第25話 従姉
4月6日の朝食はパンケーキだった。
あかりちゃんが焼いてくれた。
俺たちは食卓につき、バターをのせ、メープルシロップをかけたパンケーキを食べている。
彼女はケーキが溺れるくらい大量のシロップをかけた。ご機嫌で切り分けている。
外は雨が降っている。
しとしとと降るやさしい雨だ。
俺はインドア派なので、休日に雨が降っても、別に残念だとは思わない。
適度に雨が降ってくれた方が、世界のためによいと思う。
「雨だねー。遊びに行けないねー」
あかりちゃんは雨が嫌いなようだ。
世の中にはそういう人の方が多いのだろう。
「今日はなにをしようか?」
「のんびりしてたらいいんじゃないかな」
俺はほどほどにシロップをかけたパンケーキにフォークを刺しながら言った。
朝食後、あかりちゃんは掃除をしてくれた。
家の中はたいして汚れているようには見えなかった。
「そんなにまめに掃除しなくてもいいよ」
「埃は静かに降り積もっているんだよー」
鼻歌交じりで掃除機をかけてくれている。
楽しそうに家事をこなす彼女は、とても良いお嫁さんになりそうだと思ったが、夫は毎日甘いごはんを食べなくてはならないかもしれない。
それはちょっとしたマイナス要素。でも、こんなに可愛い子と一緒に暮らせるなら、そのくらいは我慢するべきだろう。
俺はドーナツ、ぜんざい、パンケーキとつづいた朝食に内心で唖然としていたが、外面には出していないつもりだ。あかりちゃんがつくってくれたごはんに文句は言っていない。父さんの海外赴任中くらいは、ありがたくいただこうと思っている。
あかりちゃんは2時間くらいかけて、ていねいに1階と2階の床掃除を済ませた。
ペットボトルの飲み物を持って、ふたりで俺の部屋に入った。俺はウーロン茶、彼女はレモンジュース。
俺に許可も取らずに、当然のようにベッドにダイブするあかりちゃん。
そこはすっかり幼馴染たちの定位置になってしまった。
彼女はベッドの上でスマホをいじり、俺は勉強机の前で4月1日に買ったライトノベルを読んだ。
「ねえ、男子高校生の部屋って、いやらしい本の1冊や2冊、あるものなんじゃないの?」
あかりちゃんがスマホをいじりながら、急にそんなことを言い出した。
「それともふゆっちはネットでエッチな画像を見ているのかな?」
なんて答えればいいのだろう。
持っているよ、と正直に伝えることはできない。あかりちゃんのことだから、見せて見せてーとか言うに決まっている。
下手をすると、空のお姉さんのヌード写真集やあかりちゃん似のグラビアアイドル写真集を見られることになる。それは避けたい。
ネットでということにした方がいい。実際、ときどき見ているし……。
「たまにはネットのそういう画像を見ることもあるかな」
「うわー、見るんだ!」
あかりちゃんは食い気味に反応した。
「どんなの見るの、教えて教えてー!」
彼女はベッドから跳ね起きて、俺に急接近した。ち、近い……。
「グ、グラビアアイドルの水着写真とか……」
「ひゃーっ、グラドルの画像? 誰が好きなの?」
たじたじになってしまった。
こんな話題で、どうしてそんなに嬉しそうなんだよ。
「アイドルの名前とか、そんなに憶えてないから……」
「カノンは好き?」
憶えのある名前が、あかりちゃんの口から飛び出した。
誰の名前なのか、どうして憶えているのか、とっさのことでうまく思い出せない。
彼女はスマホで水着の女の子の画像を表示した。胸がばいーんと大きい。
こ、この子は……!
俺は驚愕した。
あかりちゃん似のグラビアアイドルだった。
「芸名カノン。本名は
なんだって?
俺が持っているきわどい水着写真集のモデルがあかりちゃんの従姉……?
思わず机の1番上の引き出しを凝視してしまった。
その仕草がよくなかった。
「ここになにかあるなー!」
あかりちゃんは叫び、引き出しを開けようとした。
ガッ、と音を立てたが、開かなかった。鍵がかかっているのだ。
俺の心音は高まり、嫌な汗がひたいから流れた。なんとかしてごまかさなければ。
「やめてよ、プライベートだよ」
「なにが入ってるの?」
「だからプライベートだって。個人的なものだよ」
「ふゆっちのプライベート、知りたいー!」
あかりちゃんは俺の肩をつかみ、がくがくと前後に揺すった。空よりも反応が激しい。
なにを言われようと、引き出しを開けるわけにはいかない。
「たいしたものじゃないって」
「たいしたものじゃないなら見せて!」
「いやだ。ちょっとだけ恥ずかしいものなんだよ」
「うわー、見たい知りたい開けてー!」
「いやだって言ってるでしょ。俺にだって秘密くらいあったっていいでしょう?」
「秘密! ふゆっちの秘密! 知ーりーたーいー!」
子どもかよ。
あかりちゃんは空より遥かにしつこかった。
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