第16話 秘密基地

 俺と空とあかりちゃんは、小学3年生まで3人で仲よくしていた。

 たいてい3人揃って行動した。

 一緒に登校し、下校した。

 放課後や休日は俺の部屋でごろごろしたり、公園や河原へ遊びに行ったりした。

「女とばかり遊びやがって、男女」と男の子からののしられたり、「ひゅーひゅー、どっちとつきあってるんだー」なんてからかわれることも多かったけれど、俺は気にしなかった。

 空とあかりちゃんから離れようとは少しも思わなかった。ふたりが大好きだったから。


 空はおとなしくて可愛くて好きで、あかりちゃんはにぎやかで可愛くて好きだった。

 俺は本が好きな地味でとりえのない男子児童だったけれど、ふたりは「冬くん」「ふゆっち」と呼んで遊んでくれた。俺はそれが嬉しかった。


 空とあかりちゃんも仲よしだった。

「あかり」「くうっち」と呼び合っていた。

 いまは「天乃さん」「浅香」と呼び方が変化し、よそよそしく、敵対しているようにすら見えるが、当時はあたたかくやさしい雰囲気が流れる間柄だったのだ。


 あかりちゃんはいつも活発で、部屋の中にいたがる俺と空をときどき外に連れ出した。

 自然の中で走り回って、よく切り傷をつくっていた。

 空はポケットにバンドエイドを入れていて、あかりちゃんに貼ってあげていた。


 空はよくお絵描きや塗り絵をしていた。

 あかりちゃんは満面の笑顔で、「上手だねー」と褒めていた。

 空は照れたように微かに笑って、「そんなことないよ」と答えるのが常だった。


 あかりちゃんは空の脇の下をくすぐったりした。

「やめてー」と叫んで、逃れようと抵抗するが、空はどことなく楽しそうだった。

 あかりちゃんは空が耐えられるようにちゃんと手かげんしていた。

 子猫のじゃれあいみたいな遊び。


 当時は俺と空、俺とあかりちゃんより、空とあかりちゃんの方が仲がよかった。

 俺はそれを当然だと思っていた。

 ふたりはお姫さまのように綺麗な女の子なのだから。

 俺はおまけ。混ぜてもらっているだけでありがたかった。

 

 3年生の夏休みが始まってすぐ、あかりちゃんが興奮した表情で俺の部屋に飛び込んできた。

「すごいとこ見つけた!」と叫んだ。

 そのとき俺は児童文学を読み、空は水彩絵具の筆を握っていた。


「すごいとこ?」

「すごいんだよ! 行こう行こう!」

 なにがどうすごいのかまったくわからなかったが、そのころのあかりちゃんは俺たちのリーダー的存在だった。

 俺と空は彼女に導かれるまま、ついて行った。

 あかりちゃんは駆けた。俺と空は走るのが苦手だった。あかりちゃんはときどき振り返って、俺たちがついてきているか確認した。

「早く早く」と急かされて、しかたなく走った。

 そうして連れられていったのが、神社山だった。

 

 あかりちゃんが獣道みたいなマイナールートに入って、空はべそをかいた。

「なんか怖いし、疲れた。帰りたい」

「この先にすごいとこがあるの!」

 俺たちのリーダーは空の手を握って、ずんずんと進んでいった。俺はそのあとを追った。


 洞穴の前で彼女は止まった。

「どう?」

 俺と空はあっけに取られて、大人が立って入れそうなほど大きな入り口をぽかんと見つめた。

 あかりちゃんは懐中電灯を持ってきていた。スイッチを入れて、穴の中を照らした。

「冒険しよう!」

 彼女は勇敢に踏み込んだ。俺と空は怖々とつづいた。


 洞穴はほぼ水平だった。10メートルほど進むと岩壁に突き当たり、終わっていた。

 あかりちゃんはあちこちを照らして、さらに穴がつづいていないか調べたけれど、なかった。

 俺はこれ以上怖い穴に潜らなくて済んでほっとした。

「まあいいわ。これだけの広さがあれば充分よ」 

 彼女は暗闇の中で明るい声をあげた。

「ここをあたしたちの秘密基地にしよう!」


 俺も空も、あかりちゃんに反対するほどの主体性はなかった。

 空はいまでこそ強気で芯がしっかりとある女の子だが、当時はまだおとなしくて引っ込み思案な少女だった。

 俺はふたりと一緒にいられればそれでいいと思っているだけの子どもでしかなかった。

 

 あかりちゃんはずば抜けて行動力のある女の子だった。

 洞穴にキャンプ用のランタンや大型の懐中電灯、ブルーシート、キャンプマット、クーラーボックスなどを持ち込み、たちまち居心地のいい空間をつくりあげた。彼女はそれらをお年玉貯金で買ったのだ。


 あかりちゃんはせっせと基地の居住性をよくすることに熱中した。

 お菓子やジュースを運んで備蓄し、ウォータータンクで手洗いできるようにもした。

 最初は怯えていた空も、しだいに自分たちだけの特別な場所である秘密基地に魅せられていった。

 俺はふたりと遊べるなら、どこだってよかった。

 ランタンの明かりで空はお絵描きをし、俺は読書をした。やることは俺の部屋と変わらなかった。

 洞穴の中は圏外でスマホでは遊べなかったので、あかりちゃんはよく漫画を読んだ。

 3人並んで昼寝もした。


「ここに住めるね」と俺は言った。

「泊まろうか」あかりちゃんは瞳を輝かせた。

 さすがに空は嫌そうな顔をした。


 小学3年生の夏休み、俺たちは秘密基地に入り浸って過ごした。

 空も慣れて、平気で行くようになった。

 学校に通うように、基地に通った。

 7月中は雨の日は行かなかったけれど、「洞穴だから関係ないじゃん」とあかりちゃんが言って、8月になると雨でも行くようになった。

 

 事件が起こったのは、お盆明けの雨の日。

 俺たちだけの秘密の空間に闖入者が潜り込んできたのだ。

 俺は本を読むのに疲れて、ぼんやりと出入口の方に顔を向け、ざあざあと降る雨を見つめていた。

 あかりちゃんはお菓子を食べ、空はすやすやと昼寝をしていた。


 突然出入口が黒い影に覆われて、俺はびくっとした。

 一瞬、熊でも現れたのかと思ったのだ。

 それは熊ではなく、黒いレインコートを着た大柄な男の人だった。

 ランタンに照らされた俺の顔を見ながら、「可愛い子だねえ」とその人は言った。

 空でもあかりちゃんでもなく、俺を見て言ったのだ。

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