがぽつりと言った。
「そうだね」
「ああ、クラス分けが気になる。ふゆっちと同じクラスになりたい」
「俺もあかりちゃんと同じクラスになりたいよ」
「本当?」
「嘘じゃない」
俺は紅茶をすすった。
コーヒーも紅茶も両方とも好きだ。
ゆったりと飲んでいると、心が落ち着く。
「ねえ、神社に行かない? 同じクラスになれるよう神様にお祈りしようよー」
「そんなことで神頼みするの?」
「大事なことだよ。1年間近くにいられるかどうかが、それで決まるんだよ」
「もしクラスが分かれたとしても、家が隣じゃないか」
「学校で近くにいられるかどうかも問題なの」
「外は雨だよ」
「もうやんでるよ」
窓から外を見ると、確かに雨はあがっていた。
神社に行くことにした。
最寄りの神社は、神社山の麓にある。
俺たちは神社山神社と呼んでいる。それを聞いたら、神主さんは怒るかもしれない。
散歩を兼ねて、清流沿いの砂利道を歩いた。
さっきまで雨が降っていたせいか、河原でキャンプをしている人がいない。
がらんとした河原も美しい。ごろごろと落ちている小石たちは濡れて、雲間から現れた太陽の光を反射して輝いている。
神社山神社に着いた。
赤く大きな鳥居の下を歩こうとしたら、あかりちゃんから呼び止められた。
「ふゆっち、参道の真ん中を歩いたらいけないんだよ」
「そうなの? どうして?」
「神様の通り道だからだよ」
「へえ~、そうなんだ。知らなかった」
俺は参道の端に寄った。
「あかりちゃんって、信心深いの?」
「そういうわけじゃないけど、これから神様にお祈りをするんだもん。きちんとお詣りしたいじゃない?」
彼女は手水舎で手を洗い、左手で水を受けて、口をすすいだ。
俺は手だけを洗った。
あかりちゃんはずいぶんと真剣だな、と思った。
拝殿の前に立つ。
俺は財布から10円玉を取り出した。
あかりちゃんは500円玉を持っていた。
え、マジか?
賽銭箱の中に10円を投げ入れた。
彼女は500円を10秒間ぐらい握りしめてから投げた。
俺が神様にささげた額の50倍のお金が放物線を描き、箱の中に落ちていった。
鈴を鳴らし、手を合わせた。
「あかりちゃんや空と同じクラスになれますように」と祈った。
あかりちゃんはきちんと2拝、2拍手、1拝していた。
「ふう~、やれるだけのことはやったよ」
彼女は晴れ晴れとした表情をしていた。
「おみくじは引く?」
「それはいいや。凶が出ると嫌だからー」
「そういうの気にするんだね」
「うん。けっこう気になっちゃうタイプかも」
帰路についた。
「ねえ、いつもソースやケチャップの料理ばかりで嫌じゃない?」
「全然嫌じゃないよ」
「じゃあ夕ごはんはオーロラソースを使った料理でもいいかなあ?」
「オーロラソースって、なんだっけ?」
「ケチャップとマヨネーズを混ぜたソースだよ」
「美味しそうだね。それでいいよ」
あかりちゃんはチキンカツのオーロラソースがけとトマトとブロッコリーのサラダ、コーンスープをつくってくれた。
ごちそうだ。
「コーンスープって、甘くて美味しいよね」
彼女の好みはやはり甘みに寄っている。
しかし、コーンスープが美味しいのには同意できる。
「うん、美味しいね。オーロラソースのカツもとてもいいよ」
俺がそう言うと、あかりちゃんはにっこりと笑った。
「明日は浅香の番かあ。あさっては登校だね。ふゆっち、何時ごろに家を出るの?」
俺は自転車で通学している。
高校はそんなに遠くはなく、15分くらいで到着する。
「だいたい8時くらいかな」
「じゃああたしもそのくらいに出る。一緒に行こうよ」
「いいよ。俺は自転車だけれど」
「あたしも自転車だよ。そうだ、あさっても朝ごはんつくってあげようか?」
「学校がある日にそこまでしなくていいよ。簡単なものを食べて出るから、家の前で会おう」
「わかった」
あかりちゃんは彼女の家に帰った。
春休みはあと1日だ。
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