第24話 ヘアヌード
空とおしゃべりしながら家に帰ったのだが、なにを話したのか憶えていない。
俺の脳裏を占めていたのは、空に似ている女の人のヌード写真集のことだけだった。
あの綺麗な女の人は、空のお姉さんかもしれない。
もう一度写真集を見て、左目の下にほくろがあるか確かめたかった。
空が紅茶を淹れ、リビングのソファに座っている俺にティーカップを渡してくれた。
「冬樹、どうかした?」
「えっ、別にどうもしないよ」
「なんかうどん屋さんを出てから、心ここにあらずって感じよ」
見透かされている。
平常心を取り戻さなくては。
ヌード写真集のことは、彼女に悟られてはならない。
「ちょっと歩き疲れただけだよ」
「そうかなあ。なにか変よ、冬樹。うどんを食べ終わってからというより、お姉ちゃんの話をしたときからかな?」
どきっとした。空の勘は鋭い。
「空のお姉さん、油絵の勉強をしているんだね。いいね」
「冬樹も油絵に興味があるの?」
「うん、まあ、ちょっとね」
ごまかしたつもりだが、空は首をかしげて俺を見ている。
彼女は昔よく絵を描いていた。
俺は絵に興味を持ったことはない。空の姉かもしれないヌードモデルが気になっているだけだ。
「午後はなにをしようか。2階の廊下に積みあげている雑誌の整理もしなくちゃね」
俺は強引に話題を変えた。
空も雑誌のことは気になっていたようで、話に乗ってくれた。
「読みたい漫画がまだ残っているのよ」
「そうだよね。でも、春休み中にかたづけたいな」
「じゃあ読みたい雑誌だけ取っておいて、あとは古紙回収に出すのはどうかしら」
「そうしよう」
俺たちは2階に上がって、雑誌の選別を始めた。
読みたい漫画が載っている雑誌を廊下の奥の方に置く。厳選して40冊ほどにした。
捨ててもいい雑誌をビニールひもで縛っていった。
2時間ほど集中的に働いてかたづけた。
あとは古紙回収日にごみ集積所に出しておけば、持っていってもらえる。
「けっこう働いたね」
「うん。ありがとう、空」
「どういたしまして」
「休憩しようか」
「冬樹の部屋でごろごろしたい」
空は漫画雑誌を1冊持って、俺のベッドに横たわった。
またそこでごろごろするつもりなのか。もう好きなようにしてくれ。
俺も椅子に座って漫画を読み始めたが、ヌード写真集のことがずっと気にかかっていた。
それは机の1番上の鍵をかけた引き出しに入っている。
漫画の内容が頭に入ってこない。
広葉樹林を歩く美しい裸の女の人のことばかり考えてしまう。
空に似ている整った容貌。白い輝くような裸身。すらりとした手足。形のいい胸。
あの写真集が見たくてたまらない。
日が傾き、窓から入ってくる光が乏しくなってきた。
「そろそろ夕ごはんをつくるわね。カレーライスをつくろうと思っているのだけれど、それでいい?」
「手伝うよ」
「だいじょうぶよ。市販のカレールーでつくる簡単なやつだから。ピーラー借りるわよ」
「肉とか焦がさないようにしてね」
「何度も同じ失敗はしないわ」
空はベッドから起き出して、1階へ下りていった。
彼女が階段を下るトントンという足音をしっかりと聴いてから、俺は机の引き出しの鍵を開けた。
クッキーの缶から気になっている写真集を取り出す。
空にそっくりなヌードモデルの左目の下には、確かにほくろがあった。
俺は色っぽい泣きぼくろをまじまじと見た。
ほぼ100パーセントの確率で、この人は空のお姉さんだ。
広葉樹林の中でさまざまなポーズを取る空の姉。
ヘアヌードの写真もある。
以前見たときは、エロというより芸術的な写真だと思ったが、幼馴染の姉だと思うと、妙になまなましく見えた。
この人がどういう経緯でヌードを撮影されるに至ったかは、まったくわからない。
お金のためだったのか、美しい裸身を記録しておきたかったのか、写真家と知り合いだったのか。
空のからだも、こんなに綺麗なのだろうか……?
そんなことを想像して、写真に見入ってしまった。
階段を上ってくる足音が聴こえた。
俺はあわてて写真集を仕舞い、クッキーの缶を机の引き出しに入れた。
鍵をカチャリとかけたのと、空がドアを開けたのが、ほとんど同時だった。
彼女は俺が鍵を引き抜くのを、しっかりと見ていた。冷や汗が出た。
「あっ、カレーできた?」と俺は言った。引き出しの鍵の話をされたくなかった。
「まだつくり始めたばかりよ。ごめん、たまねぎを飴色に炒めようとしたのだけれど、焦がしちゃったの」
「やっぱり手伝うよ」
俺はキッチンへ行き、空が完全に焦がしてしまったたまねぎの残骸を捨てた。
そして、たまねぎを新たにみじん切りにするところから始めて、フライパンでじっくりと飴色になるまで炒めた。
空はじゃがいもの皮をピーラーでむいた。
ふたりで協力して、カレーをつくりあげた。
お皿に炊きたてのごはんをよそい、カレーをたっぷりとかけて食べた。
「美味しいね。中辛がちょうどいいね」
「わたしの好みで中辛を買ったけれど、それでよかった?」
「うん。中辛が好き」
飴色たまねぎで甘みと旨みを加えたカレーは、お世辞抜きで本当に美味しい。
俺たちは漫画の感想なんかを話しながら、夕食を楽しんだ。
食べ終わったとき、空が真顔になった。
「ねえ、机の引き出しになにを入れたの?」
彼女にそう訊かれて、心臓がびくっと跳ねた。
「たいしたものじゃないよ」
「鍵をかけていたわ。大切なものじゃないの?」
「ちょっとした個人的なものだよ」
「ふーん……」
彼女はそれ以上追及してこなかったけれど、俺の顔を疑わしそうに見つめていた。
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